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「オリヴェルト、ぼんやりしてどうしたの?」


 母上が僕の前で優しく微笑んでいる。


「殿下はまた本を読んで夜更かしをしたんじゃないですか?」


 アリーナがしかめ面をしながら言う。


「夜更かしなんて僕は―――」


 ん?()は僕なんて言わなかった。昔は()と―――昔?


「オリヴェルト、どうしたの?」


 眼と口の端から血を流しながら母上が言う。


「私たちは待っているのよ。あなたが憎いあいつらを殺してくれるのを」


「そうですよ殿下」


 アリーナが背中に矢を生やしながら近づいてくる。


「うわ……わーーー!!!」


 



 オリバーは跳び起きた。体中ぐっしょりと冷たい汗をかいている。


「だ、大丈夫……魔力暴走は起こしていない……」




 レーベンの孤児院にお世話になって二年。オリヴェルト、いやオリバーは頻繁に悪夢にうなされていた。

 マリアを背負って旅をしていた時は一度もみなかった悪夢がオリバーを憔悴させていた。

 夢は故郷の大切な人たち、幸せだった時間。大切だった人達に会えることはたとえ夢の中でさえ嬉しかった。しかし必ずその大切だった人達は無残な姿に変貌するのだ。口から血を流し、虚ろな目をして彼らはオリバーに復讐を迫る。

 その度にオリバーは跳び起きた。数度は魔力が暴走しかけ部屋の小物が割れたりしたが何とか抑え込んだ。


 オリバーは魔力を隠し平民として生きている。それがバレるわけにはいかなかったし良くしてくれる孤児院の職員や孤児の仲間を傷つけるわけにはいかなかった。




 孤児院の院長はマクダレーナ・ヤネンツという五十代くらいの女性だ。彼女はオリバーが言った「マリアの両親と自分の両親は共に行商をしながら各地を転々としていたが盗賊に襲われて命を落とした。自分はマリアを抱いて必死に逃げてここにたどり着いた」という嘘について何も言わずオリバーとマリアを孤児院に受け入れてくれた。

 その後何か調べていたようだがオリバーには何も聞かなかった。そしてオリバーが読み書きができることを知るとできる限り本を与えてくれた。

 マリアはすくすく育ちこの孤児院のアイドルだ。輝く金髪と澄んだ青い目、整った顔立ちは将来物凄い美人になると思われた。そのマリアは相変わらずオリバーにべったりである。マリアを拾った時に刷り込みでもされてしまったのか彼女は常にオリバーの後を追い共に過ごしたがった。


「おいば、おいば、いっちゃいや!」と足に縋りつかれてはオリバーも邪険にできなかった。








「うう……ううう……」


 オリバーはうなされている。

 イヴァンが、クルトが、ドミニクが何度も敵に刺され切られ手や足をもがれながらオリヴェルトに迫ってくる。「殿下、早く敵討ちを」「俺たちの無念を晴らしてください」と迫ってくる。


「ううう……」


(だいじょぶ)


 ふと彼らの後ろに暖かい光が見えた。


(いいこ、いいこ)



 はっとオリバーは目覚める。

 今の夢は……?


 ほわっとオリバーの手に温かいものが触れた。


「マリア!」


 つい大きな声を出してオリバーは自らの口を塞いだ。

 オリバーの部屋は三人部屋だ。オリバーのほかに同じ十歳のハンスと六歳のラッツが一緒に眠っている。

 オリバーの声は彼らの眠りを妨げなかったようで二つのベッドからはいびきや歯ぎしりが聞こえてくる。


「マリア、どうしたんだ?部屋を抜け出してきたの?」


 小さな声でマリアに問いかける。

 まだ二歳のマリアは孤児院の職員と同じ部屋で眠っている筈なのにこんな夜中に一人で部屋を抜け出したのだろうか?


「おいば、いいこね。こわくないよ」


 マリアは一生懸命つま先立ちして手を伸ばしオリバーの頭を撫でようとしていた。


「マリア……」


 胸がいっぱいになってオリバーは涙が滲んでくる。


「おいば、なかないで。おいば、だいじょ―――くちゅん」


「マリア、こんなに身体が冷えて」


 オリバーは急いでマリアを抱き上げ布団の中に入れた。


「ふふ、あったかー」


「温まったらお部屋に連れて行くから。もう夜中に抜け出したりしちゃダメだよ」


「やー!おいばとねる」


「マリア」


「おいば、いいこいいこするの」


「……ありがとうマリア」


 オリバーはぎゅっとマリアを抱きしめた。

 マリアは「くふふ」と笑ってすぐにオリバーの腕の中で寝息を立て始める。オリバーもマリアの温かさに眠気を誘われ……いつしか二人は布団の中で仲良く眠っていた。


 怖い夢は見なかった。









「え?本当ですか?」


「ええ、これが入館許可証よ」


 マクダレーナ院長が図書館の使用許可を取ってくれた。これは凄い事である。図書館はレーベンの町、いやロットナー伯爵領には一つしかない。利用者は貴族のほかには役人や富裕層しかいない。王都では平民も識字率が高いが地方に行けば行くほど平民の識字率は下がる。平民の孤児で字が読めるオリバーのような存在は皆無と言ってよい。孤児には、ましてやまだ十歳の子供であるオリバーに図書館の利用許可など下りないのがあたりまえだった。


