第24話『Beyond the Wheel of Fate(運命の輪を越えて)』 B Part
大気で躰を護るだけに非ずなザラレノ・ウィニゲスタの悍ましき静寂なる攻撃。
精霊術を織り交ぜた武術で完封を試みるルシア・ロットレンの非凡な動き。
だが攻め手の体力及び精霊召喚で消費する魔力。何れも気を抜けず消耗著しいのはルシアだ。
一方、緩慢な不死の巨人を相手取るローダ、ジェリド、プリドール率いるラオ守備隊はさらに絶望逝きの標識しか見えぬ黄泉路を歩むしかない選択肢。
そんな最中、独り悩みを抱いた司祭。若さ溢れる銀髪が潮風に靡くと共に、少女の心音も揺れ動いていた。天才司祭、リイナ・アルベェラータである。
戦の女神、地上を彷徨う憐れな魂を浄化する奇跡の御業が存在する。されどこの巨人を消し逝くには、何千人も葬送らねばならぬ。
恐らく消し去る以前、術者であるリイナの魔力が先に尽きる苦難の道が待ち受けているのだ。
理不尽な鼓膜破りこそ、細胞分裂活性化の奇跡で如何にか回復をサポート出来たものの、大気使いは静寂に味方を瞬殺するのだ。だからその役目さえまともに機能出来ない。
実の処他にも味方の戦意向上や護りを上げる奇跡を彼女は行使出来得る。されど何れにせよ敵が倒せないのでは意味を成さぬ。
されど在るのだ、天使司祭の小さな両肩には暗澹たるこの状況に光明を射す逆転劇が備わっている。
但し危う過ぎる諸刃の剣。抜刀するには断固たる覚悟が求められた。
カッ!
──燃やします、私のこの命!
ザッ……。最後方で味方の援護に徹した少女が突如、暗黒の雲映る砂を踏みしめ最前列に立ちはだかった。矮小な躰で胸張り、他の誰より鋭利な視線を巨人へ手向けた。
「り、リイナ?」
「お、お前?」
慌ててローダが少女の目前に浮かび、巨人に対する盾の役割帯びる働き。
父ジェリドは娘の不穏な空気を感じる。嘗て命を賭して最期迄戦い抜いた愛した妻の面影。折り重なる何とも嫌な想いが払拭出来ない。
右手の人差し指を上げたリイナ。指先が蒼い輝き放つ。輝きを宙で動かし何か印の様な物を描き始めた。
「ディッセオ・オーレ! 生命の泉枯渇し、命の木枯れ果てる刻!」
気合込めた詠唱を始めたリイナ。その声量、小さな躰の何処から湧き上がるのか?
同時に印を描き続けるのも忘れない。元来リイナの青と言えば大きな碧眼、加えて印を描く人差し指。
やがて蒼い光が少女を包み、リイナの姿は青そのものへ転じた。
「その軌跡は終焉を告げる……」
奇跡の御業で吐き出す軌跡。
如何にも少女じみた幼く高い声音に混じり気感ずる低さを纏いて、老いた女性の声へ生まれ変わり往く。
その様子に寒気が背中を突き抜けるジェリド。森の天使と呼ばれる愛娘が神の御使いでなく、女神自体に思えた確信。
「……ふ、フフッ」
紛れもなくリイナの口から零れた嘲笑。中身が明らかに異なる。
ジェリド、娘から戦慄と神に拉致される二重の絶望を感じた。
「この醜く救い無き魑魅魍魎の塊ッ!! 我の面前より失せろッ!!」
これは詠唱の類では決してない。少女が解脱し終え、人間を憐れな罪人と見下す女神の啓示。
「い、いかんッ! リイナは神を……戦の女神に自らを捧げたッ!!」
「な、何だと!?」
リイナの唱えた術式、己が精神を神に獲られる禁呪。
妻ホーリィーンが殺害された刻以来の恐慌。
普段動じぬ男がみせる動揺に、若者達も大いに釣られた。
──た、頼むリィン!! ホーリィーン・アルベェラータ!!
「そして神々よッ!! 娘まで俺から奪うなァッ!!」
暗雲立ち込める空へ向けジェリド絶叫。神と王に仕えし元聖騎士がみせる神への咆哮。
唯一無二の愛する女を運命から強奪され、次は愛娘すら供物にされる。
到底許し難い運命。己に未だ眠る奇跡へ呼び掛ける。
「さあ、神への遺言を告げ……!?」
──手から愛零した男の望み、斯くして奇跡は……起きた──
戦の女神から我が身を囚われたリイナの背後。抱き締める青一色ワンピース姿の円熟味溢れた中年女性。
長い黒髪がハラリッ舞って悪女に堕ちかけたリイナを覆い隠す。
蒼い眼の女性、喪失した最愛を見紛う訳がないのだ。
黒の軍団との争いによって命を落としたリイナの母親。そして語る迄もなくジェリド最愛の人ホーリィーン・アルベェラータの容姿に違いなかった。
「お、お母さん!?」
完全に我を取り戻したリイナであるが、死した者を蘇らせる御都合主義な奇跡の御業なぞ天才と呼ばれる司祭の彼女さえ知らぬ。
よく見直せば透けて見える母の躰。けれども感じる温かみと湧き上がる力の根源、紛れ無きホーリィーンだと確信出来た。嬉しさにむせび泣くリイナ。
運命に妻と娘を奪われ絶叫した父が呼び込んだ奇跡とでも言うのか!?
加えてリイナが身を犠牲にしてまで呼び込んだ呪われた奇跡の蒼が、不死の巨人を包み込む。
リイナが呼んだ奇跡は未だ消失せず母の力も借り受け──今、藍染の華、咲き誇る。
「「逝くがよい、終わり無き道へ! ──『終わりなき旅路』!」」
幼気戻ったリイナの声と大人女性の声音重なる詠唱が終わりを告げた。
12mもの途方ない巨躯が真実の命宿りし頃の瑞々しき肌色へ回帰。
──したかと思いきや、直ぐに深き皺を刻み、やがて錆びた鉄屑が如く崩れ落ち潮風に流され消滅した。旧世紀の遺産を残して。
終わりなき旅路──。
其れは終わりなき回復の連鎖。覚醒し過ぎた細胞分裂の行き着く先──決して抗えない死あるのみ。
然も急速に依り代を失った魂は黄泉路へ導かれる暇さえ与えられず、術名通りの永遠を彷徨うのだ。
戦の女神、戦に特化した女神が成し得る究極の秘術。一度死んだ人間達すら再び消し去る恐怖。
「あ、お、お母さん……」
「リィン……リイナを導いてくれて有難う。心から感謝する」
リイナの詠唱し終えた終わりなき旅路の輝きに混じり消え逝くホーリィーンの姿形。再び抱き締めたかった女が失せる切なさ。
娘と夫が涙ながらに感謝で見送る。果たして再び彼女は二人の元へ姿を見せるのだろうか。




