第28話『Repeated sad resentments(繰り返される哀しき怨嗟)』 A Part
フォルテザ市に帰投した翌日。
ローダ・ファルムーンは、当初の約束通り己の生体検査を許容した。
この契約条件を最初に提示したリイナも加わり、ローダ・ファルムーンの変身めいた身体の分析を開始。
初めて数値化したローダの能力、然しリイナは結果を参照する以前に見抜いた。
不死の巨人と彼が対戦する以前よりさらに力が増強された事象を。
司祭服でも修道女姿ですらない白衣を纏うリイナと同じ白衣に身を包んだドゥーウェン、二人っきりの診断室での密談。
病院の診察室であるにも関わらず医療従事者及び患者さえもいない部屋。疚しさしか感じぬ異常なる様。
「ドゥーウェン様、ローダさんの異常な数値。貴方はどう御推察なされますか?」
14歳の娘が年齢不詳の男性に引けを取らない節度ある態度。問い掛けた上で大人へ詰め寄るリイナ・アルベェラータ。
「嗚呼……先ず僕の呼び方に様は不要です。それから僕は御存知の通り医者じゃない故、数字からの推測に過ぎません。御容赦願います」
此処に於いてもリイナを子供扱いしないドゥーウェン。普段緩み切った男だが、この時ばかりは顔に暗い影が差す。
「リイナさんの御指摘通り、ローダさんの身体も脳神経も異常発達が診られます。例えば脳神経伝達……我ながら引き合いに出したくないのですが、僕のベランドナ以上かも知れません」
ドゥーウェンの何とも忌々しい顔つき。
人間種族最上位と思しきハイエルフを超える逸材に為りつつあるのを認めねばならぬ口惜しさ。
「身体の筋肉や各関節部の強化に至っては、亜人達を既に超えています。戦いながらこの超絶進化、良くぞ持ち堪えているものです。これは確かに変身と言って差し支えないでしょう」
これはいよいよ吐き気催す顔で続けた。
亜人族──。
ドゥーウェンが溺愛する『僕のベランドナ』。早い話ハイエルフか。或いは似た種族で在りながら嫌悪しかないダークエルフ。ドゥーウェンが知り得る亜人族はこの2種類のみ。
後は犬族や鬼族辺りもマーダ傘下に為って以来知り得た。
されど人間の亜種として彼が認められるのはエルフ族のみ。
何故ならマーダ配下のそうした連中は、意図して製造された可能性が極めて高い。犬族であれば文字通り犬と人間を掛け合わせた存在。
それもこの間リイナが消したばかりの巨人の様に死体ベース、これなら半ば無限に増産可能。だから吐き気がする程、認められない話なのだ。
仮に彼がお目に掛かった事のない吸血鬼や狼男を引き合いに出せば、未だそこ迄には至ってないというのがドゥーウェンの見解。
最もこの辺は亜人から別系統の進化を遂げた物の怪の類である上、そもそも情報皆無な御伽噺的存在を話の種に持ち出すのは現実主義者の彼として片腹痛いと言わざるを得ない。
「──それにもっと特筆すべき点が彼にはあります」
「え……?」
ただの強化された人間ならばドゥーウェン的には興味対象の範疇外。マーダは人と別の生物を掛け合わせ出来る程の生体技術を持っている。拠って人の強化なぞ珍しくない。
「ローダ君、彼は戦った相手の能力を模倣します。戦いながら……いや或いは触れただけで相手の思考を読み、加えて技術を盗み自身に取り込む。これが彼の最も危険な能力」
ドゥーウェンの顰め面具合が色合いを濃くして往く。例えば喰った相手の能力を得る生物なぞ偶像の産物。それが『触れただけ』や『戦いながら』は余りに異端過ぎる。
「剣で語るは本来あくまで比喩表現、彼はそれを地で往く可能性が非常に高いのです」
ドゥーウェンの嫌悪じみた発言にリイナが色を失う。もう何が言いたいのか聞かずとも粗方理解出来た。
「他人の意識を別作業しながら取り込む! 脳内麻薬の大量発生はこの処理に活かす。出なければ計算上到底成し得ない……」
「も、もぅ良いですッ!! 聞きたくありませんッ!!」
ローダという人間でなく化物の説明を始めた感のあるドゥーウェンの言葉を絶叫で無理矢理止めるリイナの苦悩。自ら質問しながら叩き切る身勝手。
正直な処、ローダに対するドゥーウェンの見解はリイナの予想通りであった。
風の精霊術に長けたルシアと争い、風の力を身に纏った。
マーダと斬り合う事で蒼白く輝く刃に似た力を具現化させた。
然もこの間は死体を集めて造った巨人を斬り裂いた折、遺体の残存思念を聞き及んで発狂していた。
何れも術の類、術式とはすべからず知識と具現化可能な知力が不可欠。通常の人間がどれだけ努力しようとも其れは届かぬ夢。
ローダ・ファルムーンは過剰な神経伝達処理速度を身に付け奇跡を続けているのだ。心身の痛みを払う為にも大量発生する脳内麻薬を神経伝達処理にも回す。
こんな異常をこれ以上続ければ動けぬ廃人か、例え生き長らえた処で人外──人間の枠組みを超えた存在に成り得る可能性大。
されど理解し難い点、そもそもローダ・ファルムーンはどうやってこんな無尽蔵な能力を得たのか?
──ルシア御姉様と暴走しながら戦って以来、それ以前は恐らく普通の人間だった筈。
「誠に勝手ではございますが質問を変えさせて頂きます。ローダさんが何故人外と言って差し支えない力を得られたと御考えですか?」
両拳を爪が喰い込む程に握り締め、震えた声でリイナが新しい問いを学者面した男へ投げる。原因こそ不明なれど切欠だけはアテが既にあるのだ。
カチャッ。
「それは……まだ量り兼ねます。もっと調査が必要な案件です」
金縁眼鏡を外しレンズを拭き取りながらドゥーウェンは応じた。注意を引こうとするわざとらしい仕草。これが返ってリイナを不快にさせた。
──嘘よ、この人はもっと先迄知り尽くした上で私に嘘を付いている。
切欠は紛う事無きルシアなのだ。そうでなければ説明が付かない。
何故判り切った嘘をこの男は敢えて付くのか?
「判りました、ありがとうございました」
敢えて追求を避けるリイナ、此方も綺麗過ぎる作り笑いで応じて話を切った。




