第49話『False Testament(偽りの誓約)』 B Part
聖都ロッギオネの中心地、アディスティラにて英雄ローダ・ファルムーンと戦之女神の先兵、僧兵のフィエロ・ガエリオに依る争い。
修道騎士副長ルッソ・グエディエルに勘づかれてしまった。
ルッソに取って過去の上長、修道騎士総長の娘。賢士スオーラ・カルタネラと身分違いのの逢引をした疑惑。一方的な言い掛かり──罪を問われ刃傷沙汰へ跳ねた。
然しルッソ、剣の腕前が副長の器でないのは、フィエロとの立ち合いを見れば一目瞭然。
何しろルッソの得物は三日月の様に沿った剣。
対するフィエロは棒術。斬れて然るべき物で修道騎士副長の剣をあしらい続けていた。
「然も物陰に隠れている連中は何奴だッ! ロッギオネの者でないなッ! 最底辺の僧兵如きが、俺抜きで外から立ち入った者と無断で逢う。これは明らかな越権行為だッ!」
鼻息荒いルッソの問いは、見掛けだけなら確かに正しい。
だが、全く以って力量に於ける説得力皆無。そんな単純な図式さえ判らず品位の高さだけで当然を押し付ける愚行である。
破損した建物に隠れ、争いの行方を見ていたローダとルシア。
フィエロの事を手助けする迄もないと確信していた。
ただ一応軽視出来ない点がある。
フィエロの棒は長さにして約180㎝。対するルッソのシミター、上腕部位の長さしかなく、それを活かせる短い間合いに迫られていた。
また、ただの僧兵が現時点武闘派の最高権力者を傷物にする行為を恐れてか、フィエロは護りに特化し過ぎていた。
フィエロ、地面を蹴り後方へ逃れる。
此処から間合いを活かした攻勢へ転化するつもりか。
それにしては、下がり過ぎと云えた。
「またも逃げるか、さっきから守ってばかりだなッ!」
ルッソは間髪入れずシミターを振り上げ追い縋る。
やはり傲慢で無知な剣。相手は怯えて逃げる弱者。彼はフィエロをその程度の相手だと見縊っていたのだ。
フィエロがすかさず中段突きで応戦する。
正確には突いたとは言い難い。ルッソが振り下ろす腕の軌道を読み、その位置に棒先を置いたが正解。それ程柔らかい繊細な動きであった。
「ウグッ!?」
ルッソの剣を握る指が丁度棒の先に当たる。手に走る激痛、剣を落としてしまった。即時拾うべく屈んだ処、まるで罪人の如く棒で押さえ込まれた。
「副長、油断された御様子ですね、まだ続けられますか?」
上からの声と冷たい視線浴びせるフィエロ、主従逆転の様。
最大級の屈辱に歯軋りするルッソだが、手の痛みが当分尾を引きそうだ。
何よりこれ以上の醜態を晒すのは、流石に受け入れられぬと感じた。
「お、俺の負けだ。だが次は絶対こうはならんぞ」
「肝に命じます」
フィエロは穏やかな動きで棒を引き、ルッソも痛んだ手を抑えつつ、剣を拾うと黙って立ち去った。
「ふぅ……」
如何にかルッソに怪我を負わせず成し得た、また何より想定以上に副長が弱くて興醒めしたフィエロ。様々な心労から思わず深い溜息を吐いた。
呆れた主従争いが完結したのを確認したローダ、偶々降り注いだ奇跡を最大限活用すべくルシアに耳打ちするのだ。
◇◇
エドル神殿跡ではベランドナの敵さえ見えぬ孤軍奮闘が続いていた。
司祭級であるリイナ・アルベェラータは戦闘要員に非ず。
彼女を護る様に立ちはだかるジオーネは、不死鳥の使い手。なれど一撃で決めねば最後の手札を敵に掠め取られる底辺に堕ちるのだ。
バッ!
「風の精霊と水の精霊達よ、混ざって弾けなさいッ!」
突如ベランドナがマントを翻す。霧状の水が噴き出したか思いきや、一挙風が拡散成した。
濃霧が神殿内を覆い尽くし、神殿に化けた敵は彼女を見失う。
ハイエルフの面目躍如、精霊術を知り尽くした品格示した精霊合成術式。
これで次の詠唱や仕掛けに向けた時間が稼げる。然も例え相手が目視した事象を真似出来るとはいえ、二種類同時。敵はどちらを模倣すべきか戸惑いへ陥る。
そして何よりベランドナが動く都度、彼女自身が精霊達の器が如く金色が爆ぜ、流麗が宙を駆ける。精霊の起源──世界の命を体現し、解き放った美が顕現成した。
「──『雷神』!」
次なる変遷──ベランドナが契約した森の女神の雷撃魔法。本来標的向け真横に飛ばす雷撃を濃霧拡がる空間へ飛ばし、電撃の拡散に依る敵の炙り出しを狙うのだ。
森の女神と契約成した御業だ、これも易々と模倣は出来まい。但しこれは自爆覚悟の大博打か?
「風の蛇、根の精霊、地脈の嵐を!」
ベランドナだけでなくジオーネとリイナを覆う土煙昇る竜巻。雷神で染み渡らせた電撃の効果鈍らせる幕を成し得た。
「ぐわぁぁッ!?」
ベランドナの変幻自在なる精霊術の掛け合わせ、遂に倒すべき敵を捉えた確信呼び込む絶叫。
神殿の石畳に伏せた全身灰色で角1本。鬼女が焦げた姿を皆の面前に晒した。
「成程、変身能力の在る鬼女を神殿自体に化かした罠……と夢見の能力か」
一見、余裕めいたジオーネの反応。
だがいつ仕掛けられたのか思い返せぬ戦慄感じた。
◇◇
「クッソッ! あのクソ餓鬼! 次は八つ裂きにしてくれるッ!」
フィエロにやられた手を押さえながら地下の広間へ逃げ遂せたルッソの惨めなる様。
己が技量及び心身共に完全敗北した事実を未だ受け入れられない。取り合えず、身分不相応な椅子に腰を下ろした。
▷▷──フフッ……観てたわよルッソ、修道騎士にあるまじき低次元な剣であった。エディウス様もさぞや嘆いておられる事でしょう。
「お、女──ッ!? だ、誰だッ? 何処にいやがるッ!」
艶めかしき女の嘲けがルッソの髄液波打ち、大いに揺さ振る。彼は気づいていない。彼に取って誇大な椅子の上、置かれた木の葉を。
「ふ、副長! 何かありましたか!?」
ルッソが不意に大声張り上げ周囲を見渡した。それを奇妙に感じた他の兵が声を掛けたのだ。
──き、聴こえてない……だ…と?
細い目見開くルッソの驚異の仕草。これから驚喜へ転ずるのだ。
「な、何でもない。恐らく疲れているんだ、下がれ」
片手振り、部下の気遣いを払い除けたルッソの戸惑い。『独りにしてくれ』を態度で示した。「はっ」と一礼だけで部下は退室した。
▷▷──我の声は、選ばれし者にしか届かぬよ。私の名はルオラ、エディウス様に御仕えしている身の上ならば知らないとは言わせないわ。
ルッソの心情、激震駆け抜けた。
戦之女神の一番弟子『ルオラ・ロッギオネ・ルマンド』その名を知らぬ信者なぞ、この世に在らず。然も『選ばれし者』と称えられた。




