Floor8-4/30[クライム・オブ・プレゼンティング・ファクツ]
……もうこんなんいつまでもやってないでさっさと決着つけろよって話なんだけど、
書いてて楽しくなっちゃったからしょうがないじゃん……
場面は里山型ダンジョン『遮道豆田園地帯』の山林。
「っぐぅぅぅっ……!
そもそも虫けら、お主っ……!
『天夫婦神報復合戦術』で動けぬ程の傷を負っていた筈で御座ろうっっ!
かの術が齎す傷は並みのモンスターであれば即死も免れぬ深さ!
高い治癒力を誇る河童をも追い詰め降伏に追い込んだ実績を持つで御座る!
にも拘わらず、ただ頑丈なだけのお主如き虫モンスターが何故、
何事も無かったかのように平然と佇んでおるで御座るかっっ!?
よもやそれがお主の持つスキルであるなどとは言わせんぞっ!」
大声かつ早口で捲し立てるネオヤスケ。
どうやら素で心底驚愕しているらしい彼の疑問を、
果たしてカーネイジ・バグは放置する選択肢もある所、
敢えて挑発じみた解説に打って出る。
『何故何事も無かったかのように佇んでるか、と言われてもな。
ただ回復しただけだが?
勿論スキルなんぞ使っちゃいない、あくまで自然治癒だ。
別段回復阻害作用があったワケでもないからな、
普通に「滋養をつけ」つつ「休息をとり」、
身体に備わる「回復機能を高めた」だけのことだ。
幸いにも貴様が調子付いて攻撃せずに居てくれたお陰で、
時間はかなりあったからな。
誤魔化すのが多少手間とは言えこの程度、
空きっ腹で米が炊けるのを待つ程も苦ではない』
「かっ、回復作用を高めた、だとぉ!?
戯けた出鱈目を吐かすでないわぁ!
確かに某がお主へ親切心で優しく語り掛けてやっておったその隙を突き、
その実休息しておったのは
八兆歩譲ってまだ理解できんこともないで御座る!
なれどさりとて! 滋養だとぉ!?
この何もないただの雑木林風情の分際の、
どこに滋養なるものがあるで御座るかぁっ!?」
ネオヤスケの指摘は事実的確かと思われた。
然し彼の発言は空く迄、食の大部分が体外消化を前提とする"人間"の視点に基づく主張に過ぎず……
『滋養ならばあるさっ、雑木林全域に一つ……
否、事実上"探せば無数に"なっ』
ある意味で人畜の中間たるモンスターにしてみれば、
まさに無知蒙昧なる妄言に過ぎないのである。
『ネオヤスケ、貴様はこの山林を"何もない"と評したが……本当にそうかな?』
「何ぃ!?」
『辺りを見てみろ……
すぐ近くにも木々や草花が根付き、
足元は大地、即ち岩石や砂礫を擁する膨大な土壌で満たされ、
少し進めば河川や湖沼もあり、
虚空さえ澄んだ空気と降り注ぐ日光で満ちている……
知覚種族による文明が未発達である関係上、
必然非知覚種族による豊かな生態系が形成され、
その根幹を担う自然物も膨大に存在するのが遮道豆田園地帯だ。
よって「何もない」などとは言わせんぞ?
かえってこの山林は自然由来のあらゆる資源で満ちているのだからな』
「……何が言いたいっ!?
というか、それとお主の回復になんの関係があるで御座るか!?」
『分からんか? 虫だよ。
貴様自身言っていたろう、「このダンジョンは虫が多い」とな』
「虫、だとおっ!?」
『そうだ。より厳密には小動物とか土壌生物と言うべきかな。
自然物が潤沢な関係上、この雑木林はあちこちに動物がいる。
昆虫や蜘蛛、小鳥、蛙、栗鼠等々……
まあそんなのも小型の非知覚種族なわけだがともかく、
その手の連中の中には必然地中を好むようなのもいる。
蚯蚓に線虫、螻蛄、蟻、
甲虫や羽虫の幼虫、果ては土竜に地潜……
肥沃な大地の養分を糧に育ったそいつらは
視点を変えれば必然"滋養のある食物"としての側面もある』
「つまりお主はっ!
それらを某に隠れて貪り食い傷を癒したと申すかっ!」
毒虫の発言から彼の所業を悟ったネオヤスケは
一層激しい、殺意にも等しい怒りを覚える。
この時点で、貫かれた右目の痛みはもう感じていなかった。
「……なんと卑しく意地汚い真似に御座るか!
人間様の話している時に意地汚くものを食うのが
まず到底度し難い無作法な狼藉であるというに!
加えて事も在ろうにその食い物が
土くれや黴菌で穢れきった
薄気味悪い地虫の類いであるなどと!
なんと下賤! 実に下品! 礼儀知らずも甚だしいで御座る!
お主を救ってやろうなどと、
モンスターであっても敬意を払い尊重せねばならぬと、
一瞬とてそのように考えた某が愚かであったわァ!」
『なんだ、今更己の愚かさを自覚したのか? 随分と遅いな。
というか真面目に疑問なんだが……
貴様が何時私に敬意を払った? 何時私を尊重した?
