Floor8-8/30[ミーニング・オブ・ザ・ハー・ユーシャー・ネーム]
そもそも殆どウケてない本作が気にするようなことじゃないんだけど、
「モンスター(シンゲン)が正義でユーシャーは悪」みたいな勘違いをしてる読者の考えを正すのがこのアマラ戦のコンセプトみたいなところもあるので、
アマラに関してはどれだけ長引いたとしてもしっかり描写していきたいのである。
場面は地球某所、人気のまるでない山中の空き地。
「うおッラアアアアアッ!」
『屠鋭ィ喇ァッ!』
重量級の女ユーシャー"プリンセス・グランドクロスオーバー"と毒虫"カーネイジ・バグ"の激闘は、
静寂を打ち破る程に激しい打撃合戦……
特殊合金製のメイスと、強固な外骨格に覆われた右拳の衝突を合図に開幕する。
「ぬうあっ!?」
『ンェイッ……!』
重装魔法騎士の鈍器と、毒虫の右フック……
寸分違わず放たれた必殺の一撃は示し合わせたかのようにぶつかり合い拮抗、
然したる被害を出さないまま相殺に終わる。
(なんてヤツだい……!
確かにペンドラゴノイドは虫系の中でも武闘派の類いとは聞くけれどっ!
とは言え"四大闘蟲"に名を連ねる強豪種族ってわけじゃないし、
そもそも虫系種族の武力ランクからして
モンスター全体の中でも精々中堅程度だってのに!
このアタシのメイスにただのフック程度で張り合ってくるとはっっ!)
("プリンセス・グランドクロスオーバー"ことアマラ・ベイリー……
ブラックトーバー傘下BSSの最高戦力『ダイバーシティ・デヴァス』に属する中でもトップクラスの武闘派、
ほぼ事実上の最強格と聞き及んでいたが、噂に違わぬ豪傑ぶり……
抜かったな……
まさかこんなタイミングで交戦する羽目になるとは思わなんだ)
アマラがカーネイジ・バグの実力に戦慄する一方、
当の毒虫は自身の不運に辟易していた。
というのも彼にとって、
今現在置かれているこの状況は聊か不利……
或いは劣勢と言って差し支えなかった為である。
(……撤退も叶わぬならせめて
ユガワさんやエンザンくんとの合流を待ちたいところだが……
彼女らもまた苦戦を強いられていて
身動きが取れない可能性もあるだろうからな……)
彼を劣勢たらしめる要因とは、まさしく"仲間の不在"であった。
作者めが惰性から明確な描写を省いたために
凡そ殆どの読者諸氏はお気付きになれなかったであろうが、
付き合いの長い相棒たる"自我を持つ機械仕掛けの鎧"ユガワと、
近頃仲間入りを果たした"痴漢上がりの傀儡オーガ"エンザン・マスラオウ……
この二名は現在別の作戦を遂行すべく別行動の真っ最中であり、
即ち彼はこれら頼れる仲間二名の補助無くして
紛れもない強敵たるかの重装魔法騎士と渡り合わねばならないのである。
(特撮系の連ドラで例えるなら、
純粋な武闘派怪人の私が、
知略や搦め手軸の厄介な怪人たるユガワさんやエンザンくんを欠いた状態で、
販促期間中の新規強豪戦隊ロボに相当するあのユーシャーに、
サシでの巨大戦を挑まねばならんようなもんか……)
ともすればいよいよ
『どうやって勝てばいいのか』と頭を抱えずにいられない毒虫であるが、
さりとて特にこれといった"保険"
――例えば死後に発動する蘇生術や、
或いは不死性を授けるマジックアイテム――
など用意していない彼に残された選択肢は
『勝利し生きる』か『敗北し死ぬ』かの二つに一つ……
(というか、作品進行の都合や私自身の私情といった諸事情を加味するなら
実質『諦めて死ぬ』選択肢も有り得んワケだが……)
思案しつつ戦略を練るカーネイジ・バグ。
然し一方当然、対するグランドクロスオーバーは必殺のメイスを振り上げる。
「イイ気んなってンじゃーないよっ!
マジックアイテム起動ッ!
"凍て付く女王が零す涙"!
+
"善き妹は姉を愛し敬えり"!」
『なにぃ!?』
重装魔法騎士が叫ぶと同時、メイスの柄へ埋め込まれた空色の水晶が発光。
迸る冷気属性の魔力は掲げられた武器全体を包み込み、
程なくして鈍器は恐るべき氷塊へと姿を変えた。
マジックアイテム"凍て付く女王が零す涙"……
一見してただの水晶にしか見えないが、
その実態は膨大かつ強大な冷気属性の魔力を宿す
携帯式の超小型魔力炉と呼ぶべき代物であった。
(……あの女、正気か?)
