第19話『Fate of conflicting love(葛藤する恋の行方)』 B Part
元を辿ればラオまで人助けに向かうのが真なる目的。
その上でフォルテザの最新医療を用い、ローダ・ファルムーンの体調管理を依頼すべく此処迄来た若者達。
気が付けば恋慕し合う相手と同室で一夜を明かす男女の営みだけに揺れ動く不謹慎極まる交流。
殊更ルシアの動揺が激しいかに思えた絵面。
その実ローダも男なら誰しも抱く妄想を、普段の能面で押し隠そうとする小細工。
「──ルシアッ!?」
「そ、そうよね。あ、貴方は男。恐らくこんな経験の一つや二つ。当然在るんでしょうね」
ルシア、自分の声音が上擦るのを抑え切れない。
声も相手の手首を掴んだ手も震える彼女。初体験の辱めに自分だけ追い詰められたと思い込む。
「な、無い……」
「はぁ? 何がぁ!?」
悪びれた視線を床に落としたまま、ボソッと呟く毎度ながらのローダ節。
下から覗き込み更なる圧を掛けようと試みるルシアの動き。キレた方が主導権を奪えそうな局面。
グイッ!
「無いものは無い! き、君こそ、他の男と……」
「無いよ! そんなの一度も!」
次はローダの方が半ば憤慨気味でルシアに喰って掛かろうとする。握られた腕を強く振り上げ、彼女の翠眼に視線を上から被せて往く。
朱に染まったローダの顔を鋭い目線でルシアは下から弾いた。双方恥ずかし過ぎるオウム返しなやり取り。
22歳の女性と20歳の男性、遅咲き気味な恋愛模様を互いに暴露。二人は苛立つ気分を暫く無言でぶつけ合った。
「ふぅ……判った。ふ、二人共思い違いをしてたらしい。良い風呂の在る部屋なんだ。変な意味じゃなく折角だから入らないか? 君が先で構わない」
溜息吐いたローダが傾き加減なルシアの身体を引っ張り上げ立たせる。さらに両手を挙げ降参の意志を示す。されどやはり気恥ずかしいのか、再び視線は外した。
「き、聞き耳立てたりしない?」
「何なら外出ていようか?」
ルシアも赤い顔を背け、自身が先に入浴する状況を想像せずにいられない。
「そ、そこ迄し、しなくても良い……よ。……なんか、ごめん」
「……嗚呼、此方こそ済まん」
互いの擦れ違いを赤面のまま、言い淀みながら謝る二人。
そしてルシアはローダの提案を聞き入れ、独りには誇大過ぎる脱衣所へ先に足を忍ばせた。
扉は当然閉じ鍵もきちんと掛けた上で汗流す準備を始める。見られる訳ないのに高鳴りが無駄に留まらない。
──ま、まさか私の気分を覗かれたりしないよね?
自分の嘘寝を見破ったローダなのだ。壁越しに今の気分を見られるかも知れない。過剰に思うのもを止むを得ない。
チャプンッ……。
出来得る限り音立てないよう細心の注意を払い、足先をゆるりと湯舟に浸けてくルシア。
当然だが湯に全く以って罪は無く、無駄に緊張した心と躰に染み入り解きほぐしてくれた。
「全く……独りで入るには大きいお風呂と仲良く並んだ枕。本当何する部屋なのよ」
湯舟に口まで浸かり泡立てながら、感じた羞恥をルシアが呟く。同時に『独りには大きい浴槽』にもう独りが入る姿を夢想。有り得ない触れ合いが火照りを起こし狼狽えた。
──でも……でもよ。ローダも欲しいって思ってるの……よね。
湯舟に浮いた自分の髪を弄りながら片道切符の恋ではない、往復の可能性にようやく感づく。けれどそれはそれで頂点極まる疚しさが次々浮かぶ。
重力の枷から解放された自身の胸元に触れてみる。触るまでもなく波打つ鼓動がさらに激しさを増す。解き放たれた筈の胸がやけに苦しい。
──だ、だけどよ。幾ら何でも心の準備がなさ過ぎなのよ。大体彼の言葉で本音を聞いてないのだから……。
ルシア的にローダは狡いと正直押し付けたい。
常日頃からそうした本音を誤魔化し続け、不自然な心の声だけ伝える姑息。
『ルシア、俺はお前を愛してる』
ちゃんと自分の耳震わす言葉が聴きたい必然。これは女の自己満足ではないと思いたい。
◇◇
その後ローダも入浴を終え、お互い口数少ない寂しい時間だけ流れ、就寝時刻が訪れた。
「じゃ、最初の約束通り俺は床で……」
「ま、待って。とっても寝心地良さげなベッドなのよ。……せ、折角だから一緒に寝よ? へ、変な意味じゃなくて」
入浴の後、『折角だから』な折衷案が次はルシアから成された。
されどローダの折衷案より遥かに敷居が高いのだ。別々に入るではなく『一緒に寝よ?』は強過ぎやしないか。
「る、ルシアは横になるなら、どちら向きが好みだ?」
「ええと……強いて言うなら右向きかしら?」
ドサッ。
「判った。じゃあ俺は左の壁を向いて寝かせて貰う」
やはりローダは女性が好きな男性。好意を寄せた女性からの誘い。無下にしたら格好つかない。
なれど背中合わせとはいえ同じ寝具の中。今夜は恐らく眠れないと覚悟を決めた。
ファサ……。
開き直りなローダに優しく羽布団を掛けたルシア。引き続き自分も潜り込み少し震える手で部屋灯りを消した。
カーテン越しでも柔らいだ街灯りが部屋に滲んで来る。
琥珀色した都会の夜──。
深夜を過ぎたフォルテザは、街灯りの光源を柔らかな火に帰す習慣がある。
自分達の街が誇る最先端技術だけに頼れば身を滅ぼす歴史を知り尽くした賢き住民達。夜くらい敢えて自然に頼る300年前から受け継いだ伝統。
互いに背中だけ触れ合い、進展叶わぬ初夜に心だけ先走り。
穏やかな灯りが若い男女のわだかまりを徐々に溶かし始めた。
「……ほ、本当は斬りたくなかった。き、君を守りたい一心だった」
いつになく弱気で、けれど普段通りの言葉足らずなローダの一言。
何の話だが心読めないルシアとて勿論判る。オットォンに自分が殺され掛けた時の気分だ。触れる背中が震えていた。
「ただ兎に角必死……。だ、だけど奴の肩を斬った瞬間、自分に嫌気が差すのを感じた」
さらに震え止まらぬローダの懺悔。『決して殺りたくなかった。だけど君の命を守るのは俺で在りたかった』恐らく彼は泣きたい本音を必死に抑え込んでいた。
「ローダ、ご、ごめん……。本当にごめんなさい。うん……。そう、だよね」
ルシア、心の底から湧き出た涙交じりな謝罪の言葉。後ろ手伸ばすと手探りで恋慕する男の逞しい指に絡めた。
ピクリッ──。
互いに気恥しい感触。
『今夜は此処まで……ね』
肉声も心音さえも不要な約束。
何だかんだと取り繕った割、自分が境界線を越える歳上故の狡さ。瀬戸際に於ける女性の度胸。胸のサイズで負ける訳ない。
『愛してる』
言葉だけの上辺でない彼の本音を心で聞いた。彼の辛さを流した無神経な歓喜と、恐らく人を初めて殺そうと決意した優しい彼の想いが彼女の心で交錯した。




