二つの星が煌めいた日
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
7月24日
私は顔をあげ壇上に立っている人の話を聞き流していた。ここは地域ではかなり名の知れた進学校の体育館だ。
そして今日は、学生で嬉しくない人はいないであろう夏休み前の最後の登校日、終業式の真っ最中だ。周りの先生に気づかれないようにあたりを軽く見回してみる。大体の生徒は俯いており、寝ている生徒もいるようだ。理由は火を見るよりも明らかだ、前では生活指導の先生が話している。そいつが話しているのは、今学期もいじめの件数が0だったこと、夏休みに気を病んで命を投げ出さないようにという内容だ。まぁ、大半の学生には関係なく興味のない話だろう。大半はだが。
終業式が終わり、ホームルーム前のちょっとした小休憩の時間となる。自席に座ってぼーっとしていると、
「おーい、燈乃?」
私を呼ぶ声が聞こえる。親の声よりよく聞いた声だ。
「起きてるなら返事しろよ」
彼は私の隣の部屋に住んでいる瑆だ。まぁ、早い話幼馴染だ。
「今日家で、一緒に夕飯食べない?どうせ、お前今日もカップラーメンで済ますつもりだろ?家のかぁちゃんが心配してたぜ?」
「うーん、そうだな……お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「じゃ、決まりだな。あっ、あと宿題を今日のうちに少しでも終わらせたいから、帰ったらすぐに来てもらってもいいか?アイス奢るからよー頼む!!」
「えっ?もーしょうがないな」
「まじ!さんきゅ!じゃ、もうすぐホームルームだからまた後でな」
「うん。後で」
話を終えたタイミングでチャイムが鳴り、担任が話し始める。そんなどうでもいい話を聞きながら、私は心の中で呟く
『まぁ、宿題をやる意味は私はないんだけど』
長ったらしい担任の話が終わり、いよいよ夏休みが始まる。そして、私の運命を変える計画も徐々に動き出して行く……
8/18
こうやって、自室で落ち着くことができるのは何十日ぶりだろうか。夏休みが始まってから文化祭の準備に追われて朝早くから夜遅くまで活動するのは大変だった。それがやっと一段落し、あの計画を進めることができる。もう、考え始めてから一年も経つのか……やっとこれを実行する時が来た。もう一度計画について確認しておこう。あしたから計画に追われる日々が始まるわけだし。まずこの計画の最終目標は私のことをいじめてきた奴らに復讐することだ。復讐と言っても、殺しをするわけではない。いや、殺しはする。ただ、殺す相手は、いじめっ子達ではなく私自身をだ。
私には両親がいない。でも、別に死んだわけじゃない。母はホストに恋をし蒸発、父は私を育てるのに疲れ私を置いて夜逃げした。父がいなくなった日のことは今でも鮮明に覚えている。いつもなら明かりのついているキッチンに明かりはなく、通帳とそのパスワードが書かれたメモ、そして点々と丸い跡がついた便箋に『ごめんね』の一文。それは、その当時の自分を絶望させるには十分すぎるものだった。これで済むなら、まだ自殺をしようだなんて考えなかったかも知れない。しかし、そこから一年が経ち高校一年生になったある日、私に肉親がいないことがクラスメイトたちにバレた。そこからのクラスメイト達の行動はただでさえ絶望していた私にとどめを刺した。そこから、学校にいる生徒、親、先生までもが無視もしくは、私を軽蔑したような目でヒソヒソ遠くで話し始めたのだ。当時はなんでそんなことをしてくるのか全くわからなかった。肉親がいなくても同じ人間であるにも関わらず、ゴミでも見るような目を私に向けてくるのだ。今ではもう、瑆しか学校で話してくれる人はいないのだ。今思い出すだけでも反吐が出そうな内容だが、しっかりと向き合っていかなければならない。そうしないと、計画を成功させることができないからだ。計画は至ってシンプルだ。私が今までされてきたことを綴った遺書、それを裏付ける証拠を遺して首を吊る。そうやって、いじめてきた奴らを社会的に殺し未来を潰すのだ。首を吊る理由は関係のない人を巻き込まないためだ。あとは、確実に私の死体と遺書を確実に見つけてもらうため。実行日は8/31。そこまでの残り2週間、やり残したことがないように色々なことをしていくつもりである。ぶっちゃけ、2週間も経たずにやりたいことは無くなるだろうが、覚悟を決めるためにも多めに時間を取ることにした。さぁ、これから文字通り最後の夏休みが始まる。今日はとりあえず、明日からに備えてもう寝ることにしよう。