毒虫は女ユーシャーの行動に内心驚愕する。
というのも……
(あれ程に濃密な冷気の魔力を手持ち武器、
それもメイスなんぞに纏わせようもんなら忽ち腕が凍ってしまう。
というか実際奴の腕も肘までが氷漬けになっとるじゃないか……。
大方メイスに氷を纏わせて攻撃力を上げようって算段なんだろうが、
あれじゃ下手したら武器を持つ腕が鎧ごと捥げるぞ……)
事実そうした"魔力の扱いを誤ったが故の大事故"は枚挙に暇がない。
そして事実カーネイジ・バグの見立て通り、冷気属性の魔力によりグランドクロスオーバーは肘まで氷漬けにされてしまっていた。
ともすれば普通なら、肘から先を損なう程の重傷さえも免れないだろう。
だが……
「虫なら虫らしく、これでも喰らって冬眠しときな!」
(おいおい、お構いなしかっ!?)
事も在ろうに重装魔法騎士は、氷塊と化した鈍器を凍り付いた腕ごと力任せに振り下ろしたのである。
「奥義、"ありのままの大氷期"!」
女ユーシャーが右腕を振り下ろし、氷の塊が大地へめり込む。
殴打による衝撃たるや凄まじく、
空き地を擁する山の全域をも揺るがさんばかりの衝撃が走る。
(……なんたる衝撃! 如何にあの質量とは言え……
否、あの質量をこそ振り回し攻撃として成立させる豪腕、実に侮れん……!)
とは言えメイスは片手武器、間合いは短くその攻撃は毒虫に掠りもしない。
当然グランドクロスオーバーとてその点は承知の上であり、
そもそも彼女とて元より『氷塊で敵を叩き潰してやろう』などとは考えてもいなかった。
というのも、奥義"ありのままの大氷期"は単なる打撃技などではなく……
「さあ氷よ、ありのままにその力を見せつけなッ!」
空間をも揺さぶる号令と共に、
冷気属性の魔力はその象徴たる氷ごと大地へ流れ込み、
瞬く間に周囲へ拡散しては近隣一帯を容赦なく氷漬けにしていく。
(やはり武器を発動体に大規模な魔法攻撃を放つ技だったか!)
冷静に解析するカーネイジ・バグであったが、
奥義発動に伴い戦況は敵の優勢へ一気に傾いた。
というのも彼は身体構造上
"地面へ広がるタイプの攻撃技"への適切な回避手段
――主には飛行など――を持ち合わせておらず、
また種族柄、冷気系の攻撃に対しそこまで耐性が高くもなかった為である。
(節足の先でも触れてしまえばイッカンの終わり、
瞬く間に氷漬けになってしまうだろう……
跳躍は予備動作の隙がでかい。
さりとて範囲外へ逃げるのでは根本的解決にならん……
そもそも"範囲外"なんぞあるのかって話だが……)
「はっ! 逃げようったってそうはいかないよっ!
マジックアイテム起動!
"赤龍神弓と幸運の矢"!
更にアクティブスキル発動!
『自由を愛し悪習を射抜く!』
さあ、これでもう逃げられないよっ!」
言うが早いか女ユーシャーは右腕の籠手から弓を展開。
赤い龍を象った攻撃的な外観のそれは魔力で形成された弦を持ち、
"矢を番えて放つフリ"をするだけで一度に無数の、やはり魔力で形成された矢を放つ。
実にごく有り触れた"遠距離攻撃武器を発動体とする攻撃魔法"の一種であった。
だが……
(なんだあの弾道はっ!?)
重装魔法騎士アマラ・ベイリーの発した言葉の意味を、毒虫は即座に理解した。
というのも放たれた"魔力の矢"、その弾道は明らかに出鱈目であり、
宛ら繁殖期の羽虫かラジコン航空機の曲芸飛行といった有り様。
然しそれでいて狙いは正確そのものであり、奇怪な軌道を描き乍らも的確に標的を追尾してくるのである。
確かにこれでは上空へなど逃げようがないだろう。
(節足で撃ち落とすのは論外……とすれば、選択肢は一つ!)
カーネイジ・バグは力強く跳躍……
地表を侵食し続ける氷と距離を取りつつ、衣類へ無数に仕込んだ収納スペースの一つから何かを取り出す。
それは灰白色の球体で、大きさは卓球玉程度。
(所詮はその場しのぎ、通用しない可能性もあるが……賭けるッ!)
片手に三つずつ、両手で合計六つ手にしたそれを、毒虫は女ユーシャー目掛けて力強く投げつける。
「ふん! 手投げ爆弾か何かかい!?
