第13話『Angel's miracle(天使が呼んだ奇跡)』 A Part
ダークエルフ、オットォンに対するガロウ・チュウマ怒り心頭。
されど目指す敵は真下から見上げても生い茂る枝葉に隠れ、位置特定すらままならない。
自力で宙に浮く。そんなふざけた御業、真っ直ぐな髭面には持ち合わせなど在りはしない。
だから舎弟であるローダ・ファルムーンに御膳立てを依頼した。
この際実力差は関係ない。
ガロウ・チュウマはエドナ村を守護する任を負ったResistanceの上長。新参者は言う事を聞く以外の選択肢など在りはしないのだ。
ザクッ!!
「うぉッ!?」
足掛かりにしてた太い枝をローダに両断され、地面に落ち往くしか能のないオットォン。運悪いことに落下地点には頭より巨大な岩が転がっていた。
バシュッ!
すかさずオットォン、赤い左眼から例の熱線を放出。瞬時に岩をも溶かす恐るべき熱量。さらに巨木の幹を蹴って軌道修正。脚から無事地面へ着地を果たした。
「き、貴様等ァッ! 調子くれてんじゃねぇぞッ!!」
「成程、その熱線は目から撃つのか器用なものだな。処で地が出ていないか?」
怒髪天のオットォンを他所に置き、口調が荒々しく変わったのを煽り立てるローダの余裕。岩を溶解させた熱線の威力に敢えて触れずに怒気を誘発させた。
「アアッ!? 頭悪いんじゃぁねえか手前等よォッ! 俺様の描いた魔法陣は未だ健・在ッ! 馬鹿でも言ってる意味判るよなぁ……」
味方二人に見限られ、連れて来た犬属共は行方知れず。
それでもオットォン、自分の優位性が下がったとは毛程も感じぬ。目前に居る敵は魔法を使えぬ力任せなただの剣士共。
詠唱の暇さえ稼げば、再び蜘蛛之糸を行使すれば済む話。先程は金髪女だけ生命を奪う慢心を犯した。次こそ無遠慮に全員まとめて縛り首にすれば良い。
オットォン、冷笑を湛えつつ早速後方へ蹴り入れ跳び下がる。
取り乱しすぐさま後を追うローダ、重力解放を駆使すれば追い縋れると信じたい。
されどオットォン、生い茂る樹々の最中へその身を隠す。そして間髪入れず地獄の旅路を再度唄うのだ。
「コンテジオネス、インラメガラ。暗黒神の名に於いて命ずる。蜘蛛が如き拘束の糸よ。此処にその枷を成せ」
狡猾なる闇の賢者。
駆けながら詠唱、追い付いたと思った若造を再び絶望の淵に貶める。地面が赤い輝きを帯びた恐怖の誘い。
後は呪文名を言い放たれば蜘蛛の巣地獄が召喚出来る。
形勢再逆転、ローダ歯軋りせずにいられない。
命を失い掛けたルシアが再び呼吸すら出来ぬどん底へ気を失ったまま落とされる。次こそ生命の危機。容認出来る道理がないのだ。
されど何故だかガロウは独り、落ち着き払っていた。
ズサッ。
「我が信ずる戦の女神よ! その偉大なる御業で悪しき力を全て封じよ──『輝きの蜃気楼』!」
──この声ッ!
突如甲高く若々しい少女の早口が漆黒の森に轟く。ローダにも聞き覚えある声の主。
さらに神々しい輝きが巨大な盾の様な形を成して、オットォンが身を隠した樹々毎貫いた。
色彩豊かな小鳥達がざわめき光共々空へ奔る。流麗ぶりに華を添えた。
先程迄ダークエルフが昇っていた巨木に匹敵する程の莫大な光の帯。森の暗がりを昼間へ導く多大な光量。
少女が生んだ光の盾。特に何かを壊す訳でもなく、ただ圧倒的に進撃すると、星屑の如く煌めきながら消え失せた。
「死ねぇッ! ──『蜘蛛之糸』!」
未だ健在な左手を払い拘束の糸の再現を夢見るオットォンの愚かな行い。
魔導を扱う術を知り得ながら現状を理解せず行使する憐れなる様。エルフ族の末端失格の烙印を受けても止む無き。
全く以って何も発現しない様子に継ぎ接ぎだらけの黒い顔を顰めた。
「も、もしやさっきの光! 絶対魔法防御の類かッ!」
「おぃおぃ、今さらか? 鈍すぎやせんかエルフん癖に」
ガロウは天才司祭がこの場に追い着いた状況を認識していた。寄って二度目の蜘蛛之糸詠唱時、何も動じなかった。
「結果が示す通りでございます。流石にもうお判りでしょう?」
白い司祭服の少女にも挑発されたオットォンの自尊心は、彼の顔同様ズタズタに斬り裂かれた。
「正直まだ覚えたて何ですけどね。巧くいって正直ホッとしています。私の奇跡でルシア御姉様方を護れて心から嬉しいです」
リイナは現着するのに遅れた挨拶を忘れてた事に気づき、会釈してから和らいだ笑顔をローダ達へ手向けた。
長い銀髪、綺麗な白い肌、大きな青い瞳、真っ白なエディウス神の司祭の法衣。14歳のうら若き乙女から溢れ出す荘厳さ。
別名『ラファンの森の天使』リイナ・アルベェラータ。彼女はルシア御姉様の言付け通り、託児所の子供達などを避難誘導した上で今、この場に至る。
──遅れた?
寧ろ少女の脚力的に速過ぎる位だとローダは思う。森の天使は森での生活に慣れ親しんでいた。森を制する者がまたひとり。
「魔法を封じたァァッ!? それじゃ司祭なんか来た処で意味ねぇだろうがッ! 俺様はなぁ……魔法が無くても戦えんだよォッ!」
先程から蜘蛛之糸で全て葬り去る気概しかなかったオットォンのとんだ掌返し。
確かに赤い熱線は魔力の気配を感じない。恐らく他にも爪を隠している。
「──うぜらしいッ!!」
声を荒らげ唾を吐き出すガロウ・チュウマ。彼の声が最も煩かったのは語る迄もない。