8/19
今日はとりあえず、ホームセンターに紐を買いに行くことにした、もちろん自殺するための。昨日あれほど意気込んでいたくせにと思ったが、直前に買いに行ったら目が虚で勘のいい店員に止められるかも知れないと考えたためまだ心に余裕がある今、買いに行くことにした。幸い、周りの高校生も文化祭のために色々なものを買う時期なので、怪しまれずに買えた。そのついでにケーキ屋に寄ることにした。一度ケーキをワンホール丸々一人で食べて見たいと思ったのだ。どうせ金ならたくさんある。死ぬ前に買わないと勿体無いじゃないか。今日は、一人でケーキパーティだ。余ったら瑆にでもあげたら良い。
8/20
今日はレンタル屋さんで大量な見たかった映画を借りることにした。時間はまだまだたくさんある。せっかく宿題とか言う地獄から解放されているのだからこういう時に、全部見るべきだろう。まぁ、今の私にとっては宿題よりも生きていることが何よりも地獄だが。なら、早く死んでしまえばいいじゃないかとも思ったが発見が遅くなるのもなんだか寂しいので予定通り行おう。結局10本くらい映画を見た。だが映画を見て思ったが、やっぱりハッピーエンドの映画の方が多いのは何故なのだろうか、世の中ハッピーエンドの人の方が少ないと言うのに……ハッピーエンドの方が少ないから創作物くらいはハッピーエンドにしたいっていう人類の欲求だろうか?
8/21
特にやることがない。まぁ、こう言うのも夏休みの醍醐味だと思うが……今置かれている状況を考えるとなんだかとても落ち着かない気分になってしまうものだ。31日を人生の最終日にしたのには最後に花火を見たいとかいうしょうもない理由がある。自分でもとても幼稚だと感じるんだが、なんだかどうしても譲れない気持ちが出てくる。
もうすぐ死ぬ身だと言うのに我儘だと自覚している。でも今まで、わがままなんて言うことができる状況ではなかったので、もうちょっとこの状況に甘えておこう。
8/22
今日は、教師との面談があるので学校に行かなくてはならない。自分は高校2年生だし、この学校は進学校であるので当たり前と言えば、当たり前だ。しかしう、ものの一分で面談は終わった。もちろん、担任も私のことが嫌いだからだ。もう慣れた光景だが、やっぱり心に来る。やっぱり行かなければ良かった。こんな状況に置かれても真面目すぎるのは自分の長所であり、短所だ。残りの時間は映画を見ることにした。
8/23
今日は浴衣を買いに行くことにした。明日がいよいよ夏祭りで花火が見れるからだ。せっかくなら新しい浴衣を着てみてみたいという衝動に駆られた。浴衣はすごく高かったが、これが一つの目標でもあるため惜しみなくお金を使った。着付けはというと、母に教えられた経験があるため自分でもできる。こう考えると、両親は意外にも私に色々なものを残してくれた。まぁ、去り際があんなのだからもう母とも言いたくないが、母の名前も顔も遠い記憶すぎて覚えておらず母を指し示すいい言葉が見当たらないので、仕方がなくそう呼ぶことにしている。昔の記憶から着付けの方法を引っ張り出し、練習しよう。死にたい人とは思えないほど、明日がとても楽しみだ。
8月24日
俺はいつにもなくソワソワしていた。今日は夏祭りの日。今日のために色々と準備してきたのだ。なんでかって?そんなの一つしかないだろ、好きな人に自分の本心を伝えるんだよ!夏祭りといえば花火!花火といえば告白!
