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薄膜越しの夏  作者: 日雪 灯
第一章:『夏の始まり』
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第一話:月槻三月という男

 夏空の下、お気に入りの音楽を貫通して響いてくるうんざりするような蝉の音。

 海に面したこの街では加えて潮の濃厚な香りも混ざってくる。


 ああ、いつもの憂鬱な夏が来た。


 そんな感傷に浸りながら僕はいつも通りの通学路を歩む。



「三月おはよ~」

「三月君おはよう、今日もはやいねぇ」


 開店の準備をしている商店街の人々が僕を見かけるたびに声をかけてくる。


 ―――毎朝律儀な方々だな。


 内心で彼らのことを少し尊敬しながら、僕も彼らにあいさつを返そうとする。



 あいさつは大事だ――これは僕がここ数年で気が付いたこの世界の真実の一つだろう。基本的に人間はあいさつをされると悪い気はしない。中には人とのかかわりを拒絶したい人々もいるだろうが、まあこの商店街にはいないだろう。何よりもあいさつをしている姿を周りにみられることによって、その人からの印象を良くする効果があると僕は考える。良い印象とまではいかなくとも悪い印象は持たれなくなる。人とのコミュニケーションにおいて悪印象一度持たれてしまうと、巡りめぐって自らの不利益につながってしまう。それは非常に良くない。


 なんて思考を重ねながら少し苦笑いをする。あいさつ一つ返すためにめんどくさい理論を重ねる自分を少し馬鹿らしく思う。こんなんだから「三月はめんどくさいよね」なんて言われてしまったのだろう。


 ―――意識してもこればっかりは治らないんだから仕方がないだろ。


 なんて悪態をついてみるが空しい抵抗である。


 そう月槻 三月(つきつき みつき)は非常にめんどくさい人間である。


 僕は非常にいい加減でおおざっぱな両親のもとに生を受けた。それは「月が3つあるから名前は三月にしよう!」なんてノリで名付けられたことから自明であろう。別に3月に生まれたわけではなく僕は11月生まれである。二分の一成人式で恥ずかしい思いをしたのは僕の大きな黒歴史の一つになった。家族はそんな両親と姉が一人、父親とは良い関係を築いているとは言えないけど、姉と母とは普通に良い関係を築けている。まあ父親と少し気まずいなんて男子高校生ならごく普通のあるふれた関係だろう。


 僕は自分のことをごく普通の人間だと自負している。特に際立った才もなく勉強も少しできる程度、運動も特別得意なわけでもない、万年3等賞である。15年の人生で何か才能を感じたこともない。昔は姉のように自分にも何か秘められたる才能があるのでは!なんて恥ずかしい妄想をしていけれど、高校生にもなれば”現実”もおのずと見えてくる。


 ここまでの自己紹介で読者の皆様は大方気が付いてきただろう。僕は至って平凡でとりとめのない人間なのである。だけど厄介なことに僕にはとある持病がある。


『人間不信』


 人間誰だって一度は人に裏切られた経験があるだろう。僕も多くの人たちと同じようにおんなじ経験をしてきた。一つ違う点があるとしたら僕の心は思ったより弱かったことだ。恥ずかしいことだけど、立ち直ることが出来なかったんだ。いまだに引きずりまくってる。それこそ人間が怖くなるほどに。


 だから僕はコミュニケーションが失敗しないように努力した。先ほどの長ったらしいあいさつの件もそれの一環だ。決して敵にならないようにするために。


 それと友達を作るのをやめた。勘違いしないでくれ別に友達がいない言い訳をしているわけではない。人を信じることが出来ない人間が人と親しくすることが出来ないってだけだ。僕は自らの意思で友達を作らないことにしたんだ。


 ここまではまあ良くある話かもしれないでも一番困ったことになっているのは僕は今後の人生で()()()をしないといけないことだ。


 人間不信が人助けってだけで笑えて来るけど、仕方がないことなんだ。これは僕の生きる意味で意義で、今後の人生はこれの達成のための時間なのだから。


 とまあ、ここまで長々と自己紹介及び僕が人助けをしなければいけないことを話してきたのだけど、これは僕なりの現実逃避であり、目の前の光景から眼を逸らそうとした結果なんだ。


 21世紀の現代において自分に起こった現象を説明することが出来ない。


 ―――何が…起こった?


 先ほどまで僕は、古びているが決して活気が失われてない商店街にいた筈だ。こんな海沿いの道路の真上なんかにいなかったはずだ。


 そう、信じられないかもしれないが僕は道路の丁度真ん中、白線の上あたりに呆然と立ち尽くしていたのだった。周囲に人の気配はなく波の音が絶えず響いている。


 全身から冷や汗が湧き出る。


 ―――動け、僕の体。助けなきゃ…


 アスファルトに広がる赤い、赤いシミ。


 ひざは自分の身体じゃないみたいにガクガクと笑っている。


 目の前には倒れる一人の女性の姿があった、ビクビクと痙攣しその口からは鮮やかな赤色の泡をふいている。腹部には、なお貫いている赤く染まった鋭い爪が見える。


「ば、化け物…」


 全身を魚のような鱗で武装し、その顔には四つの真っ黒な眼を備え、両手には博物館で見たティラノザウルスのような鋭く大きな爪を備えた3mほどの異形。


 僕は人を襲う怪物と相対していたのだった。




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