或る少女の日常
Ring Ring Ring
電話が家に鳴り響く。
「う~ん…もうすこしだけ…」
音から逃れるように布団を引き上げ体を丸める。
Ring Ring Ring
電話のベルは絶えず鳴り響く。
「あー!!!もうっうるっさい!」
バサリと布団を蹴り上げ、勢いのまま扉を開ける。目指す廊下に備え付けられた電話、まだ薄暗い時間に電話をかけてくる非常識に文句を言うため睡魔を怒りで抑え込み無理やり覚醒させる。
「はい!椛です!
「こんな非常識な時間に一体誰が何の用ですか!」
電話備え付けられた電子版が表示する時間は午前4時24分。
電話をかけるには彼女が言う通りあまりにも非常識な時間である。
「あー、ごめんごめん。もしかして起こしちゃったかな」
受話器から聞こえる能天気な声に寝起きで上がりきってない少女の血圧がさらに上昇する。
「贐さん。いい加減にしてください。
「私は貴方みたいに社会不適合者ではないんですよ。二度寝したいんで早く要件をお願いします。
「くだらなかったらすぐ切りますよ。」
受話器越しからもわかる苦笑いをしながら男は要件を告げる。
「そんな怒らないでよ、悪かったって。切られたくないから早速要件を伝えるね。
「花楓ちゃん、仕事の依頼だ。商店街で歪みが観測されたらしい。
「頼めるかな??」
・
・
・
少女はガチャリと受話器を置きながら「はぁー」と深いため息をつく。
どうやら二度寝の計画は既に白紙になってしまったようだ。
(なんだってこんな日に、あのクソ詐欺師いいように使いやがって)
心の中で悪態をつきながら、少女は支度を始める。
寝ぐせでぼさぼさになった髪を一つに結び、キッチンへ向かう。
近年の夏の猛暑はすさまじく早朝であっても汗ばむ蒸し暑さをしている。
リビングと一体になったキッチンには常にエアコンが稼働しており扉を開けると心地よい冷気が蒸し暑い廊下に流れ込んでくる。やはり文明の利器は偉大である。
少女はソファーでまだ眠っている唯一の同居人を眺めながら、朝食を作り始める。
電子ケトルでお湯を沸かしている合間に冷蔵庫からベーコンと卵を取り出し慣れた手つきでベーコンエッグを作る。フライパンにふたをしたタイミングでケトルから小気味の良い音が鳴り、お湯が沸いたことを知らせる。少女はインスタントのコーヒーパックとコンソメスープを取り出し。コーヒーとスープを同時に作る。
しばらくして、フライパンの火を止め出来上がったベーコンエッグを食パンの上にのせる。
朝食の支度を終え席に着くと、ソファーの上で気持ちよさそうに眠っていた同居人もとい愛猫である”ごま”が大きく口を開きながら伸びをしていた。
「ん、ごまおはよう。」
彼女の作る朝食の香りにつられてか、鼻を小刻みに動かしている愛猫の姿を見ると、トレーに猫用のご飯を用意し少女は再び席に着く。
「いただきます。」
ーーーーー
「にゃぁ」
「そっちね!ありがとうごま。」
頭に乗っている愛猫に感謝をしながら少女は裏路地を駆ける。
時刻は午前6時、朝部活がある生徒はそろそろ通学を始める時間だ。彼女に残された時間はあと少しだろう。かすかに焦りを覚えながら、愛猫が教えてくれる方向に身を動かす。
「やっっっと、追いついた!!はぁ、手間取らせやがって」
息を荒げながら少女は唱える。
「影喰」
ーーー
「ふぅ…何とか終わったぁ…
「全く逃げ足が速くて手こずらせちゃって、シャワー浴びたばっかなのに汗だくだよ。
「てか今何時だろ…」
スマホを取り出し時間を確認する。
「やっば、もうこんな時間?!
「えっと、帰ってシャワー浴びて、制服に着替えて、身支度して・・・」
少女の頭脳が光速に近い速度で思考を開始する。
弾き出された結論は『遅刻しそう』だ。
先ほどとは比べるまでもない俊敏な身のこなしで自宅に駆け戻る。
これが少女【椛 花楓】の日常。
慌ただしくも、代り映えのしない日常だ。
その日、非の付けどころのない優等生が珍しく遅刻をした事と、美形で有名な宝石店の店主の顔に痛々しい痣が出来ていたことはきっと彼女とは無関係だろう。