第47話『Twilight of the divine(神性の黄昏)』 B Part
戦之女神祀るロッギオネの首都『アディスタラ』に存在した修道兵へ教育を施す学校の跡地。
表側の校舎こそほぼ廃墟と化したが、その地下には有事の際、逃げ込めるシェルター代わりの空間が用意されていた。
本来なら住人達を匿う為の施設。然し現状、敗残兵達が奪われた神殿の代わりとして好き放題に扱う無法が罷り通っていた。
「ああッ!? またFortezaのからの協力要請? 捨て置け」
ロッギオネ修道騎士副長ルッソ・グエディエル、部下の寄越した伝令相手に一瞥寄越す。
褐色の肌に数多くの火傷や傷痕、腰には三日月の様に湾曲した剣、シミターを収めた柄を差していた。
豪胆を描いた様な顔つき、神殿を守護する騎士の様相に非ず。砂漠の義勇兵と云った姿形。廃墟転じた神殿から取り寄せた誇大な椅子で踏ん反り返っていた。
「し、然しグエディエル。Fortezaは、英雄ローダが敗北したとはいえ、未だ世界最高峰の技術力と兵力を兼ね備えた場所。お話くらい伺うべきでは?」
マーダ軍との争いに於いて無念の戦死を遂げた修道騎士総長の娘、スオーラ・カルタネラが、ルッソへ高い声で投げ掛ける。
切り揃えた緑の長髪に、生まれながらの高貴さ湛える紫の瞳。
紺のローブには銀糸で星図が刺繍され、胸元の六芒星が司祭とは異彩放つ攻の神性を示す。
紅白に染め上げた縞模様のスカーフは、戦之女神配下、賢士の証。
その中でも上級者にのみ許された色の組合せが、彼女の器を静かに物語る。
18という若さに似合わぬ沈着さと、凛々しさの奥に密やかな色艶を滲ませていた。
「はぁ……御言葉ですが姫様。例え総長が破れても我々は鍛え抜かれた精鋭。負けた英雄と魔女を推し立てる連中の話など聞く迄も……」
肩肘を立て目上の人間に対する礼節など微塵も感じさせぬルッソの無礼。敬語すら馬鹿にした響きが染み渡る。
姫呼ばわりされたスオーラ、頬膨らます抗議。
確かに修道騎士総長の娘と立場上、誰よりも身分だけなら最上位。
されど自分は誇り高き賢士、親の権威を逆手に取られた小馬鹿の象徴と云うべき姫。腹立たしき事、この上なかった。
「姫様は余程御疲れとみえる。聞けば被害を受けた民の為に日夜御活躍されているとか。そんな些事、生き残りの司祭にでも任せてゆるりとされるが良い」
ルッソ、もう聞く耳持たぬ不埒な態度でスオーラの忠告を遮った。
指を鳴らすと部下が二人、スオーラの手を取り退室を促す。
「よい、独りで行ける、無礼ぞ」
スオーラは兵士達の手を乱暴に振り解くと、あっという間に出て行った。憤慨してる気分を隠す気分みせず、床を踏み抜く勢いで闊歩。先程までの礼節弁えた姫様が別人の様。
◇◇
「……嗚呼、酷い云われ様。大体魔女って何よ! 私を魔女裁判、磔にするつもりかしらあの馬鹿!」
怒気吐いたのは修道兵学校付近、瓦礫に身を隠して中の様子へ聴き耳立てたルシアなのだ。
風の精霊術『言の葉』の応用術。
地下へ潜る連中、本来此方の気分を相手に伝える木の葉を忍ばせ、盗聴器の役割を担う。何とも便利なものだ。
「落ち着くんだルシア、連中に気取られる。成程、確かに深刻ではある──が」
死人認定された英雄と妖の魔女。怒り震えたルシアを窘めたローダの冷静。
街静まり返る夜中を待ち続け、漸く潜入果たした二人の様相、死肉求むゾンビか、マーダに蹂躙され成仏出来ず地を這いずる亡霊の如し。発見されては致命的、元も子もない。
──が?
