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 べろん


 ん?べろん?

 オリヴェルトが目を開けると目の前にうねうね動く……壁?いや……舌だ!


 ガバッと起き上がる。オリヴェルトは大きな生き物の前足の間に抱かれるように眠っていた。

 べろん―――目の前の大きな生き物がオリヴェルトを嘗める。


「わっぷ!やめてくれ!」


 手で押しのけるとその生き物はオリヴェルトをじっと見つめる。不思議と恐怖は無かった。その生き物の目にオリヴェルトを気遣うような気配を感じたから。


「お前……竜……か?」


 竜など見るのも初めてだ。だけどオリヴェルトはこの竜が全く怖くなかったし竜がオリヴェルトを心配しているのが感じられた。


「私が竜神の末裔というのも本当のことかもしれないな……」


 そう呟いて竜の前足を軽くたたく。


「お前、私を温めてくれていたんだな……」


 そう言って立ち上がり辺りを見回す。


「ははっ……見事に何もない……」


 そう、追いかけていた軍勢も橋の向こうにいた馬車も橋すらも残っていない。全て谷底に落ちて行った。オリヴェルトが落としたのだ。


「……この力をもっと早く発揮していたら……イヴァンもアリーナも……ははっ私は何て間抜けなんだ。全てを失ってからでないと力を発揮できないなんて……」


 そう、全てを失ってしまった。この世界でオリヴェルトはたった一人。


 ふらふらと消えてしまった橋に近づく。

 ここから飛び降りてしまえばみんなのところに行けるだろうか?




 オリヴェルトは乳兄妹のラウラと庭で追いかけっこをして庭師が丹精込めた花壇に突っ込んでしまう。「まあまあ!」とアリーナが目を丸くして泥だらけになったオリヴェルトの土を払ってくれる。イヴァンが「俺が一緒に庭師に謝りに行ってあげますよ」とニカッと笑う。それをガゼボで父上と母上が微笑みながら見ていて……




 崖まであと一歩というところでオリヴェルトの身体は止まる。

 

 竜が後ろから引っ張っているのだ。オリヴェルトの身体を傷つけないように大きな口の端でオリヴェルトの服を牙で引っかけオリヴェルトを行かせまいとしている。


「ごめん、せっかく助けてもらったけれど私には生きていく気力も無いんだ……」


 竜は小さく「キューー」と鳴くと前足を折り頭を下げた。


「え?何?」


 オリヴェルトはその竜が背に乗れと言っているように感じられた。


「殿下、生きてください」


 アリーナの声が聞こえたような気がした。


「殿下、幸せになるんです」


 イヴァンが言っているような気がした。



 





 オリヴェルトが竜の背に乗ると竜は谷底に真っ直ぐに下りて行った。

 底の見えないような深い峡谷も竜の背に乗ればあっという間だった。

 峡谷の底、小川の流れる岩場に竜は降り立った。辺りには橋の残骸のようなものが散らばっている。人や馬の死骸のようなものからは極力目を背けた。


 谷底に下りてアリーナの形見が何かあればと思ったがそれは無理だとわかった。上が見えないほどの深い谷底だ。遺体が無事なわけがない。アリーナの無残な姿を見ずに済んで良かったんだ。

 でもせっかく助けてくれた命だけれど、みんなが助けてくれた命だけれど……私は疲れてしまった……寂しくて寂しくて……みんなのところに行きたい……




「ふえ……ふええええぇぇぇ」


 突如弱々しい泣き声が聞こえた。


「泣き声?」


「ふぇぇぇ……んぎゃんぎゃーー」


 慌てて周囲を見回すとすこし離れた大きい岩の上に……籠?


 泣き声はその籠の中から響いてくる。


「なんでこんなところに赤ん坊が?」


 オリヴェルトは茫然と籠の中の赤ん坊を見下ろした。

 粗末な服で粗末な籠に入れられたその赤ん坊は輝くような金髪で愛らしい顔立ちをしていた。今は泣いているので瞳の色がわからない。


 その瞳の色を見てみたくてオリヴェルトは籠の中に手を伸ばした。


 赤ん坊はオリヴェルトの手を小さな指でキュッと握った。途端に泣き止んだ赤ん坊はオリヴェルトを見てキャッキャと笑い声をあげた。その瞳は晴れた夏の青空のようにどこまでも青く明るく澄んでいた。

 オリヴェルトの手をキュッとつかんだ赤ん坊はその手を口元にもっていく。


「わっ!汚いから嘗めちゃだめだよ!」


 急いで手を引くと赤ん坊は不満そうにぐずり始める。


「困ったな……私は食べる物なんて持っていないんだ……あ、赤ん坊だからミルクか?どっちにしろないや」


 この赤ん坊はどこから来たんだろう?こんなところに一人でいるんだから捨てられたのか?