 孤児院の院長はわざわざ役所に出向きオリバーの優秀さを示して領主様に掛け合い図書館の使用許可を取ってくれた。感謝してもしきれなかった。

 オリバーは知識を欲していた。今は力をつけるときだと理解していた。もちろん大人になってトシュタイン王国の奴らに復讐するためだ。

 ゆくゆくはこの国を出て懐かしい地に戻り復讐の機会を得るためである。それには何が必要になるかわからない。政治の仕組みや商業、農業に関すること、この大陸の地形や天候の変化、魔術や魔道具に関して、知りたいことは山のようにあったのだ。


「マクダレーナ院長、ありがとうございます」


「その代わりと言っては何だけど……子供たちに字を教えて欲しいの」


 院長や数人の職員はもちろん読み書きができる。院長はかなりの知識人だ。しかし職員でも事務仕事に携わっていない半数の人たちは簡単な文章は何とか読めても書くまでは出来ない。読み書きができる人たちは忙しく、子供たちに教える余裕までは無い。そこで院長はオリバーに頼んだのだった。

 孤児は社会的に弱者である。いい職に就ける可能性は低い。でも読み書きが出来れば就ける職種は格段に増える。院長は子供たちの未来の選択肢を少しでも増やしてあげたかった。



 次の日からオリバーは朝早く孤児院を出て開館と共に図書館に入り昼過ぎまで図書館で過ごした後、孤児院に帰り遅い昼食をとって午後は子供たちに文字や計算などを教えた。


 図書館に行くにあたって問題が一つ。


「やー!おいば、いっちゃいや!」


「ごめんねマリア、早く帰ってくるからね」


「やー!まいあもいく!」


「んー、ダメだよマリアは行けないんだ」


「どおして?」


「マリアはこのご本がまだ読めないだろう?」


「ごほん?」


「難しい字をいっぱい読めるようにならないと行けないんだ」


「うーー、まいあがんばる!がんばったらあしたいける?」


「明日はまだ無理かな。でも頑張ったらいつか一緒に行こうね」


「うーー、わかった」


 涙目で頷くマリアに毎日後ろ髪を引かれる思いで図書館に通った。


 




 更に二年が経った。

 オリバーは十二歳、マリアは先日五歳になった。

 マリアの誕生日はわからなかったがオリバーと孤児院に来た時に生後十か月~一歳ぐらいだろうということで院長がマリアの誕生日を決めた。


 マリアとオリバーは偶に一緒に寝ている。オリバーがうなされる夜に限ってマリアがオリバーのベッドにもぐりこんでくるのだ。温かいマリアを抱いて寝ると怖い夢は見なかった。


 マリアは勉強を頑張った。五歳ながらにして六歳~八歳の子供たちと同じ内容を勉強している。今では一人で子供向けの本ならスラスラと読むことが出来る。

 もう一つはマナーだ。

 半年ほど前、一緒に食事をしていてマリアが言ったのだ。


「オリバー、きれい」


 何の事かと思ったらオリバーのお皿を指していた。

 オリバーは食事の仕方や立ち居振る舞いが綺麗である。これは幼いころから身に付いたものだ。マリアは自分のお皿とオリバーのお皿を見比べる。マリアのお皿は、いやお皿の周辺までも食べこぼしで散らかっている。特にマリアが食べ方が汚いわけではない。四歳の子供なら当たり前のことだ。四歳どころか孤児院の子供たちは皆似たようなものだった。


 実はマクダレーナ院長はオリバーがかなり難解な書物を読めることや立ち居振る舞いや所作が綺麗なところを見て、オリバーは貴族の子供だろうと疑っていたのである。

 こっそり領主を介し近隣の領や王都にまで問い合わせをした。しかしオリバーの年頃に合うような貴族の子供の行方不明者はいなかった。平民の富裕層にまで範囲を広げて問い合わせても該当者はいなかったのである。



 オリバーのようになりたい、というマリアの要望でオリバーはマリアに指導をしている。カトラリーの持ち方、椅子に座る姿勢、歩き方……四歳には難しいことも多い。できることを少しずつオリバーは教えている。貴族になるわけではないので本格的なマナーではない。八歳で国を追われたオリバーも知らないことはある。でも立ち居振る舞いや所作が綺麗になるだけでも美しく見えるものだ。




 そんなある日、オリバーが図書館から帰ると孤児院が騒然となっていた。

 実は最近図書館で退役した騎士と出会い内緒で剣術の手ほどきを受けている。早めに図書館を出て近くの公園で稽古をつけてもらっていたのだ。

 そんなわけでその日は稽古に熱が入り少し帰りが遅くなってしまっていた。


「いや!ぜったいにいや!」


 マリアの叫び声が聞こえた。


 オリバーは急いで中に入る。

 

「どうした?」


 近くにいたハンスに問いかけるとハンスは黙って応接室に向かって顎をしゃくった。


「失礼します」


 ノックとほぼ同時に応接室に入ると。マリアが涙目で仁王立ちしている。

 困ったような顔のマクダレーナ院長と女性職員。マリアの前には立派な身なりの中年の夫婦が座っていた。

 


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