そんなもんでこのアタシを止められるワケがっ――ぬわああああ!?」
グランドクロスオーバーはよく考えもせず、
飛来する球体をすっかり氷の消え去ったメイスで薙ぎ払い破壊する。
だが次の瞬間球体は爆竹の如き爆発音を立てながら炸裂、
膨大かつ濃厚な煙を撒き散らしては女ユーシャーの視界を封じてしまう。
「だあああああっ! なんだいこのっ!?
くっ! 煙幕だってっ!?
目くらましでその場しのぎとは!
舐めた真似をしてくれるじゃないかっ!!」
振り払おうとも纏わりつく濃密な煙幕……
怒り狂った女ユーシャーは、強硬手段に打って出る。
「ええい、かくなる上は……アクティブスキル発動!
『お転婆娘は風の彩を説く』ァァ!」
グランドクロスオーバーが声高に宣言すれば、
彼女を取り巻くように突風が発生……
凄まじい勢いで渦巻くそれは、煙幕を跡形もなく吹き飛ばした。
「この程度でアタシを出し抜いたなんて思わないことだよっ!」
煙幕が晴れたその瞬間、女ユーシャーは弓を構える。
"ありのままの大氷期"の影響で半径数百メートル圏内は氷に侵食されており、
地表は元より草木さえ分厚い氷に覆われた光景は最早異界……それこそダンジョンじみた在り様であった。
「カーネイジ・バグッッ!
忌まわしく憎たらしい毒虫め、標本にしてやるっ!」
すかさず殺意を滾らせるグランドクロスオーバー。
だが肝心の標的が何処にも見当たらない。
「あの虫めぇ、どこに隠れたっ!? 擬態でもしやがったってかい!?
全く、これだからモンスターってのは好きになれないんだよ!
どいつもこいつも都合が悪くなるとすぐ逃げ隠れしやがるから!」
気配は感じるものの姿が見えない……
度し難い状況に痺れを切らした大女だが、
彼女は尚も諦めずかの毒虫を探り当てるべく赤い魔力水晶を掲げる。
「アクティブスキル、発動!
『深淵治めし齢八十八世紀の女王』!」
掲げられた水晶から迸る魔力は女ユーシャーの頭から頭蓋骨を経て脳へと流れ込み、ごく僅かの間乍ら彼女の感覚を極限まで強化する。
(極力使いたくなかったけど仕方ない……
このスキルでパワーアップした五感からは
どんな敵だって逃れられやしないんだっ……!)
グランドクロスオーバーはあらゆる感覚を研ぎ澄まし、
氷に覆われた空き地の全域を探る――当然、奇襲への警戒も怠らない――。
(さあ、どこ行きやがったあの虫め……!
いい加減とっとと出てこいってんだよ……!)
女ユーシャーの索敵は実に的確かつ徹底的……
姿を消した標的の発見は時間の問題と思われた。
だが……
(……なんで見付からないんだいっ!?
サラダ油に浸したガラスコップだってハッキリ見える視力なのに!
あんなでかい虫モンスターのやっっすい擬態一つ見破れないなんてっ……!)
「……そんな馬鹿げた話が、あるかってんだぁぁぁぁぁ!」
度重なる妨害と失態に怒りを爆発させたグランドクロスオーバーは、
フルフェイスの兜を吹き飛ばさんばかりに喚き散らし……
「ええい、かくなる上はっ……これでも、喰らっちまいなぁーっ!」
右腕に装備された弓を真上に掲げては、手当たり次第に次々と魔力の矢を放つ。
スキル『自由を愛し悪習を射抜く』により自動追尾機能を付与された無数の矢は
暫く出鱈目に飛び回るも程なく空中でピタリと静止……
向かうべき方向へ舵を切ると、ある一点を目指し一斉に飛んでいく。
然し問題だったのは、無数の矢が同時に目指した"その一点"であった。
と言うのも……
「なっ!?なんだいっ!?
なんだってこっちに来るんだっ!?」
事も在ろうに矢が狙ったのは、
それらを放った鎧姿の女ユーシャー自身だったのである。
「なっ、なんとか防がないとっ!
ええと確か、防御の魔法はっ――」
四方八方から無数に迫り来る魔力の矢。
その破壊力は極めて高く、雨霰と降り注げば堅牢なプレートアーマーさえ鉄屑になりかねない。
故にグランドクロスオーバーは対魔法障壁を展開しようとするが、
如何せん普段から防御をプレートアーマーに頼りがちな彼女である。
ともすれば必然、焦りもあって慣れない防御魔法の発動に手古摺ってしまい……
「ちょっ! 間に合わっ、ぐわあああああああああっ!?」
迫り来る魔力の矢を避けることは叶わず、
鎧姿の巨体は爆炎に包まれたのであった。
……よってまあ、まだ死んではないんだ。どっちもね。




