第1話 『AdoNorth(アドノス)』B Part
国抜けした兄ルイスを求め世界を彷徨う見習い騎士ローダ・ファルムーン。
世界で最も怪しいとされる島国アドノスに渡るべく、目と鼻先に在る港町ルークを訪れた。
然し此処でも青年の世間知らずが露呈する。
魔女が住む島として恐れられる場所へ舟渡を引き受ける船頭が見つからない。
当然過ぎる程馬鹿げた話──。
誰が命張って迄、怪しげなる余所者の依頼を受けようか。ローダ青年、ファルムーン家から持ち出した宝石の類で交渉するが、全く以って門前払いな日々が続く。
300年前、この海にはメッシーナという橋が掛けられ陸続きであった。船など要らぬライフラインで繋がれていた。
「ハァ……」
黒い瞳孔が覇気を失い、落ち込み度合をさらに増す。そんなローダの瞳に映える地中海とその向こう側。
岬状の先端帯びる場所が明らかに此処から最も近しい。随分栄えた感じの街並みが見える。
あれが歴史の授業で聞いたフォルテザ?
ローダの故郷、ハイデルベルクの城下町より空に伸びる建物がやたらと目立つ。
目指す場所は見えている。いっそ泳いで行くか? そんな有り得ぬ気分が疲れたローダの脳裏を過ぎる。
「よっ!」
「──ッ!?」
港の際に肩を落とし座り込む何とも情けない様子のローダ。
背後から褐色の男子が前側に顔覗かす。
ローダ、大層狼狽え海へ身投げするかと慌てふためく。
「アンタだな? 彼処へ渡りたがってる変わり者は?」
全身褐色の小さな少年。ニヤニヤしつつ初対面の歳上を煽る。袖や裾が破けた服装。随分失礼だが大した家柄ではないと誰でも判る容姿。
「お前……誰だ?」
ローダ、痛々しい程愛想を何処かへ捨てている。
地元で暮らしてた時分、割と普通に誰とでも接してこられた。代々騎士を輩出したファルムーン家の血統。人付き合いも重要な仕事であった。
されど2年もの孤独なる独り旅。
然も心許せる者との出会いが稀有だから止むを得ない。最早彼が兄の罪を勝手に背負う何とも寂しき背中。
褐色の少年、笑顔絶やさず両手を差し出す。
「……?」
「金だよ金、渡し賃。在るんだろ?」
首を傾げる気にすらなれぬローダ。よもやこんな少年が船頭などと思えやしない。ただのタカリだと決めつける。
チャリ……。
ローダ、最早面倒極まれり。
腰ベルトに吊るした革製のポーチへ手を突っ込み、適当に見繕った宝石の類を3つ掴んで無造作に渡す。
「いッ!? これだけかよ。貴族面の癖して大したことねぇな」
──何ぃ?
少年の随分気になる言い草。
熟れてるのは乞食の真似事ではない様子。薄汚い自分を見て『貴族出身』だと見透かす手慣れた態度。
「……船、在るのか?」
「ア"ッ!? 馬鹿にしてんだろ! 俺はな、あの島へ何度も渡ってるんだぜ。この街で一番の渡し屋さ」
ローダ、子供の戯言だと切って捨てられなくなる興味を抱く。
褐色の少年が小さな身体を誇大に張り、胸を叩いて押す太鼓判。
「成程、それは悪かった。ならばお前の船を見せてくれ」
ようやくゆるりと立ち上がるローダ。『証拠を見せろ』と子供に迫る大人げなさ。笑顔絶やさず案内始める少年。
「──でも良いのか? 戦争……。違うな、アレは蹂躙って言うの? 黒い剣士が神気取りで近頃暴れ回ってるらしいぞ」
この少年、やはり人様を見る目が肥えてる。
金蔓になりそうな青年。然も争い知らぬ子供の査定で、腰に差した剣の腕が危しいと値踏み出来る。
「黒い剣士? 知ってるだけで構わない。詳しく教えてくれ」
ローダは少年のポケットへ勝手に手を突っ込み、なけなしの宝石を課金する。少年の顔が『毎度あり』と無言で応える。
「俺の名前は『ディン』。アンタは?」
「ローダ……今はただのローダだ」
話が通じると思ったディンが回答の前に名乗る。
ローダは含み持たせた口振りでボソッと返すのみ。家の名を剥奪された訳ではない。
されど故郷へ置き去りにした名を語る気にはなれない。『兄が犯罪者だから……』決してそんな意図ではない。
「とんでもない凄腕らしい。アドノスの南側にフォルデノって王国が在るんだ。歯向かう連中に手を焼いてたらしいんだけど、ソイツが全部やっつけたってさ」
子供の戯言にしては余りに話が危ういと感じ眉顰めるローダ。
レジスタンス──王国に逆らう輩が居る? それらを独りで一網打尽?
然もその黒い剣士、傭兵等の所謂余所者?
現実的な話と筋が通らない内容が入り混じった怪しい話。ローダは訝しげにディンの後を追う。海風を心地良く感じるゆとりがない。
「此奴だっ!」
「え……」
渡し屋の証をディンが堂々見せつける。
ローダ、思わず脂塗れの頭髪を抱え込まずにいられなかった。




