第7話『Crazy for you』(理屈は要らない。アナタに捧ぐ) B Part
これぞ英雄ローダ・ファルムーン、活躍の一部始終。
ルシアは彼へ嘯いたのだ。
中立を貫かねばならぬ鍵の女性。
愚直過ぎる独りの若者が目指す正義に心惹かれ、ありったけの想いの力で押し切り暗黒神を流星と共に砕いた自分の勝ち星を夜空に沈む六等星への扱いに貶める。
『ローダ・ファルムーン。貴方がこの村を救った真の英雄』
顔赤らめ、涙滲ませ、ルシアは胸昂る想いを下手な芝居に乗せてをローダへ自分の勝利を押し付けたのだ。
まだある──。
ローダから抜け落ちた記憶の欠片。
実は抜け落ちてなどいない。
ルシア・ロットレン、22歳の夢見る少女が初見の男へ惹かれた恥ずべき好意を揉み消すべく、無意識の内に彼の記憶へ鍵を掛けた。
早い話封印した挙句、嘘の物語で上書いた何ともお粗末な話の顛末。
初めましての男に恋焦がれ、気持ちだけで駆け抜けたのが恥ずべき行為と呼べるのか甚だ疑問である。
その大きな胸で抱き締め『愛してる』の殺し文句。一目惚れな想いを投げ打ち告白をしても何ら可笑しな話ではない。
愛──。恋心を知らぬ乙女の頑な気分が、自分の気持ちさえ施錠をしたのだ。何とも勿体なき恋愛模様。
大層困り果てたローダ。
彼は未だ自分は祖国、ハイデルベルクの騎士見習いが関の山だと決めつけている。
記憶も無いのに『貴方が英雄』と持ち上げられた処で、かなり始末に困る。
但しローダとて、綺麗な女性に惹かれるごくありふれた普通の青年。
金髪煌めく女性から潤んだエメラルドグリーンの瞳で称えられ、内心喜ばずにはいられない。
「しょ、正直未だ実感ないのだが、俺が君達と力を合わせ如何にか黒い剣士を退かせた。そういう話で良いんだな?」
「そうよっ! 貴方が空から降って来なければ私達は今頃負けてたわ!」
目を輝かせルシアがローダに詰め寄る。これは半ば真実。
マーダの放った輝く真空の刃に村と仲間達を押し潰され、心折れ掛けたのは嘘ではないのだ。
ローダは未だベッドに面した壁に寄り掛かってる最中。
麗しき瞳で壁に追い詰められ、搔かなくて良い冷汗を垂らす。
──よ、良く判らないが悪い結果を呼び込んだ訳ではないらしい。
初心な青年の丁度良い加減ぶり。
ルシアは如何にか誤魔化し通せた訳である。
「と、処で身体の方は、本当にもぅ平気なの?」
ようやくまともな話を切り出し始めたルシアの純なる乙女心。
自分の霰もない格好。これで迫った行為の方が余程恥ずべき好意の在り様。少し間を開け、緑の瞳を伏せて見る。
伏せた癖して青年の顔をチラリと覗く故、かえって可愛げ帯びる上目遣いをしている自分に気付かぬ様相。
「あ、嗚呼……君も言ってた殴られた後頭部に少し痛みが残っている。だけど頭痛にも満たない程度だ」
顔を朱に染め目のやり場に困るローダが、身体中を擦りながら健常ぶりを訴える。
「そ、そっか。す、凄いね。君の身体、きっととんでもない状況よ。──ま、まあその辺りは何れ専門家に診てもらいましょう」
ルシア、『君の身体』の件で妖しい気分を匂わせる。彼女も恋愛には初心過ぎるただの女性。
やらしい話、恋愛擦れしてない可憐な美女。異性を恋愛対象にする正常な男子であれば誰しもが夢見る出会いの形と語って差し支えない。
「専門家? 俺は医者の診断を受けるのか?」
「あ、あ、医者じゃないけど……。ま、似た様なものね。──ねぇ、もう少し聞いても良い?」
