第2話『Resistance(反乱者達)』 A Part
穏やかな波間に浮かぶ小さき船。
彷徨える独りの青年と、まだ14にも満たない少年を乗せ真夜中の海を漂う。3人乗れば精一杯な古ぼけたヨット。小川を流れる笹の葉が如く頼りなく映り往く様。
然しだ。
その笹を操る男子の目は自信に満ちており、口元に余裕の笑みさえ浮かべている。
船の後方にはローマの港町、ルークの寂れた街並み広がる。
されど港町、夜間航行する者が迷子にならぬ様、街灯りや灯台等が己を存分に伝える。生死終え生まれ変わりな月齢が故、僅かな街灯りでも充分映える。
一方、反対の岸辺へ視界を移せば大層煌びやかな眩しき街頭。地上に落ちた星々の輝き。やはりフォルテザは世界の文明を一心不乱に煌めき散らす。
だがこの笹船の行き先は世界最高峰の街並みではない。
何しろ密入国するのだ。堂々正面玄関を叩く愚かな真似を、渡し慣れた少年は選んだりしない。
笹船の向かう先はまるで別世界な暗黒銀河。灯りなど殆ど見えない。薄気味悪いが黒いガスの中でも星々は育まれるもの。人の脈動は必ず存在し得る。
「──そろそろ話してくんねぇかな、アドノスに行きたい理由を」
船頭である褐色の少年ことディンが舵取りしながら幾度目か最早判らぬ質問を投げる。
「執拗い……答える気はない」
青年は面倒顔を隠す気もなくボソッと呟き押し黙る。
自分と兄弟達が食べていけるだけの漁を生業にしている褐色の少年ことディン。
このローダという世間知らずは、王族の騎士見習い位的、地位がある人物だと勝手に予見し切れている。
然しディンとて変わり種ぶりなら負けてない。
若さ故の好奇心も手伝い、アドノスへ変人達を渡しては、己もひそりと上陸し地元では手に入らない装飾品等を勝手に拾い悦に浸るのだ。渡りに船を地で往くのだ。
ディンがアドノスに渡るのは決まって深夜。昼間、漁をする間に頭へ入れた海に潜む岩礁の総てを把握済。早い話、余裕綽々。
それに何より『訳ありの青年』を『訳ありの島国』に輸送する訳あり尽くし。若過ぎる冒険心を擽る愉悦のひと時。
寄って自分以上の変わり者と、もっと会話弾ませたい欲求が沸々湧き上がるのを抑え切れない。
好奇心旺盛な少年に取って穏やかな夜の海は、余りにも物足りなさ過ぎた。
「なあッ!」
ディンが鬱憤吐き出し甲板で地団太踏む。世間知らずの青年は気にせず夜の潮で指遊び。ディンは構わず続けた。
「皆アンタの頼みを断ったろ? 答えなんか聞くまでもねえ」
怒りで我を忘れたかと思いきや、ニヤニヤ意地悪い顔に変遷。青年を覗きながらさらに続ける。
「藁に縋る思いでこのボロ船に乗船してんだ。俺は文句言わず悪名高い島へ送る。理由くらい喋るのが礼儀じゃねえと思わねえか?」
意地悪い視線を送るディン少年。『文句言わず』が既に苦情であるのを知っている。
ローダ青年はひとつ溜息をつき、観念して「面白くない話」だと口を開いた。
2年前、ハイデルベルクで起きた苦渋の事件を満天の星空眺め無表情で語る。兄ルイスが犯した大罪を。
◇◇
「何やとルシア!? 敵が見っうっとか!?」
アドノス島への舟渡し屋ディンがローダと共に向かう先。
砂浜に面した小さな漁村エドナ。
そこで髭面の中年男性が何とも不可思議な台詞で驚く。武骨な掌の上へ舞い降りた木の葉。触れた途端、言の葉に変わり男の聴覚へ甘い中低音な女性言葉飛び込む何とも不思議な仕掛け。
髭面の男、漁村の入口付近に建てた塁に隠れたまま、村の外に広がる砂地へ細い目を凝らすが何も映らない。
▷▷──間違いない。皆黒い服装だから目立たないけど此方へ向けて前進してる。数は凡そ30。魔導士らしい杖を突いた女が1人。
村で一番背の高い木に登り密集する枝の中、緑迷彩のマントを被るルシアと呼ばれた女性が緑の瞳をぎらつかせながら報告する。深夜の暗がりも手伝い、周囲の味方さえも気づかぬ隠密度合。
▷▷──そして一番後方、黒い馬に乗った男。間違いなく彼よ。
一度言葉を区切り、見えずとも判る程の苦虫具合で続けたルシアの翠眼。風の精霊術『言の葉』を用いて髭面のリーダー格に伝令する。
それにしてもルシアの夜目度合が異常過ぎる。髭面の男はおろか、監視用の櫓に居る兵士達にも未だ追えない。
「ちぃッ!? こげな村まで夜襲とは御苦労なこっじゃ! ないが暗黒神よ、今時そげんもんは流行らん!」
髭面の男、『ガロウ・チュウマ』が敵に気取られても止む無しな声で舌打ち。ガロウは他の場所で黒い彼から散々辛酸を舐めさせられた。
「潜んでも無駄じゃ! 此方からしかくっど!」
気合と共にガロウが吼える。
彼等こそResistance。相手は自ら神を名乗る不届きな輩。出し惜しみなぞ無用、ド派手に推して参るのみ。