 悩んでいてもしょうがないとオリヴェルトは立ち上がった。籠に敷かれていた布を引き裂いてひも状にすると赤ん坊を背に括り付ける。


 とにかく何か食べられるものを探そう。果物の木でもあれば果汁を赤ん坊に飲ませられるかもしれない。

 不思議と死にたい気持ちは無くなっていた。今この赤ん坊が頼れるのはオリヴェルトだけなのだ。その意識がオリヴェルトを強くした。


 


 オリヴェルトを運んでくれた竜はまだそこにいた。

 もしかしたらもう一度背に乗せてくれるかな?と思ったが今度は拒否されてしまった。


「仕方ない、歩いて……ってどっちに行けばいいんだろう?」


 オリヴェルトが辺りをキョロキョロ見回すと竜が岩場から飛び立った。


「あ、行ってしまうのか……」


 少し寂しさを覚えてオリヴェルトが呟くと竜は右手の方向へ飛んで行ってまたすぐに引き返して来た。何度もそれを繰り返す。


「ついて来いって?」


 オリヴェルトは竜に導かれて歩き出す。

 背中の赤ん坊はオリヴェルトに背負われてご機嫌になったようである。


「あっ!いたた、こら、髪の毛を引っ張るな!」


 オリヴェルトの髪を小さな手で引っ張ってはキャッキャと笑い声をあげていたが暫くすると寝てしまったようである。


 竜に導かれて歩いていく。多少急な上り坂や不安定な足場があったりしたもののオリヴェルトにも何とか歩けるような道ともいえない場所を進んで行くと程なく木が密生している場所に出た。木は密生しているが地面は緩やかな傾斜で歩きにくくはない。

 この時にオリヴェルトはここが山の麓に近い場所であると気が付いた。

 あの高い崖を一気に谷底まで下りたことで麓の辺りまで来たらしい。ということはここはもうヴェルヴァルム王国なのか?


 ここまでオリヴェルトを導いてくれた竜は森の手前で一声鳴くと空高く舞い上がった。

 それに手を振るとオリヴェルトは森に足を踏み入れた。


 とにかく下っている方に向かって歩いてみよう。山道からは大きく外れてしまったが下って行けば人が住んでいる場所に出るかもしれない。





 



「おい!誰だ?」


 突然人の声が聞こえてオリヴェルトは飛び上がった。


「ん?何だ子供か?おい坊主、お前どうしてこんなところにいるんだ?」


 下生えを踏み分けて近づいて来たのは髭面の大男だった。


「あ、あの……わた、僕は……」


 どう言ったらいいのだろう?正体を明かして大丈夫なのか?そもそも不法入国者として捕らえられたりしないだろうか?

 オリヴェルトが言い淀んでいると男は勝手に解釈してくれた。


「お前……もしかして親に捨てられたのか?」


「あ……わかりません……気が付いたら一人になっていて……」


「それは……捨てられたんだろう……気の毒になあ。最近ブライセル侯爵領は税の取り立てが厳しいってぇ噂だったがとうとう口減らしまで出てきやがったか……」


 男は一人で納得したようだが同情してくれているようなのでオリヴェルトは黙っていた。その時背中の赤ん坊が目を覚まし泣き声をあげた。


「おわっ!なんだぁ?赤ん坊?お前ら二人で捨てられたのか?」


「あ、この赤ん坊はこの先の岩場で見つけて……」


「……とするとこの赤ん坊も捨て子か?ブライセル侯爵領、ヤバイな」


 赤ん坊は泣き続ける。多分お腹が減っているんだろう。オリヴェルトもお腹がグウと鳴った。昨日アリーナとパンを食べたのが最後の食事だ。アリーナの事を考えたら涙が滲んできた。


「坊主、腹が減っているのか。ちょっと来い」


 男はオリヴェルトを小さな小川が流れている場所まで連れて行き大きな木の根元に座らせた。

 手早く火をおこし腰に下げていた袋から取り出したのはうさぎだ。小川で解体すると柔らかそうな肉を串に刺していく。


 程なく肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めるとオリヴェルトはごくりと唾を飲み込んだ。


「ほれ食え!」


 これまた小さな袋から取り出した塩をぱらぱらとかけ男が肉を差し出すとオリヴェルトはおずおずとそれを受け取った。

 最初は躊躇いがちに肉にかぶりついた。一口食べたら後は無我夢中だった。

 瞬く間に三串平らげてオリヴェルトはハッと我に返った。


「水飲め」


 男が小川から汲んできた水を飲んで……オリヴェルトは涙が止まらなかった。


 ああ、私は生きている……すべてを失って死にたいと思っていたのに……この身体は生きて食べ物を食べられたことを喜んでいる……


「坊主、辛い目にあったんだな……」


 その時背中の赤ん坊がまた泣き声をあげる。その泣き声はさっきより弱々しいようだ。


「おっと、赤ん坊はこっちだ」


 男は水筒から白い液体をコップに注いだ。


「ヤギの乳だ。これでうさぎ肉を煮るとうめえんだ、持っていて良かったぜ……って赤ん坊ってヤギの乳は飲めるんだよな?」


 そんなことをオリヴェルトに聞かれてもわからない。しかしこれを飲ませるしかないだろう。しかしどうやって?

 ハッとオリヴェルトは思い付き赤ん坊を背から降ろすと小川に行って手を洗った。

 赤ん坊のところに引き返すと膝に抱き上げコップの中のヤギの乳に指をつける。そうしてその指を赤ん坊の口元にもっていくと赤ん坊が吸い付いた。


 何度も何度も……コップの中のヤギの乳がなくなるまで繰り返してようやく赤ん坊は満足したように眠った。

 そのふくふくの頬を優しく撫でてオリヴェルトが顔を上げると男が涙を流しながらオリヴェルトを見ていた。


「え……」


「すまねえ……俺は二年前に女房と子供を流行り病で亡くしたんだ。その時のことを思い出しちまってよ……」


 袖で涙を拭うと男は言った。


「俺はダンガス。お前は?」


「……オリバー」


 ダンガスはオリヴェルトの頭をわしゃわしゃとかき回した。


「よろしくなオリバー」





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