ローダはどうも医者嫌いらしい。思わず寒気が顔に出る。
ルシアに取って医者みたいな大変可愛い存在。それは取り合えず差し置いて違う話題を切り出す。
「ローダ……貴方元々此処へ向かう途中だったのよね? この島へ何を求めて来たの?」
ルシアの当たり前が過ぎる素朴な疑問。
渡し屋のディンだけでなく『またかよ……』煩わしき気分に独り落ち込む。
「……騎士の兄を探してる。兄は俺と正反対な本物の強い騎士だ。此処に戦乱があるって話を聞いた」
かなり面倒臭い感じが顔に描いてあるローダを見て『余計な話をした』と察したルシア、そのまま押し黙る。それがかえってローダに興味を抱かせた。
「──黒い剣士の特徴を教えてくれないか?」
これにはルシアが顔攣らせる番。
黒騎士マーダは見た目がローダと折り重なっていた。然も何しろローダと等しく鍵の女性が気にした候補者の様相を感じた。今さら赤の他人だなんて嘘が言い辛い。
「そ、そうか。俺に似てるんだな」
「え……。わ、私そんなの一言も……」
ルシアは言い淀みつつ、取り返せない失態に顔毎伏せた。『似てました』答えたのと同義の行い。
「ご、ごめんなさい。言い出し辛くて……」
「此方こそ済まない、君を騙した」
互いに顔伏せ合い暫らく沈黙の間、訪れる。
「ひ、ひとつ頼みたい。外の様子を見たいのだが」
「えと……」
ローダが重い口を開いたのだが、ルシアは頼りない自身の姿形へ赤み帯びた視線を落とす。
「あ、その格好じゃ……」
「ま、待ってぇ。そ、ソレ貸してくれる?」
諦めかけたローダを他所に彼の旅装、白いコートに手を伸ばすルシア。
「こ、こんな薄汚れたのを……」
「こ、これが良い。これで良いのよ」
ロクに洗濯してない自分の匂い沁みついた服。
袖を通して欲しくないローダを制し、ルシアは半ばひったくると身勝手にも自分を包んだ。
そして後ろ髪惹かれる感じなローダの手を握り、表へと連れ出した。
「──ッ!」
ローダ、思わず絶句。
彼等の居た建物それは──。
マーダの輝く真空の刃を紙一重で偶然避けた古惚けた教会。
街の東端から目前迄広がる地獄絵図。村がモーセに割られた海が如く拉げていた。
到底、人独りの力だけでやり尽くした痕跡とは思えぬ様。
「ま、護れなかった……」
ローダの手を握り締めるルシア無念の震えが伝わる。理屈じゃない気持ちの表れ。
グィ。
「──ッ?」
「違う……ルシア・ロットレン。君が見るべき向きは此方側だ」
教会に居る間ずっと頼り無さげだったローダ。ポツリと大切な言葉を告げる。
ルシアの左肩に背中から手を回し抱き寄せ、村の西側へ力強く振り向かせた。
「半分は護れた。今、君はそれを誇るべき。次こそ総てを護れば良いんだ」
黄昏時、夕陽が照らす私達が守り抜いた村の景色。
何てことない日常が形容し難い芸術の様に煌めいて映る。
──嗚呼……私やっぱりこの人の事が。
ルシアは、ローダに逆らうのを止めた。
彼の肩口に自分の頭を乗せ、恋人の様に甘えをねだる。
ローダも流れに身を委ね、彼女を受け容れるとさらに自分の方へと引き寄せた。
湯浴みから上がったばかりな心地好いルシアの香りがローダの気分をより和らげる。
互いに感じ合う初めての幸福。二人は陽が暮れる迄、成し遂げられた側の幸せに想いを寄せ合った。
──第1部『Worst reunion(最悪の再会)』 Fin──