第52話『No Future(渇望する活路)』 A Part
エドル神殿跡──。
ヴァロウズNo6、鬼女のセインと、エドルの若輩過ぎる長、ジオーネ・エドル・カスードの衝突は熾烈な馬鹿し合いの様相を呈していた。
活火山の風景に扮したセイン。
セインの居所が大方知れたジオーネ少年は、操舵を用い折り畳みナイフを飛ばす。
これを小馬鹿にした態度で砕き散らそうとしたセイン。
されどナイフが分裂する不死鳥由来の御業、『模倣』にてこれを無事回避。
灰色の鬼女の首元へナイフを届ける値千金に見事、成功果たした。
然し戦之女神の司祭級が扱える細胞分裂超活性化に依る回復の奇跡、生命之泉に身体が耐え切れぬほど寿命僅かと云うジオーネ少年の不可思議。
それ程朽ちた躰を押して彼は、セインと文字通り決死の戦いを演じていた絶望を知るリイナ・アルベェラータ。救済処置がないものか途方に暮れた。
そんな矢先、何と首を斬られたセインが再び立ち上がり、次はハイエルフの座、ベランドナに化けリイナ・アルベェラータをおびき寄せる。
危うしリイナと思いきや、此処でまたしても凡人には理解し兼ねる大乱調。
まるで脱皮するかの如く、ベランドナに化けた皮の中、怒り満ち溢れたベランドナが出現したのだ。
「い、一体何が……」
リイナの目前、ビリビリに裂けた偽のベランドナ。内側から現れた本物らしき金色のベランドナに独り色を失うリイナの驚き。
人間はおろかハイエルフでさえ、脱皮して成長するなど前例を知らぬリイナ。必然にも程ある異常に言葉と云うより心を逸した。
「──で、これも偽の器ッ! 地面に転がる石を私に模したかッ!」
怒気混じる声で暗がりの神殿内を凝視しながら本物の鬼女を探すベランドナである。首を回す度、光の精霊達が弾け、紅色の瞳が火線の帯を成す。
──『べ、ベランドナ様。お、御願いがございます……ど、どうかこの争いだけでも僕の命を』
接触を用いた悲痛な心の声、ベランドナへ届けたジオーネの懇願。心の叫びが息切れする辛さ、ベランドナにも響いた。
だがベランドナ的には一刻も手早くこの争いを終結に導く手段こそ最重要に思えた。
──『ぼ…くは、い…きのびて、リ…イナに』
既に事切れる寸前の灯失せる意志を続けて感じた。然し同時に成し遂げねばならぬ強固な決意の表れが、人の座を越えたベランドナの魂すら焦がした。
「 散れ潮の精霊ッ! 爆ぜろ焔の精霊ッ! 彼の元へッ!」
ベランドナの背後、全身から弾け飛ぶ水と火の精霊達。声帯でなく心で発現した精霊への御告げ。
潮──この星へ命預けた海水が霧状に、全身の細胞枯れたジオーネへ注ぎ込む。
焔──全てを灰燼に帰すが人類史上欠かせない生活の糧、不死鳥に酷似した火の鳥が終わりかけた少年の器を周回し続けた。
「な、何が始まるの!?」
最早分裂に耐える細胞が現存しないジオーネ。
例え精霊使い最上位のハイエルフと云えど救済処置など在り得ないと諦めてたリイナ。夢半ばでジオーネの手を握り締めた矢先。
ジオーネが存命出来るのなら、それは理屈を超越した奇跡。
司祭の奇跡を成す当人、人が成し得ぬ真実の奇跡を望んだ。
ジオーネの器が不意に燃え盛る、まるで火の精霊そのものと化した様子。
彼が生涯賭けて手にした不死鳥。
死して尚、ギリシャ神話太陽神ラーの炎へ自ら飛び込み、死を忘却する不死鳥。
ベランドナが与えし、生命の水と焔の鳥が同化を果たし、下位互換ながら不死鳥の器にほんの一握りの命呼び覚ました。
不死鳥の座へ更なる火を加えた一見無駄な行為。