告白するために昨日ドキドキしながら誘った。いつもならすぐに返せるメッセージにとても時間をかけるくらいにはドキドキしていた。
予定の時間になった。予定の場所で待っていると、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「瑆の方から誘ってくるなんて、珍しいじゃん」
声がした方へ顔を向けるとそこには淡い青色の浴衣を着た自分の初恋の相手がいた。
「燈乃……?だよな?」
「ん?そうだけど……ひどくない?ずっと一緒にいるのにわからないなんて」
「ご、ごめん。その……浴衣スゲェー似合ってる」
「えっ、瑆からそんな言葉が聞けるなんて……雨降らないよね?」
「ひどくない?」
「あははっ、冗談だってありがと」
「お、おぅ…じゃ、とりあえず向かおっか」
「うん」
なんだか、すごく違和感を感じる。なんでだろう。こいつの目こんなに虚だったか?それに袖に被って見えないけど……手首に大きな絆創膏が貼られている。これってもしかして……でも、今の俺にそれについて聞く勇気はない。何故なら告白することで頭がいっぱいだからだ。そのまま心にモヤモヤを残しつつ、会場に向かった。
そこから夏祭りでご飯を食べたりしたんだが、記憶がほとんどない。楽しかったという記憶はあったのだが……もちろん告白するぞって意気込んだからもあるのだろう。でも、それ以外の理由もある。燈乃に見惚れていたからだ。前々から可愛いやつだとは思っていた。でも、今、それ以上に、すごく、形容し難い。語彙が、溶けるくらいには。それでいてすごく俺に優しい。なんで、あいつらはこんないい奴を仲間はずれになんかするんだろうか……だからいつも助けたいとおもている。でもうちの高校には味方はいないし、証拠も持っていない。だから、せめてこいつの味方になりたい。たとえそれで、俺が周りからはぶられたとしても……
「なんか、すごく怖い顔しているけど大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だよ。てか、そろそろ時間だね。ちょっとついてきてくれないかな?」
「ん?いいけど、花火はちゃんと見せてよね」
「あぁ、もちろん」
俺は予め見繕っていた穴場スポットへ、燈乃を連れていく。
「そろそろ、時間だよ?燈乃?ほら、あの辺みて!」
時間通り花火が上がる。目に焼きつくぐらい光り輝いている。俺は覚悟を決める。絶対に、成功させる。
「綺麗だね」
「あぁ……」
花火なんて見てられない、その横顔に吸い込まれてしまいそうなくらい見つめてしまっているのだから。
「あ、あのっ!!」
「ん?何?瑆」
こちらを見てきて、鼓動が早まる。全身に毒が回っていく。人気がなくて涼しいはずなのに顔が熱い。次の言葉をなんとか喉の奥から引っ張り出す。
「ずっと!お前……燈乃のことがすk」
言い終わらないうちに夜空に花が咲く。あぁ、聞こえなかっただろうな。あんなに覚悟を決めたのに……そんなことを考え、もう一度言い直そうと思った瞬間、花のいい匂いが鼻腔をくすぐり、胸の辺りにコツンと何かが当たる感触があった。今の状況を理解するのに18秒という長いような短いような時間を要した。燈乃が俺の胸で泣いている。花火の音に混じって、微かに啜り泣く声が聞こえる。
「燈乃?」
『もうちょっとこのままでいさせて』そう聞こえた気がした。そこから長い時間が流れたような気がした。そこから、燈乃は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ口を動かした。
また、夜空に大きい花が咲いた。
8/25
私に初めての彼氏ができた。それも初恋の相手。昨日はそのあとなんも考えることができなかった。31日に死のうと考えていたのに、死ねない理由ができてしまった。あと、6日ある。このまま、瑆と幸せに過ごすのも一種の復讐になるのかもしれない。とりあえず、ゆっくりと悩むのがいいか。
8/27