まるでやっていないことを
さも全力で遂行したかのように"盛って"話すんじゃない。
見え透いた嘘だと見抜くまでも無かったから良かったものの……
さては貴様、普段から他人に虚ばかり言ってるな?
そもそも弥助を侍と定義する言説が実質大嘘なわけだが』
「ぬぅっ!! 何を申すかお主!?
弥助こそは日本史に名を轟かす真なる伝説の侍に御座るぞ!
織田信長随一の忠臣として豊臣秀吉と双璧を成し、
伊賀流忍者の女、藤林奈緒江と共に大義の為戦い抜いた英雄であり、
侍が最強たる所以、即ち黒人の血の源となった偉大な存在に御座る!」
『……当世具足を普段着に金砕棒や火縄銃、斬馬刀を担ぎ、
テンプル騎士で実母の仇デュアルテ・デ・メロや
その上司でポルトガル人奴隷商の元締めヌーノ・カロと激闘を繰り広げたと?』
「……!? なんともはや……
無知なモンスターかと思うたが、存外詳しいで御座るな。
下賤な虫けら風情さえもその偉業を知るとは、これも弥助の偉大さが故か。
如何にも! 如何にもその通りで御座る!
ヌーノ・カロ一派を打ち倒した弥助はその後、
日本に囚われた数多の黒人奴隷を解放し救世主と称えられたので御座る!
そして信長公の実妹、お市の方と結ばれ子宝に恵まれ、
その子らこそが名だたる侍として乱世に名を馳せ
数多の偉業を成し遂げたのは――
『創作だぞ』
「……なに?」
意気揚々と声高に宣っていた所に水を差されたネオヤスケ。
当然その額には青筋が浮かんでおり、表情は怒りに歪んでいる。
最早、自身の片目に異物が突き刺さっている事実すら失念するほどであった。
『だから、創作だと言ったんだ。
弥助が織田五大将に名を連ねた伝説の侍なのも、
伊賀の女忍者藤林奈緒江と戦い抜いたのも、
当世具足姿で金砕棒や火縄銃、斬馬刀を担いじゃ
メロやカロとかいうテンプル騎士団のポルトガル人奴隷商と戦ったのも、
お市の方と結ばれ後に侍となる子供らを設けたのも、
そして侍が黒人の血を引いていたり、嘗ての日本に黒人奴隷が居たのも……
貴様の言った全ては、所詮ただの創作に過ぎん。
2010年代後半だったか、どこぞの英語教師が自費出版した書籍
その名も「Yasuke: The True Samurai’s Neo Legend」。
「論文に基づく史実に忠実なノンフィクション」と銘打たれながら、
その実歴史考証のれの字もありはしない
出鱈目だらけの"作者の空想に基づくつまらん迷分"だが……
それこそ貴様が真実と信じて已まない弥助伝説とやらの正体だ。
より厳密に言うなら、藤林奈緒江やテンプル騎士のメロ、カロが出てる辺り
その本を原作に作られた漫画「SAMURAI+KUNOICHI」が元と言うべきかな』
「……どういうことで御座る?」
『なんだ、わからんか? 察しの悪いヤツだな……。
伊賀の女忍者藤林奈緒江に、
テンプル騎士で弥助の実母を殺したデュアルテ・デ・メロ、
その上司でポルトガル人奴隷商のヌーノ・カロ……
これら登場人物は何れも原作者が構築した漫画オリジナルの登場人物、
つまり実際の日本史には実在せん架空の存在だ』
「……!?」
刹那、ネオヤスケは愕然とし凍り付く。
『即ち貴様の主張はまさしく、
「聖書には全編を通してロコなる人間並みに賢い雄狐が登場し、
王室で暮らしていた頃のモーセに飼われていたこともあるが、
野生暮らしの同族に誑かされるまま恵まれた暮らしを捨てた」とか
「スイス児童文学『ハイジの修行時代と遍歴時代』には
ヨーゼフと名付けられた雄のセントバーナードが登場する」やら
果ては
「中華古典『西遊記』の斉天大聖孫悟空は好戦的な地球外生命体である」
「イスラム伝承のバハムートは転職アドバイザーのドラゴンである」
などと同等の……
ロマンに脳を支配され創作と史実の区別がついとらん未熟者か、
過ぎ去りし思い出に囚われ認知の歪んじまった哀れなヤツが陥りがちな、
無知ゆえの出鱈目な勘違いに過ぎん。
……否、そいういう連中は大抵訂正してやればどこかで納得する。
ともすれば指摘されて怒り狂う貴様は連中以下の愚物か』
「」
最早言葉を返さないどころか聞こえているかも怪しいが、
曲がりなりにも歴史マニアの夫婦を親に持つカーネイジ・バグの追撃は尚も続く。
ぶっちゃけ今回のハイライトは
「滋養がどこにある?」「あるさっ」のやり取りだと思う。
例によってパロネタなんだけど、
揃って本家主人公の台詞が元ネタだし、
かつネオヤスケとシンゲンのいい対比になってる気もするから……




