第20話『Too easy voyage(手軽過ぎた旅路)』 A Part
同じベッドで共に夜を明かしたローダとルシア。
御互い異なる性別で寄り添った初めての営みなき夜。昂ぶりと緊張の相乗効果で眠れやしないとタカを括った。
気が付けばカーテンから洩れる朝陽に虚ろな目を開いた雌雄。
操こそ死守したが心はそれ迄以上に拓けた一夜。双方驚く程、健やかなる朝を迎えた。
「お、おはよ」
「あ、嗚呼……」
言葉少なめに1日の始まりを交す同じ床上の二人。
気恥ずかしさだけは拭えず、未だ眠気を帯びる顔合わせずに支度を始めた。
宿泊の準備なぞ持ち合わせてなかった二人。昼間の装備から上着を一枚脱いだだけ。寄って出立準備は手軽なのだ。
──いつか、一緒に笑顔で朝を迎えられたら良いな。
そそくさと準備しながら一緒の思いを密かに抱く。そう遠い日じゃない想いを各々夢見た。
ガチャ。
「「あ……」」
「え、ええっ……!?」
何とも気まずい廊下での擦れ違い。
ローダとルシアが同じ部屋から出立した誰にも見せたくない羞恥の瞬間。
よもやよもやな同時刻、最も秘密にしたい相手と視線が正面衝突した。
思春期待ったなしのリイナ、甲高い叫びで『きゃあきゃあ』喚くかと思いきや、大きな碧眼を点にして朝陽の様に染まった顔を俯かせただけに留まる。
「ちょ、ちょっとリイナ! ちゃんと話を聴いてぇ! ほらっ、ローダも何か言ってよぉぉ……」
「……!」
いっそ大いに騒ぎ散らして欲しかった、そんな無駄を思うルシア。悪足掻きしたい胸内を言い表せぬもどかしさ。僅かに涙目なのは欠伸をした訳ではない。
ルシアに肩揺すぶられ煽りを喰らおうともローダは黙秘権を行使し続けた。心で語れる男が甚だしい役立たず。
新婚さんと自ら囃し立てた男女の夜明けを目撃した多感な少女は何思うのか。
幼き赤面が雄弁に物語る赤恥を二人は感じ、黙り込み白々しく虚空を見ながら屋外へ。やけに広々とした場所へ足を運んだ。
「やあ若い御三方、昨夜は良く眠れましたか?」
恐らく全く以って悪気皆無なドゥーウェンからの御挨拶。隣に畏まるベランドナの金髪と相まってやけに眩しい笑顔。
「え、ええ、まあ……」
「ね、眠れました」
「……」
ルシア、リイナ、そして無言を貫くローダの流れで応える三人。何れもぎこちなく視線を外した。
「何だ? 三人共やけに眠そうだな。特にルシア。目の下、隈が酷いぞ」
「ええっ!? う、嘘ンっ!」
ドゥーウェン等と同じく先に待ち受けていた白い鎧姿のジェリドが叩く大人の軽口。
まるで若き男女の営みを見透かした様な言い草。過剰に慌てるルシアを弄る為の嘘。隈なんて在りはしない。
「そ、その大きな鳥みたいのは……?」
首と頬を襟ぐりに隠しながらルシアが話題を逸らした。白くて翼らしきものが生えた初見の存在。
「セスナです、旧世紀の空飛ぶ乗り物。これでラオまで飛んで頂きます。昼間なら巨人は襲って来ないので問題ないです」
セスナを見上げて『旧世紀』と軽々しく口にする学者。『此処では旧世紀』枕詞が欠けてる説明。
「こんな物、どうやって動かすのだ?」
「AUTOです。離陸から着陸地点の割り出しまで全て自動でやってくれます」
旧世紀よりさらに以前の文明から来たジェリドの素朴な疑問。
言葉の意味を理解している者に対するドゥーウェンの頭ごなしな解答。
判らぬ者にはAUTOも離陸も着陸さえもまるで通じぬ理不尽。子供の様に従うより他ない。
「良く飲み込めんが便利なものだな」
ジェリドは飛行機を知らなくとも空気は読める。目的さえ達せられれば文句はないのだ。
それよりジェリドが気になる一点。
──此処の技術力、ハイエルフの魔導……。そこに未知なる力すら加える気でいるのかこの男。
ジェリドが最も危ぶむ処。世界中の粋を薄っぺらい正義で扱うこの男に与え過ぎるのは、危険な香りを呼び込み兼ねないと年長者の勘が働く。
「まあ良い、兎も角飛ぶか。何かあってからでは遅い」
鎧の擦れ合う音をガチャガチャ鳴らしながら、タラップをジェリドが上がろうと動き始める。
「あ、お待ち下さい。これも旧世紀の遺産ですが金属製の鎧より遥かに優れた強化服を御用意出来ます」
強化服──。
21世紀後期から22世紀前半頃まで、軍の特殊空挺部隊が運用してた代物。地上降下作戦をバラシュートなしで耐えうる強度と、軽量さを両立させた狡い装備。
「いや、折角の申し出だが着陸可能なら普段通りが性に合うのだ」
ドゥーウェンの提案をやんわり断るジェリド。
戦士とは己が慣れ親しんだ格好で戦えるよう順応させるもの。性能だけで推し量った物を押し付けられても始末に困る。
「そ、そういうものですか。で、ではローダさん、せめて此方だけでも御受け取り下さい」
「剣?」
ローダの白い服装に誂えた様な白塗りの鞘に包まれた片手剣をドゥーウェンが渡す。
両手で鞘毎受け取ったローダ、重量感なさ過ぎて思わず狼狽える。抜刀し確かめずにいられない。
「し、白い刃?」
「超強化セラミック製の剣です。粘りこそありませんが切れ味だけは保証しますよ。伝承によればあの森の女神すら愛用したとか」
抜いた剣を空へ真っ直ぐ翳し改めて瞠目する青年。
彼の傍らでルシアが感じる一抹の不安。剣士として情が深過ぎる昨夜の苦悶を思い出した。
「超軽量な剣、これは何よりも有難い」
早速腰ベルトに差し頭を下げたローダである。現状の彼は蒼白い刃の真似事を会得してるので剣の性能には頓着しないのだ。
尤も軽い剣を無償で貰った感謝の言葉には世辞が混じる。
マーダと争って以来、彼の筋力は強化の一途を辿っている故、より強固な武器こそ嬉しいのが今の本音。さりとて良い物を頂いたのだ。貴族出身者の礼節に抜かりなし。
他の若き仲間達も終始無言で年配者に従い続々セスナに乗り込んだ。