瑆と遊んだ日は自殺だなんてどうでも良いと感じてしまう。昨日は、瑆に誘われて遊園地に遊びに行った。まぁ、デートと言われるものだろう。すごく楽しかった。だからこそ、今日はなんのやる気も湧かないのかもしれない。昨日はキスだってした。観覧車のてっぺんで、あいつはこういうベタなものが好きなのかもしれない。付き合ってからの一回目のデートキスは早くないか?と思ったがそうでもないのだろうか。今日を通してなんで映画にハッピーエンドが多いのか少しわかった気がする。そっちの方が綺麗だと感じるからだ。もちろんバットエンドにも良さはある。しかし、ハッピーエンドは美しく、憧れこがれ求めてしまう。もっとって。永遠にハッピーは続かない、一度ハッピーエンドで終わった映画も続編ではまた不幸に見舞われる。だからこそ怖いのかもしれない。今を失うということが……今、流れ星が二つ流れた。それはまるで、今のままで良いと言っているような。そんな気がした。明日もまた瑆と遊ぶ予定がある。今日は早めに寝よう。
8/31
私のエンディングを決める踏ん切りがついた。
9月1日
俺はルンルン気分で燈乃の部屋の扉を叩いた。何故なら、今日は恋人になってからの初の登校日だからだ。
応答がない。さっき送ったメッセージも既読がつかないし寝ているのかもしれない。昨日の夜中に電話がかかってきていたようだから、夜更かしでもして寝過ぎているのかもしれない。俺はさっきより強く扉を叩く。
「燈乃?寝てるのか?昨日は電話に出れなくてごめんな、寝てしまってて」
応答がない。何気なくドワノブを回してみる。空いている……
「入るぞ?」
何回か入ったことがあるから構造はなんとなく覚えている。寝室の扉に手をかける。俺はそれを猛烈に後悔した。
そこには、かつて恋人だったものが紐を首にかけて吊っている。すごい吐き気を感じながら、耐えて燈乃に近づく。でも、もう目には光が宿っていない、確実に死んでいると感じた。床に転がっている日記を見つける。何かわかるかもしれないとその日記を開いてみる。その日記は、8/18から始まっており途中途中、日付が抜けているが燈乃の気持ちが綴られている。抜けている日付には見覚えがあった、デートをした日だった。全部のページをくまなく読んだ。こんなに思い悩んでいるなて知らなかった……
「何が味方になりたいだよ!燈乃の苦しみも知らずに!カッコつけたこと言ってんじゃねぇーよ!」
思わず叫んでしまった。8/31の日記に一言、『私のエンディングを決める踏ん切りがついた。』書かれている下の方に紙が挟まっているのに気がついた。震える手を押さえながら、二つ折りにされた紙を開く。
瑆へ
ごめんなさい。
告白されてすごく嬉しかった。夏休みの最後の方はデートに行けて楽しかった。
この手紙を読んでいるなら、日記は全部読んだよね?私は復讐をするために自死をしようと思っていた。
でも、瑆が告白をしてくれて私には生きる理由ができた。デートも楽しかったし、こんな時間が永遠に続けば何ても思った。だけど、それと同時に不安も募った。この幸せは一生続かないかもしれないって、いつかきっと終わりが来るんだって。それだけじゃない、いじめの標的が私だけじゃなくて瑆に向くのも怖かった。私のせいで、瑆がいじめられるのが耐えられないくらいに嫌だった。あれもこれも、私が存在するせいだと感じた。だから、私は消えようと思う。バイバイ。来世はもっと良くなるといいな。
燈乃より
……燈乃のことはわかってると思ってた。でもそんなことはなかったと、このくしゃくしゃになって少し濡れている手紙からわかった。ならなんで俺に電話をかけ……あぁ、そうか、本当は止めて欲しかったんだな……なのに俺はそんなことも知らずに、ぬくぬく寝ていて……
俺は自分が思っていたより初恋の毒に侵されていたようだ。そう思った瞬間机の上に置いてあったナイフを手に取った、血がすでについているため多分、リスカに使ったんだろう。
そんなことを思うまもなく、腑に温かい刺激が走った。
「一人に、させない、から」
俺は意識を手放した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!