第48話『Wings of Möbius(双翼の錦)』 A Part
エドル神殿跡の探索と奪還をドゥーウェンより依頼されたリイナとベランドナ。神殿に辿り着く迄の間、邪魔立てする者は皆無であった。
目指す神殿跡の最深部で待ち受けた存外過ぎた邂逅。
不死鳥の御業を継承したカスード家、その若過ぎる現当主。ジオーネ・エドル・カスードの歓迎を受けた。
然も此処迄送り届けた従者は、開口一番『当主は既にこの時を待ち望んでおられました』と涼やかなる発言。
怪しい──?
寧ろ妖しいが正しき現状。
漆黒の襲撃を受けた痕跡すら認められない。これより味方思しき輩が返す刀の騙し討ちを始まるのか?
さらなる狂気──。
あの冷静沈着を絵にした少女、リイナ・アルベェラータがジオーネと視線絡めた途端。
まるで恋に堕ちたかの如き、ただの14歳へ減り下り滲ます大変調。
気まぐれなる神々の黄昏刻、魂握られ陰陽が入れ替わる感覚にリイナは包み隠された。
蒼い瞳を白目へ反転させたかの如き、魂此処に在らずなリイナを如何にか立合いの席へ促すベランドナ苦心の様。
「先ず私はベランドナと申します。隣に座っている司祭は、今さら紹介する迄もないかと思いますが、森の天使と名高い天才司祭、リイナ・アルベェラータ様です」
やはり彼女らしき事務応対──如何にも場を取り繕う紹介挨拶から入るベランドナ、冷静を装う交渉の滑り出しである。
「早速ですがお聞きしたい。この神殿周辺、さらに此方に入って以来、私はマーダ襲撃の痕跡と彼の手の者が潜んでないか、ずっと探りを入れながら此処まで辿り着きました」
言葉を一切変調させず、見て来た真実だけをとうとうと語るベランドナなのだ。
耳傾けるエドルの代表者達、直向きな笑顔を手向け頷く。
「襲撃は勿論ございました。この神殿もこっぴどくやられました。御陰で後始末が大変でした」
代表者の誰かが穏やかに応じた。
普段凡人の語りに耳を貸さぬベランドナ、『後始末』と云う言葉に酷い嫌悪を抱いた。己が変調──それが理解し難いと感じ始める。
ドンッ!
「馬鹿にしていらっしゃるのですか! 私はハイエルフ、精霊の使い手。此処迄ありとあらゆる精霊達に戦の痕跡を訊ねました! ですが血痕ひとつ見つからなかったのですよ!」
大変稀有なベランドナ、憤慨の様子。自らの枠を蹴破り、濁った己を爆ぜた。立ち上がり大理石のテーブルを拳で叩き、事の顛末を大いにぶちまけた。
美しき生き物、激昂すれば世界が跳ねる必然を生む。
「お、お待ち下さい。あ、貴女様が一体何をお怒りなのか正直理解出来ませぬ」
例の従者が困り顔を露わにしながら客人を落ち着かせようと酷く狼狽え震えた。
──嘘を付いてない!?
一見暖簾の様な連中相手に怒りを態度で示しながら、裏で得意の精霊達を回し続け、各自の心拍や呼吸運動の乱れに探りを入れるベランドナの狡猾なる建前。
パートナーであるリイナが放心状態、依って自身に頼る以外、この気色悪い重みを外す術がない。
まるで己独りが愚者を気取って爆発してるかのような虚しさを感じた。
──『ベランドナ様、此処は落ち着いたふりをして頂きたい。この者達は本当に真実を知らないのです』
──えッ!?
