第25話『Stars shining on the earth(地上に輝く星々)』 B Part
ラオの岸辺──。
暗黒の雲と巨人の共演、それらと筆舌尽くせぬ争いに及んだ昼間が間もなく終わりを迎える。
ラオ守備隊の連中が未だ意識目覚めぬリイナ・アルベェラータの為、用意した天幕。
その身を案じる偉丈夫な父が、幼き天才司祭の意識回復を待ち望んでいた。
無念なのはローダ・ファルムーンとて同じである。
自分の力で巨人を倒せなかったが故、小さなリイナに無茶を強要したと思い、独り落ち込んだ。
戦闘の疲労を癒す暇を自ら潰して働き続けるラオの騎士達。切り出した丸太を汗水垂らして砂地へ井桁型に組み上げている。
「一体何が始まるの?」
「火葬……遺体を燃やすそうだ。此処では土葬をせず焼いて夜空へ還すのが習慣らしい」
見物客に転じたルシアとローダ。
相も変らぬ愛想少なきローダの返事、ルシアは腑に落ちず首傾け短い金髪を垂らす。
「……よ、夜空に還す?」
火葬の準備であるのは文字面通り。説明不要で判るのだ。
けれども『燃やして夜空へ……』の件が全く以って意に介さず。これがルシアの真意。人は地上で生を受け、死して土へ帰る。実に合理的考え。
「──ルシアは星座、星の神話を知らないのか?」
何時になくルシアの翠眼を食い入るように見つめるローダの問い掛け。
訳判らずルシアは恥じ入る視線を外す。
「し、知らない。私そんなに常識外れかしら?」
「いや……済まない。風習とは土地柄の数だけ存在する。死んだ人間は夜空へ上がり星々に成って遺族を見守る伝承があるんだ。勿論真実じゃない。ただの云い伝えだ」
間もなく陽が暮れ一番星と月の時間へ入れ替わる。
片割れ刻な空を見上げながら語るローダの珍しい多弁を不思議に感じたルシアである。表現し難い魅力を朧気にも意識した。
──星、人々の魂が……。
未だ星の煌めき見えざる空をルシアも見上げつつ、星空を想像してみた。
ひとつひとつが命の輝き、これ迄教えを受けなかった話。『綺麗だなあ……』そんな感銘さえ受けなかった夜空に駆られる夢中。
「何だかそれってとても素敵かも。人は誰もが輝ける星なんだって思えてきたよ」
「え……?」
煌めくエメラルドグリーンの瞳でローダの黒い瞳孔を覗き込み、明るい声でルシアが喝采。
ローダ青年は元々銀河へ想い馳せるのが好きなロマンチスト。されど自分で『星へ還す』と愛しき女性へ届けた割、未だ生きている星々迄思いを見出せなかった。
「──リイナ、お前があんな無茶するとは……」
リイナが眠る簡易的な天幕の中、大きな身体を捻じ込み愛娘の目が開くのを無力に待ち続けるだけの父ジェリド。
とても賢く育った娘がよもや命張った大博打をやるとは思いも寄らず……父として娘の事を何も知らなかったと蹲っていた。
「ちょいと良いかな?」
「あ、嗚呼……構わんが」
天幕の外から聴こえた男勝りな女の声。ラオ副団長プリドールの声掛けであると即座に気付く。
「あ、そのままで構わない。副団長として礼を言わせて欲しいんだ。娘さんの英断が無ければ私達は全滅してたかも知れない。心より感謝申し上げる」
天幕の外、親子の背中から御礼を告げるプリドールの丁寧な口調。偽りなき想い伝わる。
「戦いに於いて全霊を込める。戦へ赴く以上、娘も同じだから当然。感謝の言葉は不要……と、普段なら突っ撥ねる処だが少々モノを訊ねたい。女性である貴女に」
「えっ?」
真面目で武骨なだけの応答で終わるかと思いきや、女性を意識せざる得ないジェリドの言葉。
思いがけぬ軟派な声掛けに女偉丈夫の心揺すぶられる。
「娘が命懸けであんな無茶をするとは……。父親として子供の心を理解してなかった。全く馬鹿げた話だ、俺が女親なら想像出来たのだろうか」
大きな背中でより張られた天幕から届いた頼りなき声音。一回り以上離れた男から感じる哀愁。
ポンッ。
「むぅ?」
「私は女だ……が人の親じゃない。だがこれだけは言える。例え血縁の子供であろうとも独りの人間なんだよ。親だから子供の気分を知り抜いているべき……それは親のエゴだ」
天幕毎、軽く叩いた背中がピクリッと震える様が届く。恐らく認知済の気分を突いたと知れた。
「その娘は子供じゃない。自分の意志で私達を護ると心に誓った。彼女の覚悟をとやかく言える権利は誰にもないんだ。男親? そんなの関係ないやね」
人の親でこそないが他人の命を預かる副団長、何より独りの大人としてプリドールは不器用な背中と真正面から向き合い語る。
「そうか……有難い。貴女の言う通りだ」
さらに震える天幕、漢の涙腺耐え切れずといった処か。
プリドール、それ以上余計な詮索は止め、その場を後にした。
こんなやり取りがあった最中、葬送の夜訪れる。
ローダの言葉にルシアの継ぎ足した人々が生きた証の煌めきが今宵は一際映える。
パチッ、パチンッと火葬の炎を燃やす薪が爆ぜる音が木霊した。戦闘で失われた人々の遺体が燃え散り、上昇する火の欠片が星へと生まれ変わるのを見届ける周囲の者達。
もう語れぬ仲間へ涙する者あれば、陽気に唄い『向こうでも達者でな』と酒を酌み交わす輩も居た。
葬送とは亡くなった者を見送るだけに非ず、残り往く人達の胸に刻む最期の宴。
人は死して尚、末期の輝きを放つ生物。例えそれが思い上がりであろうとも……だ。
ルシアが葬送の炎を見ながらローダの左側に寄り添い彼の腕を取る。
受け容れるローダ。二人共々恋愛模様でなく、自然の摂理で互いにそう在りたいと思い合った結実。
バァサッ!
「ルシア御姉様! ローダさん!」
天幕が不意に捲られ生ある若さ蘇り、甲高くも凛々しき呼び掛け。燃え盛る炎と波音に劣らず響く初々しさ。
「り、リイナァァァッ!!」
ローダと組んでいた腕を解き、漸く目覚めた妹分へ歓喜の涙を散らしながら走り往くルシア。自分より頭ひとつ低い愛しき身体を無遠慮に抱き締めた。
天使と女傑の尊過ぎる抱擁を皆が破顔で包み込む。
銀色に輝く新星と金色散らす若き天体がひとつに交わる美しさ際立つ様子。
ローダ、緩みながら独り思いに耽るのだ。
この二人は周囲の星々を輝かせる恒星。俺は照らし出される惑星で構わない、寧ろそう在りたいと星へ願った。




