ある王子殿下の話し
ある令嬢の話し。の殿下バージョン。
ある王子殿下の話し
「・・・・・はぁ・・・・・・・・。」
今日も私の麗しの婚約者殿は、美しい。その溜め息でさえも、薔薇の吐息ではないかと思うほどの。
「・・・・・・はぁ・・・・・・・・。」
本日、2回目の溜め息も、私の麗しの婚約者殿が吐く姿でさえも美しい。
「・・・・・・はぁ・・・・・・・・。」
流石に、3回目の溜め息は見逃せない。我が麗しの婚約者殿の憂いを掃うのも、私の役目であるしね。
「どうかしたのかい? ここに来てからずっと、溜め息しか聴いていないけど。もしかして、王子妃教育が詰まっていて疲れているのかい?」
「シエル殿下。大変失礼いたしました。王子妃教育の工程が詰まっているということはございません。適度に休憩と休日もございますので。」
「そう。それなら、良いのだけど。キャシーは、あまり弱音を云わないから。もし、辛いのなら私にすぐに云うようにね。私から、母上と教育係に進言するから。」
「もったいない、お言葉でございますわ。シエル殿下。・・・・その、最近。わたくしにしつこく構ってこられる殿方がいらっしゃいまして・・・・。」
「うん。それならすぐに始末しよう。フェル。」
「お待ちください。早計過ぎます。というよりも、シエル殿下がそういうことを仰られないでください。」
「・・・・・殿下。真顔の笑顔で云いますが。先に、その相手を特定して身辺を探った上に、でないと。」
「それもそうだな。・・・・で? 私のキャシーに手を出そうとしている害虫は、どこの害虫なのか。もう、把握済みなんだよね? フェル?」
笑顔を貼り付けたまま云えば、若干引いているフェルがいて。キャスリンに、眼で訴えていた。
「シエル殿下。わたくしで対応いたしますので。フェル様を脅かさないでくださいませ。」
「・・・・・・キャシーがそういうのなら。でもね、手に負えないと判断をする前に、私に話すのだよ?」
「はい。そういたします。」
にっこりと笑むキャスリンの顔には、少しばかり疲労の影が見えていて。シエルは、なにも云わずに紅茶を飲んでいた。
この後、皇后陛下とお約束をしていますので。と侍女と一緒に席を辞するキャスリンを見送り、シエルは、さて。と脚を組みなおした。
「で、どこのバカな害虫なんだ?」
「あのなぁ。ついさっき、キャスリン嬢から、手を出さないでください。と云われたばっかりだろ。シエル。」
2人の時は口調がまったく異なる乳母兄を、シエルはくだらん。という眼で見る。フェルは、はぁ。と息を吐くと、シエルの斜め前にある椅子に座り、報告書を差し出した。
「目に余ることをしているので、何度か注意を促し、キャスリン嬢の公爵様からも、苦言の申し出が何度か侯爵家に出されている。そのたびに、侯爵家から詫びの品と封書が届くらしいが。」
「そんなのを気にすることもなく、バカ害虫は私のキャシーに手を出している。と。」
「そうなるかな。俺の方からも、キャスリン嬢はシエルの婚約者だから、これ以上の恋慕は諦めろ。と窘めておいたんだが。」
話しを聴きながら、渡された報告書を見る。
「・・・・・断るキャシーの態度を、好意と勘違いしたのか、ことあるごとに身体に触れようとしては、侍女に間に入られてしまう。・・・・キャシーが行くところに、出没しては偶然を装って付き纏う。・・・・先日の、ダンス授業では断ったキャシーの手を強引につかみ・・・・・。」
グシャッ。これ以上は読む必要なし。とシエルは報告書を握りつぶす。
「それと、最近では我が物顔で、キャスリン嬢の真実の愛は自分だ。と周りに云いまわっているんだと。」
「よし、消すぞ。」
「・・・・・・・ほんと。似た者同士でぴったりだよなぁ。シエルとキャスリン嬢は・・・・・。」
「なにか云ったか?」
「いえ、なにも。では、すぐに。影を回します。」
「そうしてくれ。・・・・あ、どうせなら。きっとキャシー以外にもバカ害虫の被害に遭った令嬢がいるかもしれん。先にそちらをあたってくれ。」
「うわぁ・・・・。他も巻き込むのかぁ・・・・・。えげつない・・・・。」
腕と足を組み云うシエルに、フェルは額を抑える。
「いま更だろ。それに、誰の婚約者に手を出しているのか。存分に、そう、存分に。もう2度と、手を出そうなどという考えも持たないほどに。・・・・・潰して消してしまえ。」
「・・・・・かしこまりました。先に行くけど、構わないよな?」
「ああ。頼んだ。」
フェルは溜め息を吐くと、席を立ちシエルを残したまま少し離れた場所にいた影のところに行く。シエルはその動きを眺めて、キャスリンが使っていたカップに手を伸ばした。
「・・・・・溜め息3回は、キャシーからの助けを求めるしぐさ、だからな。」
さて、ちょうどいいから他の令息たちにも、見せしめることにしよう。
そうしよう。とシエルはカップに口づけて、席を立ち、フェルが向かったところに、悪魔のような笑みを浮かべて向かった。
end