第10話『Black of Intruder(漆黒の侵入者)』 B Part
足場も視界も最悪なアマン山中の森を駆ける速度で突き進むガロウ・チュウマ、ルシア・ロットレン。最後尾にローダ・ファルムーン。
エドナ村から約5km程南下すれば、生い茂る樹木が深くなり、やがて緩やかな登坂が始まる。ガロウの言葉通り、道らしい道は姿を消した。
なだらかなアマン山は南と西へ長く伸びた広い山岳。エドナ村とフォルデノ王国を分断する自然の障壁。エドナの民、この山に敢えて人手を入れず障壁能力を最大限活用していた。
それに何よりこの山から続く深緑の森には、森の女神ファウナが住まう伝承が存在した。
『魔女の森に立ち入る事なかれ』
恐怖と敬愛、入り乱れる真逆の感情を秘めた人間達。これ程強固な護りなどそう在りはしない。ローダ達は女神の聖地掠める場所を険しい表情で前進していた。
──此奴、おいん脚ば着いて来るっとか。
ガロウがローダの健脚ぶりに幾許の驚き抱く。足腰もそうだが、山慣れしてると直ぐに把握した。
一方、同じ道を往くルシア、特段思う処はない。
4日前、赤い狂戦士と化した候補者の筋力は進化と語って過言でない程増強したのを認知している。
赤い力を見せずとも普遍的な部分だけで充分やれると判断した。
されど故にこの先々を不安視していた。
──ムッ!
「二人共歩みを止めて。風の精霊が嫌な匂いを見つけたよ」
ガロウとローダを制する緊張帯びたルシアの小声。『嫌な匂い』と語る彼女自身の顔が歪む。
自分達より先んじて偵察に出してた風の精霊。
それらがこの精霊使いに取り憑いた感じなルシアの反応。
「犬共か」
顰め面、嫌悪感を剥き出しにしたガロウ。
ルシア、ガロウ──ローダ目線で強者判定の二人。ただのコボルト相手に見せる戦慄。
コボルトとはさほど脅威ではない魔物だと彼は認識している。依って二人の驚く意味が解せない。
「こ、此処のコボルトはそんなに強いのか?」
独り置いてきぼり感なローダが見せる戸惑いの色。
それを聞き及んだルシアとガロウが静かな溜息を吐く。
「……ローダ。君を含めあの村から黒騎士を追い払った私達を放っておく訳がないのよ」
まるで血の繋がった実弟に諭す姉の様にルシアが危険を伝える。
「おいがあんわろやったら歯軋りしちょっど。やっで犬は犬でん奴ばらん忠犬が来るに決まっちゅう」
相変わらず発言の過半が判らぬガロウの言い草。
言語が理解出来ずじまいでも彼の様子から粗方窺い知れたローダ。この先、げに悍ましき狂犬が待ち構えているのだと知る。
ズキューンッ!
「──えッ!?」
「な、ないだあ?」
「──ッ!」
ルシアが掴んでいた枝を焼く赤の熱線。樹木の焦げた匂いが周囲に立ち込める。
敵の本命が既に自分達を狙い澄ませられるのは最早明白。三者三様驚き慄く。
「精霊術士……然も女の匂いだなあぁぁ……。香水みたいな良い香りだなぁ」
何とやった相手の声すら届いた。嗄れた醜き声と感じる。未だ姿は見えぬが熱線を撃たれた斜線軸からどの辺りに潜んでいるかを割り出す三人。
「一方的に狙われたんじゃ面白くないわ! 潜むのはもうお終い! 後はばらけて行動するよッ!」
ルシアが早速樹木を蹴って己の発言を体現する。正直ローダを独りにするのは気が引けるがやられては意義を失う。
──敵は私に匹敵する精霊使いに違いない。然も森に長けた存在。
ルシアが枝から枝へ飛び交いながら声の主を探索するも、踏み台にする枝を幾度も熱線で撃ち抜かれる。
敵も中々狡猾らしい。
赤い光線の発射先が移り変わるのに気が付く。向こうも機動性に富んだ移動砲台なのだ。
「応ッ!」
「了解した」
呼応したガロウが即座に抜刀、やはり刀身が赤に染まっていた。
ローダはコボルトの匂いを嗅ぎ付けたとルシアから言われた向きへ銛を握りひた走る。湿り気帯びた地面をものともしない走り。
何しろ2年もの間、犯罪者と思しき者を捜索する旅路を経験しているのだ。恐らく道とは世辞にも言い難き苦難を歩んできたに違いない。
然し少々先行し過ぎである。
万が一、コボルト以外の敵方と鉢合せでもしようものなら破綻し兼ねない。
「ズァァッ!!」
奇声を上げ、ガロウが赤一色の刃で樹々を剪定しながら真っ直ぐ進む。彼は本来自然を愛する男。それ故実に不本意なやり口。
それでも彼は敵の攻勢を自分へ引き寄せるのを改める気が全くない。あの青年には悪いが頭数に入れるのは余りに楽観的過ぎるのだ。
ルシアとて等しき覚悟で派手な動きへ転じた。
兎に角敵の強者を此方へ引き込む。コボルトと嗄れ声の男以外にも、嫌な気配を白い肌が感じていた。
ブンッ!
──な、何ぃ!?
風切る拳の音が先生姿のルシアの頬を掠めた。樹木の上を飛び移る自分より高い位置から届いた危険な拳。
「へぇ、今の躱すとはちょっと驚いたぜ。女ぁ、ただの術士じゃねぇな」
「──ッ!」
盛り上がった筋肉を敢えて晒した女戦士とルシアの視線が絡み合う。
同業者──互いに一見でそれを見抜いた。
──殺気ッ!?
一方、ガロウさえ自身と等しき剣気を感じた。
背負った鞘の内側から蒼い何かが立ち昇る小柄な剣士。敵も自分と同様に自ら相手を呼び込んでいた。




