第21話『The blue girl who brought the wind(風を連れて来た蒼き少女)』 A Part
一応己の御使いである学者ドゥーウェンからマーダへ届いた忠告。
「──サイガン……フフッ、貴方の弟子からの連絡。精々楽しませて頂くよ」
ぶれない余裕面を創造主へマーダが寄越す。未だ半裸の姿、如何にも剣に長けた男の全身に行き渡る確かな肉付き。
母国旧イタリアの遺跡、神々を模倣した石像の様な美麗ぶりだと今さら感じた老人。男の裸体、増してや人が創造した神話なんぞに興味は湧かない。
何しろ新しき依り代の創造主になる夢を自覚している男だ。寄って他人の創った神なぞすべからず偽物なのだ。
「本気の片鱗を示すか……正直余り良い趣味とは思えんがな、人の形を真似た木偶など……」
苦虫食い潰した顔で視線を合わせぬサイガン・ロットレン。
巨人の真実を見透かしているらしい物言い。
これを聴いたマーダ、冷笑でなく珍しく噴き出し膝すら叩いた。
「これはこれは……いや失礼。まさか最初の模倣者である貴方からそんな言葉が飛び出すとは……」
マーダ、失笑から憫笑へ移り変わる緩みを抑え切れぬ態度。
自由意志を抱いた自分を最初の人造人間として構築した親の台詞とは思えなかった。
「──フォウ。僕のフォウ・クワットロ、良い加減、君の綺麗な顔を出すんだ。僕の正体を君が知った処で何もしやしないさ。寧ろ此方を認めて欲しいくらいだ」
ビクッ!
シーツに包まり続け寝床の一部と化したフォウが不意に呼ばれ動揺の色が隠せない。
見知らぬ老父と敬愛する神の会話が弾んでいた様子に、自分は忘れ去られた存在だと気が緩んでいた。
シーツをバスローブが如く身体に巻き付け、躊躇い帯びた感じでゆっくり起き上がった黒側最強の女魔導士。
未だ泳ぐ琥珀色の瞳孔。巻いたシーツがかえって身体のラインを際立たせる。
──ほぅ……。まるで誂えた様に似合いの白だな。
その姿に老父は己の中に秘めた男の感受性が沸き立つのを感じた。白一色のシーツがまるで古代ローマ女性の正装ぺパルを彷彿させた。
「こ、こんな姿の無礼をどうか御容赦下さいサイガン・ロットレン様」
さも恥ずかしげなフォウの立ち振る舞い。座する礼節を重んじたい処だが着崩れするのを恐れていた。
「此方こそ若者達の営みを邪魔した無礼を赦して欲しい」
彫刻美な男の裸体を見た直後の掌返し。
サイガンは、弟子が連れ添う美麗過ぎる人形より、常日頃に潜む現実が御好みらしい。年寄りらしい美学と言えよう。
「フフッ……御老人の顔つきがあからさまに変わったじゃないか。女好きの性分は300年寝た処で治せない病だね」
自分の女相手に目つきを変えた老人をマーダが『病気』と嘲る。彼とて本音はちょっぴり嬉しいのだ。
「何を言うか若造、あらゆる奇跡が生み出した美の造形に胸躍るのだ。年齢の枷など関係なかろう」
枯れた泉に思えた老人の口から流れる水が如く女性の美を称える台詞が溢れ出る。
「そ、それ以上はどうかご勘弁を……」
フォウ・クワットロ、『綺麗や美しいなどと褒められるのは慣れておりません』と逃げたくて仕方がない。
汗混じりでしっとり濡れた黒髪を揺らしながら、気が早過ぎる義理の父へ嫁入り挨拶の妄想さえ抱いた自分を心底恥じた。隠れてる所すら真っ赤に燃やした身を捩らせる。
せめて朱色の顔を埋めたいのだが、シーツを押え続けなければ最悪の羞恥が訪れるやも知れぬ。だからこれ以上如何にもならない。
──此方にも鍵が在るのではあるまいか?
やはり早計過ぎる義父の深読み。思い描けなかった計略が降って湧くのを感じた。
◇◇
バシュッ──密閉した空気が自由を求め噴き出した音。
「ジェリド・アルベェラータだ。微力ながら助太刀に来たッ!」
セスナの扉を引き、良く通る声で己の存在を証明するジェリド。実に堂々とした振舞い。蒼き地中海の浅瀬に白き鎧が揺らいで映る。
「感謝する、我はラオ守備隊の副団長プリドール・ラオ・ロッソだ。そのまま海に降りては折角の装備が台無しに為る。迎えのボートを用意させる故暫し待たれよッ!」
ジェリドと等しい全身鎧のプリドール。
此方は海の青に漁火を浮かべた様な赤一色の出で立ち。
元フォルデノ王国聖騎士団団長に劣らぬ凛々しく出迎え。赤い鯱の異名を受け答えのみで魅せた。
「……森の天使にエドルを救った英雄殿と女傑まで居やがる。随分御大層な救援だぜ」
セスナの窓から覗き見えた若過ぎる英雄達。青い鯱は辟易した態度を隠す気がない。『光で逃げ出す巨人如きに大袈裟……』もうひとつ在る。
──暗黒神をやっつけた英雄と女傑。そんな話アテに為んのかよ?
此方がランチアの本音。『どうせ尾ひれが付いた話じゃねえの?』これ迄誰独りとして敵わなかった相手に黒星を付けた若き男女。
噂を鵜呑みにする程、ラオ守備隊団長は、おめでたい頭の持ち主ではないのだ。




