第48話『Wings of Möbius(双翼の錦)』 B Part
ルイス・ファルムーンの意識が目覚める以前──。
旧マーダ軍と云って差し支えない連中相手に蹂躙を余儀なくされた戦之女神の聖地アディスティラ。
この街並みを解放する。
これはローダとルシア、自分達の意志ではなかった。
だがリイナ・アルベェラータと云う記号が運命の螺旋を伸ばし、父を喪失した哀愁引き摺る賢士スオーラ・カルタネラと彼等を繋げた。
それはあたかも人々を紡ぐ因果が蠢いた様。この後、さらに違う者を結ぶ運命の新たな前兆にも繋がり往くのだ。
「はぁ、はぁ……。ど、何処?」
兵学校跡地、地下の避難道を跳ねながら駆け、荒れ果てた街並みへ18の子供から大人、移ろう中途らしき淡い息弾ますスオーラの黄昏。風の主を追い求めた。
ひゅぅぅ……。
返事を転じた風、スオーラの星空示すスカーフを揺らす。風が導いた向きへ視線移す。人隠せそうな瓦礫の山を見つけた。
▷▷──静かに、そっと此方へ。
随分お喋りな木の葉の御願い。スオーラは、ハッと息飲み、荒れた息整える。
鍵の魔女だと揶揄された相手だ。決して周りに気取られてはいけない当然、今さら気付いた。
周囲の視線気にしながら戦乱の残り香へゆるりと近寄る。
意外な光景が待ち受けていた。迷彩色のマントに身を包んだ二人をみつけた。
「ふぅ……良かった。貴女がスオーラさんね、私が鍵の魔女ルシアよ」
マントのフードを払い除けた金髪の美女、悪戯な片目瞑ってスオーラへ寄越した初見の挨拶。
スオーラは、即感じた。
リイナの手紙で聞いた通りの美しさ湛えた女性だと。但し、やけに煤けた姿形。物乞いの様相を呈していた。
──がっ、魔女の隣に座る未だフード取らぬ男に心惹かれた。
鍵の魔女ルシアは、英雄を操る妖しき存在。操り人形は既に壊れたと世間から聞かされた。
暗がりの最中、何故男だと確信したのか──自分の理由なき思い、答えを知りたくなった。
未だ正体明かさぬルシアの連れと思しき男。 不意にルシアがローダとスオーラを手を握らす。スオーラ、何かが弾け魂の中、駆け巡る響き渡り。
刻を越える──そんな感覚知る由もない。
されどルシアが繋いだ男の20年が一挙津波と為りて押し寄せた。他に今の自分を語る術を持ち得なかった。
「あ、貴方がローダ・ファルムーン。英雄の座」
「……そんな偉そうなものじゃない」
震撼走り抜け言葉濁らすスオーラへ返すローダの無愛想。フードの中で籠り往く。
特段この少女を嫌っている訳ではないのだ。彼が語らずとも娘ヒビキが伝え尽くした。後に続ける話題を思いつかなかった。
然しヒビキとルシア、二人の御節介が周りに聞かれたくないローダの秘め事。スオーラの心へ真っ直ぐ届いたのである。
だが──リイナ・アルベェラータが紡いだ運命、思わぬ処へ爆ぜり散り往く。
ブンッ!
ズガッ!
突如、風の精霊斬り裂く棒術。スオーラの手を握るローダの腕目掛け振り下ろされた。
ローダは咄嗟に腰に差した装い新たな二刀。その内、一刀だけ鞘毎腰から抜き取り、棒と交わる激しき出逢い演じた。
「スオーラ様に近づく不届き者!」
「──ッ!」
それは戦之女神の先兵、僧兵の棒術に違いなかった。
スオーラを知り抜いた感、匂わせる怒り滲ます。
全身傷痕だらけ、特に左目から頬まで裂けた谷間の如く続いた痕が最も目立つ。無駄なモノ削ぎ落とした若き男の肉体美。
深夜の闇に沈む袖知らずのハイネック。灰色の瞳、飾りではない誓い思わすピアス。
何よりスオーラ様へ触れた男が赦せぬ少年兵の蜃気楼、怒気を己の身長より長い棒に染み渡らせた。
「ま、待ちなさいフィエロ!」
スオーラが轟かせた制止の声。
構わず振り切り、無礼千万な男へ戦舞を風神の様に叩き込む。地面蹴って空から振り切り、受けられた途端、横へ薙ぎ払うフィエロの迅速。
だがローダは、一歩も動じず剣を抜かず鞘を握り締めたまま全て受け切る。殺意無き意識の表れ。
──クッソ! なんでこの野郎抜かねえんだ! それに何だかやけに重い!
──随分熱い棒術だな。
フィエロと呼ばれた僧兵。技の冴え、動きの映え、決して馬鹿に出来ぬ。
されど黒塗りの鞘に納めた剣で弾くローダが、明らかに凌いでいた。
焦り感じるフィエロの若さ、相対するローダは、フィエロから殴られる都度、異様な熱気を受け流し、若者がみせる力の本質見抜いた。
「デエオ・ラーマ、戦之女神に我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂け──『言之刃』!」
ズガッ! ズガガガッ!
金属に転じた木の葉が渦巻き、フィエロの足元へ夜空から無数に転じて降り注ぎ地面削る石礫呼び込む。
怯まずにいられぬフィエロの怒髪天、跳ねながら後退せざるを得ない。言刃に斬られる愚かを如何にか避け切る。
言っても聞かぬフィエロを無理矢理止めたスオーラ、凛々しき賢士呼び込む攻勢の奇跡であった。
その鋭き様──。
これ迄生死賭けた争い幾度も演じたローダとルシアさえ戦慄、背中駆け抜けるのを感じた。
◇◇
──君は誰?
漆黒──なれど果て無く生まれ逝く銀河、宇宙の欠片同士。
閉ざされし銀河の縁際、決して触れぬ互いを見やる少年少女。周囲を渦巻く雛鳥が心音代わりに鳴り響く。
──僕はジオーネ。
すべからず同刻に響き渡る鳥の嘶き。
──私は、貴方の事を知らない。
見えぬ壁越しにて語り合う少年と少女の不可思議。
この様子、ジオーネとリイナの視線が絡み合った刻の深層心理を示した図式だ。
──だけど必ず何処で出逢っていた!
記憶中枢ではないナニカ──理屈じゃ説明出来ぬ。
即時理由の在り処を求めたがる大人の世知辛さ、捜し出さねば安心出来ない切なさ。
されど幼き器はそんな上辺要らぬのだ。歳を重ねるにつれ、知識の代価に失われる大切な何か。
──あ、アレ? 何これ?
ジオーネとリイナは別世界の端に浮き、鏡に映えた己を見る気分なのだ。頬を伝うものの在処、これだけ理由を知りたかった。
知り尽くした。
求め合った。
そして漸く再び巡り逢えた。
それなのに、間違いないのに互いを知らないもどかしさ。
不死鳥受け継ぎしカスード家の斬新な器ジオーネ。
ジオーネ──Geoの名前刻んだ通りの重力。
この邂逅を天性そのまま創り出し、リイナと云う名も無き星の輝きと、互いが紡いだ火炎の軌跡を引き込んだ。
輪廻の炎──軌跡描いた二人の不死鳥だけ、刻が擦り切れるほど重ね交わった焔だけが描ける虚しさ、切なさだけが残留した。




