第1話 『AdoNorth(アドノス)』A Part
未だ精神的に大人と言い難い18歳の折。
自国ハイデルベルクを独り飛び出し、兄ルイスを探す旅路に出たローダ・ファルムーン。
見た目だけなら白いコートに白黒の騎士風情な旅装姿。腰にはファルムーン家より受け継いだ柄に刀匠の名前を掘り込んだ片手剣を差している。
されど所詮親のコネで手にした騎士見習いという立場。
彼の実力、そこいらの兵士にも届きやしない。
また騎士見習いには盾と鎧の支給制度がない彼の自国。要は剣1本で攻守を学べという教育。
聞こえは良いが、裏を返せば剣と盾。両方へ気を回す技量が備えなければ宝の持ち腐れという当てつけとも取れる。
実際の処、ローダは片手剣を実質両手で握らなければ力を発揮出来ないハイデルベルク基準の騎士見習いを地で往くしかなかった。
そんな自分の力量お構いなしで家を飛び出した世間知らず。増してや全く往くアテ無しでは、無駄な苦労を呼び込むのが必然。
徒歩で往ける地を兎に角訪れ、技量無い癖争い事に首を突っ込み足掛かりを探す。手探りだらけな連日連夜の日々。
何しろ探し者が犯罪者。『こんな男を知らないか?』適当にモノ尋ねれば自身の関与が疑われる。
寄って関わり在りそうな争いの火種を耳に入れた傍から、危険を承知で飛び込み営業より他ない。
時には死んだ筈の人間達が跳梁跋扈する地域で、命捨てる瀬戸際の冒険を自ら課した。彼も亡者の仲間入りを果たす危う過ぎる橋を渡った。
こうして約2年が経過。
巡り巡ってローダは今、ハイデルベルク南の隣国。
嘗てのイタリア領。現在この国、紀元前に世界屈指の国力と過剰に神を輩出した『ローマ』を恐れ多くも名乗っている。
人口が極端に減少し、最先端技術こそ失っても人間が育む文明が残した欠片に縋る。人の世は常にそう、信じ頼れる遺産があれば彼等は生きて往ける。
とはいえ実際の処、旧イタリア本国の領土を安堵するのがやっとの国力。旧ローマ市街と周辺の街以外、元神国の栄華を取り戻したとは言い難い。
但しこの国に限り、大層特殊な事情を孕む。
イタリアであった頃、属領であったシチリア島。
此処は300年前、イタリア本国から独立を宣言。
当時この島を統治した者が世界を支配下に置く為、最先端の粋を集めた街『Fortezza』を中心に島の名前も『AdoNorth』と改めた。
本来世界全体を守護すべき連合国軍総司令部が壮絶なる粛清を行使した『Purge of Stardust』と後に呼称された気狂い。
これを鎮圧したのがフォルテザを守り抜いた森の女神『ファウナ』という伝承。
以来フォルテザ擁するアドノス島は、世界各国の手本とされ、イタリア本土の支援抜きで国家を形成した。
寄って憐れにも本土の方が地力の国力を奪われた形。これが現ローマの特殊な事情である。
いっそアドノスと国交を図り、共に国力を取り戻せば良かったのだが今の処、巧く便宜を図れていない。
イタリア本土と異なり、アドノスは四方を海に囲まれた島国。
『あの島には魔女が居るから容易に近寄るべからず』
これはアドノス側か、或いはイタリアを含む旧ヨーロッパ本土なのか出処が不明だが、実際世界中を相手取ったとされる噂が独り歩きした帰結。
また他にもアドノスには様々なる言い伝えが存在する。
竜を始めとした魔物が巣食い、竜を率いた同士が戦乱を起こした。
人間より遥かに知能優れるエルフ族が住んでいる等、怪しげな噂が後を絶えない。
話が回りくどいが、そんなアドノスの北端に最も近い現ローマ最南端に在る港町『ルーク』にローダは辿り着く。
2年に於ける探索行、大層苦労したローダ青年。
白ベースの旅装服が薄汚れ、地面色の迷彩帯びた感じに様変わり。
毎晩の宿すら心寒い天幕の下、眠れぬ日々が続いた。髭の手入れ等も適当。結果、騎士と言うより職業が探索者染みた様相へ転じた。
僅かとはいえ世間知らずな騎士見習いは、半ば仕方なく卒業して今日に至る。
何故ローダ・ファルムーンは今さらこの地を訪れたのか?
これぞローダ青年の世間知らずが原因。
兄の居所手掛かり皆無。考えたくもないが自国の近衛騎士団を全滅させてまで向かう場所。
ロクでもない所だと想像を働かせ、ローダ自身も危ない話を真に受け、様々な地域を渡り歩いた。
それにも拘わらず最も怪しげなアドノス島を勘定に入れる知恵も勇気も持ち得なかった次第。
そんな若気の至りをようやく振り切り、虎穴に入る決心を固めた。
ルークからアドノスへ渡る。
裏腹的にこの勇気を得る為、彼は回り道をした。これで少しは彼の面子も立ったと言えるかも知れない。