前触れなく不意に途絶えた刻の流れ、心歪んだベランドナの憂鬱。
口を開かぬカスード家の権力者、ジオーネの声。時間の代わりに流れ込んだ濁流、流され溺れたベランドナの悲哀。時の流れと神逢わぬ感覚。
改めて自分の従者、精霊にお伺いを立てるベランドナの苛立ち募る様。この少年が風の精霊術『言の葉』を扱える存在だと仮定するなら、気取れなかった自分が歯痒い。
此処まで己が調べ切った戦の片鱗、根拠無き白濁と化した。ベランドナの魂を大いに揺さぶり滑らす。
──『僕は風の便りを使えません。これは魂へ直に届けるカスード家、不死鳥由来の能力──『接触』です』
Contatto──イタリア語で接触の意。
ベランドナ、何処にも触れられてなどいない。『貴女様の魂へ直に触れた』ジオーネは真剣に心で語りを手向けた。
──『重ねてご配慮願いたい。リイナ様は恐らく僕の全て……いえ、不死鳥の血統を深き処で知っている』
──なっ!?
ジオーネがベランドナの魂へ直に問い掛ける。
生きる神性を覆い隠した幼子の純性。どれだけ歳重ね尽くした処でヒトの枠を外れた者に適わぬ羨望湛えた。
然も会話の内容が跳ね過ぎていた。見開いた瞳でリイナを見やるベランドナ異貌なる様。
この世に生受ける前、無き記憶の箱をこの少女は開いたとでも云うのか?
300年──人類に比べ限りなく神に近しいハイエルフの魂爆ぜた思い。悠久から凡庸へ引き戻された。
──『兎も角この場はどうか穏便に。貴女様の云う敵が聞き耳立ててる可能性は非常に高いのです』
次はサラリッと敵の在り様を匂わせたジオーネ少年。
敵の襲撃を滲ませ、リイナ変貌の様子を心音少なめに伝えた後の冷静さ。
300余年を12歳程の少年から抜け駆けされた気分、ベランドナは、精霊達を使役して少年の年齢を解き明かした己の浅はかぶりを恥じた。
少年が自然に成し得た神聖なる空間へ穢れ切った足を踏み入れた己の愚かさを呪う。ベランドナ、心を少年へ委ねる決意固めた。
◇◇
戦之女神、攻勢の奇跡を打ち出す賢士スオーラ・カルタネラ。
修道騎士副長ルッソ・グエディエルから死した父毎嘲笑された怒り。闊歩しながらその場を離れた。
悔しさが紫色の瞳に滲む、己の品性に頬を赤らめた。
暗がりの地下道を往く、ふと地面に浮いた木の葉へ目が留まった。
六芒星はためく星空を表現した様相描いた膝下まで伸びたスカートを押さえながら、気品を以ってそれを拾い上げる。
正直、何の気なし的行動に過ぎなかった、塵を掃除する──それだけの行為。
だが触れた途端、運命めいた何かが渦巻く思いに駆られた。
▷▷──あ、どうやら拾ってくれたみたいね。
「わぁ!? わっわっ! 葉っぱが喋ったぁ!?」
スオーラの荒んだ心へ染み渡る陽光帯びた女性の声。
木の葉から不意に響いた声に酷く狼狽えたスオーラ、お手玉でも転がす様に語る木の葉を泳がす。大人に変わり往く手前、童心を覗かせた。
▷▷──急に驚かせてごめんなさい。私はアナタ達が云う鍵の魔女よフフッ……。ルシア・ロットレン、名前くらいは知ってるわよね?
木の葉を通じてスオーラの感性を揺さぶる魔女の微笑みの悪戯。されどスオーラの周囲が蔑む魔と冷酷さは感じ取れなかった。さらに伺った氏名、心が跳ねた。
「──ルシア? ひょっとしてリイナの御知り合いですか?」
言の葉がルシアへ届けた可愛らしき声。次は魔女が心跳ねらせる番、訪れた。
▷▷──り、リイナ? 貴女リイナ・アルベェラータを知ってるの?
「はい、リイナは歳こそ離れてますが私の同期。今でも文通してる仲です。10歳で司祭の学校に入学、経った2年で卒業。初めから終わりまで敵いませんでした」
命賭して戦い抜いた父を小馬鹿にされた挙句、姫と子供扱いされたスオーラの心が羽根るを感じた。
リイナは、彼女に取って誇れる友人。
思い掛けぬ懐かしさ込み上げ、背中を押された気分に独り緩んだ。




