第16話『The wise men's choice(賢者達の選択)』 A Part
トクンッ──。
自分よりほんの僅か恋愛経験豊富なリイナから諭されたルシア御姉様。気になる御相手からの救出劇を聞き及んだ。
またしても波打つルシア・ロットレンの熱き胸内。男して際立つ様子を見せぬローダを潤み掛けた緑の瞳が勝手に追い縋る。初対面が運命的出逢いだったのを思い返した乙女の恥じらい。
──そうよ、そうだよ。彼今でも見えない傷で歩くのもやっとの筈……なのに、なのに私ったら。
遂にルシアは彼に対して白切るのを辞めた。自分は彼から決して逃れられない枷を受け容れたのに今更気付く。
邪魔でしかなかった豊かな胸上を彷徨く免罪符に触れてみる。彼女に信じる神などいやしない。
然し例えAtheistとて何処に居るとも判らぬ神へ己が祈りを捧ぐのが人の道である。
──父さん……私一体どうしたら。
ルシアは片親なのか、或いは父親想いであろうか。頼る親が母親でないらしい。
22歳、世間体には立派な成人。未だ親に恋路の行方を伺いたいのか?
兎も角ローダが此方へ想いを寄せずともルシア自身、既に生涯を身勝手に背負う密約を交わした。
◇◇
「──これはいけない。鍵はすっかりその気じゃないか」
フォルデノ王国、元国王の誇大過ぎる寝室。
赤ワインを注いだグラスを片手に転がす黒の体現者。前王の趣味を疑う赤いソファに座り、何も映る筈ないグラスの内を見つめ呟く。吹き飛んだ右腕は何事も無かったの如くグラスを掴んでいた。
フォルテザの学者ドゥーウェンがルシアのスマホに細工した。此処迄の一部始終を聴き終えている。それにしたって読心したかの様。
「……お、恐れながら鍵とは」
やはり一般人として頭を捻らずに要られぬ飾り気多いベッドの上。シーツで全裸を覆い尽くした黒髪の女性が琥珀色した瞳をチラつかせる。
「何、君は頭の冴えた女性だ。直に飲み込めるさ」
振り向きもせず黒の体現者が気楽に応じ、『飲み込めるさ』の一言でワインを一気に飲み干す。フォウからの質問を軽くあしらった。
鍵に飲まされた煮え湯を思い出し、ワインの渋味を感じた様に顔顰めたマーダ……らしき者。
4日前の転身以来、一人称『我』と、神すら嘲る態度が何処かに消え失せた。
そんな得体の知れぬ男にフォウは女性の慰みを求められ、あまつさえ受け容れてしまった。
仕える神から信者が得られたよもやな懇願。断る理由が何処にもなかった。探す気ないのだ、見つかる訳ない。
ドンドンドンッ!!
「何だ? 随分騒々しい客じゃないか」
二人きりの情事を扉叩く音に邪魔され嫌味な顔を隠さないマーダの憂鬱。「入りたまえ」丁寧過ぎる神対応。
「お、恐れながら申し上げますッ! マーダ様の父だと言い張る白髪の男が『通せ』と全く此方の話を聞かずに!」
──ピクッ。
「何だと? 連れて来るんだ」
途端に眉顰めるマーダの変遷。動きが止まる。
ドカンッ!
連れて来る迄もなかった。白髪で初老の男が王の間へ容赦無用で蹴り入れ他の衛兵達を引き摺る派手ぶり。大胆不敵にも暗黒神の面前に頭高く立ちはだかるのだ。
マーダは一言衛兵達に「下がりたまえ」と呟く。
声量の問題ではない。『此処に貴様等が留まる事適わず』と伝えたい者共に説明要らずの圧力を掛けた。
「……久しいな」
見知らぬ老人に押し入られ頭まで自身のあられもない姿を慌てて隠したフォウ・クワットロ。されどこれから知らぬ存ぜぬでは決して通せない驚天動地が彼女に訪れる。
「爺ッ! 良くもまあ我の前に煤けた面を寄越せたものだッ!」
突然番犬の様に老人へ吼える暗黒神。女魔道士を手軽に扱ってた好青年の態度が急変した。
──えっ……?
何が染み付いたシーツの内側で我が耳疑うフォウ仰天の面構え、神から発せられた我と外連味の共演が耳を劈く。
ローダという余所者に撃たれる以前、紛うことなきマーダ様が突如降臨した。まるで老人が引き寄せたかの如く。
「マーダ……貴様とて知っておろう。真なる扉を開く鍵はもう一人の候補者に堕ちた。これは私が望んだ結果とかなり異なる」
「ほぅ? アレこそ貴様が300年待ち望んだ結実ではないと言うのか?」
白髪の老人がマーダに取って意外な事を不快な面持ちを向けて言い始める。
マーダが世界で最も忌むべき存在。それにも拘わらず興味を惹かずにいられない。
「300年か──私とてそのつもりだった。だが……」
「──?」
300年──。
それは老人が創造した物が者へと進化を遂げるのに必要と弾き出した時間。300年前、老人は凍結の惰眠を貪りその刻を待ち続けた。
「マーダ、私が最初に構築した人間……。然も誕生後350年、自ら進化の道を歩んだ貴様だ」
「──ッ!?」
見知らぬ老人の発言にシーツに隠れたままの姿で傾聴し続けるフォウがピクリッと蠢く。己が信ずる神の創造神だと聞かされて動揺の色を隠し切れない。それに構築した人間とは?
「私は貴様こそ新しい人類に相応しいと考え直した。マーダ……いや、奴さえ喰らい潰した依り代、ルイス・ファルムーン」
またしても謎が謎呼ぶ発言を繰り返す老人。ルイス・ファルムーンとは真実の名前なのか。そして『喰らい潰す』とは如何した訳か?
「へぇ……。随分と僕を買ってくれるじゃないかサイガン・ロットレン。人工知能に自由な意志を与えた第一人者、まさか僕に従う気で此処に来たのかい?」
またもや『僕』に還った半裸の男がソファの手摺に肘立て、愉悦の笑みを零した。
「それは……それは未だ判らぬ。ただあの青年が適合者とは思えぬのだ」
「認められないの間違いじゃないのかな? ……まあ良いさ、僕は寛容なのだから」
不敵な笑みと言葉で老人の脇腹を突いたルイスであった。