燃え尽きる直前、不死鳥の残り火へ生命の灯。『最期の際まで燃えろ』とばかりに焚き付けた。
No Future──黄色と赤のオッドアイすら焔上げ、滾る炎を絡めて空へとひた昇る。
ジオーネ・エドル・カスード、まさに再起動。心の枷外した空前絶後の最終形態を魅せた。
ベランドナが結果、付与した焔の鳥達が不死鳥の座を周回し続ける。
新たな使い手ジオーネが、何も見えぬ空間へそっと手を伸ばすと、焔の鳥達が一斉に羽ばたき火の粉散らす。
「ウグゥッ!?」
文字通り灰色の肌を焦がした鬼女が堪らず飛び出した。周囲の景色に同化適わず悔しみ抜いた姿を露呈した。
ベランドナ、実に彼女らしからぬ苦笑。
ジオーネ少年の元、焔の鳥達が自由の翼広げ、歓喜の囀り響かせる現実がみえた。精霊を己より巧く扱われ笑みを零した。
また、正直な処鬼女の姑息な幻術から逃れた今の自分が全力を奮えば、セインを殺れる独断専行成せる自信が充分備わっている。
されど今回火付け役で自身の役目は終わったと半ば確信抱いた。だが直ぐに思い直す。不死を司る能力で攻勢に転じる様子が想像出来ないのだ。
「リイナ、貴女に僕の総てを渡します。一緒に紡いで下さい」
火の化身ジオーネが穏やかな顔つきで、未だ手を繋ぎ絡み合うリイナへ手向ける。少し気恥ずかしさ交えた呼び捨て、この一瞬だけでも彼女にしたい想い弾けた。
「う、うんッ!」
リイナと呼ばれただけにも拘らず心が躍動した昂ぶり、顔を朱色に染上げ頷き返した。
一体何を渡され、共に紡ぐのか──?
知らぬ筈なのに知り抜いた不思議なる沸騰した源泉の在処知らぬリイナなのだが、冷静な彼女らしからぬ理屈無用な弾みに心盗まれた。
恐らくこの後、己の心焦がしたこの少年は、堕ち果てる。
それでも──いや、だからこそ互いの若い命を真っ赤に燃やしたき衝動。
この出逢い、多分恋愛とは呼べない。
だけどもこの時分だけ、彼と堕ちたい本能が求める何かをリイナは魂繋いで感じ取る。
──ひとつになりたい。
愛情? 哀情? そんな薄ぺっらい言葉は忘れた。
凛々しき顔で繋いだ手を前に突き出したジオーネとリイナ、最早余分な言葉は不要なのだ。
「「ヴァーミリオン・ルーナ。紅のウィータ……。賢者の石がその真の姿を現す……」」
ジオーネ少年、自らを燃やした炎を媒介に不死の鳥をこの世界軸へ呼び覚ます思い捧げ、厳かなる詠唱を始めた。
呪文はおろか結果も知らないリイナが寸分の狂いなく、不死鳥の座へ心合わせる。
ふとリイナを見やるジオーネ、リイナも彼を見ていた笑顔と絡んだ同調。屈託ないリイナの笑顔が少年の純な心を射抜いた。
不老不死を授ける賢者の石など赤き命の代償が詠唱に並ぶ。
ジオーネの全身から噴き出した炎が火の鳥を造形し始めた。焔の鳥とは大きさも醸し出す雰囲気もまるで異なる。
ベランドナはおろか、敵である鬼女さえも戦闘を止め、少年少女の合唱に見惚れた。
尤もセインの場合、遂に不死鳥を模倣出来る夢を見られる。
観察し尽くし自分の力へ転化させるのが真の目的。然しそんな悪事が些細に変わりそうな引き摺りとせめぎ合う心情が争い始めた。
「「炎の翼、鋼の爪──今こそ羽ばたけ不死の孔雀!」」
次第に熱帯びる二人の詠唱──。ジオーネから噴き出た大火が渦巻き神殿を溶解させそうな程の巨大が具現化する。
「「我がジオーネ・エドル・カスードの声に応えよッ! ──『不死鳥』ッ!!」」
合唱の術は決した。
詠唱の語るまま、巨大な炎の翼を広げ、鋼も斬り裂く鍵爪持ち得た不死鳥が遂に現実化した。