余韻匂わす彼氏の台詞。一考の余地淀ませるのを感じたルシア。次の言葉を黙って待ち望む。
「スオーラと云ったか、父を失った彼女の無念。さらにルッソ──酔い奴隷と化した信仰、付け入る隙があるとみた」
隣で珍しく薄ら笑い浮かべたローダ謀りの図式。
舞台の台本、未だ裏主人公でしかなき己が練り切れた気分漂わせた。自分達とこの街に於ける笑顔取り戻すべく行動を開始した。
◇◇
容赦なき暗黒神、自由奪いしマーダ軍の蹂躙──。
戦之女神を称える神殿自体、粉々に破壊し尽くしてしまった。
そもそも神と云う存在自体が目に見えるものに在らず。信仰捧ぐ者共は聖書や教会、或いは神像など神象った偶像に救済を求める。
その内の最たるものが神殿──拠ってロッギオネを失墜、堕とし前つけるべく象徴を粉微塵、だたの土くれへ還した。
現状この地の統治を委託された者、被害者である信者や僧兵達に自分を囲う新たな砦を建造させ、そこに潜んでいた。
「ふぃ、フィスチノ様ァァッ!」
一匹のゴブリンが何かを伝令すべく慌てた様子で駆け寄る。瞬間、ただ一撃の火炎にて焼失、欠片残らぬ灰に転じ失せた。
共連れのコボルトが伝令の言葉喪失、砦の最上階、屋上での出来事。
「手前みてえな薄汚いのがアタシの名前を呼ぶんじゃねえ! 気色悪いったらないわ!」
フィスチノと呼ばれた者、唾飛ばす言い草から連想される性別は女性。
ただ人類種にしては血色が悪く、またハーフエルフの様に耳が尖っていた。
後ろ髪は小豆色で前髪だけ苔の様な緑色。前髪が両目をほぼ覆っているので表情が判り辛い。薄気味悪さに拍車を掛けていた。
ゴブリンへ飛ばした火炎、魔導士の様な杖は持っておらず、詠唱術も一切なかった。
「アタシの名前を呼んで良いのは好い男だけなんだよ。あの黒ずくめ。男処かゴブリンだのコボルトだの、人間ですらない奴ばかり寄越して来やがる」
フィスチノが未だに震えて声の出せぬコボルトを睨みつける。コボルトの震えこそ収まるが、やがて蠢きさえ逸しその場で絶命した。
折角の伝令毎、自ら潰したフィスチノの酷い傲慢。
されど彼女は即座に感じ取る、その真意を。さらに口が裂ける迄嗤うのだ。
「成程、居るじゃないか好い男。嗚呼……今直ぐ喰らい骨までしゃぶり尽くしたい!」
唾が涎に転化した欲求の塊。その姿形──人の品性置き去りにする。フィスチノ、恐らく今の見た目は仮の装い。
「隣に居るのは連れ、フフッ……これもまた良きかな。可愛い男に漬ける香辛料」
男の連れは食物でなく『漬け合せ』と称したフィスチノの妖艶。
紛う事無き堕ちた英傑の男女──網に掛かった悦び、歓喜に乗せた。
◇◇
エドル神殿跡、最深部で視線絡めた緑の少年。リイナは運命の出逢いを感じ取る。
300年を歩む神性ベランドナ、少年が心叫ぶ解放を受け取る不可思議に頭を捻った。
「あ、驚かせて申し訳ございません。僕がカスード家の現・最高権力者『ジオーネ・エドル・カスード』でございます」
緑の少年が来客者に向け、深々と小さな頭を下げた。声変わりの瀬戸際と云うべき声音、聞かずと知れた発言。リイナとベランドナの心を揺さぶるのに充分過ぎた。




