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 山道を荷馬車で駆けて五日。


 一番標高の高いところは越えここ二日は下りが続いている。もうあとわずかでヴェルヴァルム王国にたどり着くのではないかと思われた。この山道は昔軍隊が通ったこともあるので道幅は広く整備されている。しかしトシュタイン王国とヴェルヴァルム王国の国交は途絶えているので通常は使用されていない。その為途中あった山小屋などは朽ちていたし道の端端にも劣化の跡がある。最低限の整備がされているのはトシュタイン王国がヴェルヴァルム王国に攻め込むという野望を諦めていない証拠だろう。


 道の端に馬車を停め昼食をとっていた時だった。


 小さく地鳴りのような音が聞こえた。


「どうやらおいでなすったようだ」


 イヴァンが不敵に笑う。


「殿下、アリーナ夫人と馬車を降りていただきます」


「え?イヴァンは?」


 それには答えず。イヴァンはてきぱきとなけなしの食料や防寒具などを小さくまとめて袋に詰めオリヴェルトとアリーナにしょわせる。アリーナも黙々と手伝っている。


「イヴァン!答えてくれ!イヴァン!」


 最後に認識阻害のマントをアリーナに手渡し「頼む」というとアリーナは黙って頷いた。


「イヴァン!一緒に―――」


「殿下、ちょっと敵の目を引き付けてきます。アリーナ夫人と認識阻害のマントを羽織って岩陰に隠れていてください」


「いやだ!私も一緒に―――」


「殿下、俺のお願いを聞いてくれますか?」


「お願いなら後で聞くから今は一緒に―――」


「殿下、幸せになって下さい」


「幸せに?私の幸せは……」


「ええ、あいつらに奪われてしまった。俺たちは殿下が希望だった。殿下がいつか俺たちの国を再建してくれることが。でもねもういいんです」


「イヴァン隊長!それはどういうことですか?」


 アリーナが語気鋭く聞く。


「俺は旅をしながら思ったんだ。殿下は俺たちの光だ。でも殿下が復讐に燃えて苦しむのは違うんじゃないかと。俺たちの無念を全て殿下に押し付けるのは違うんじゃないかと。俺は殿下が好きだ。国王陛下も王妃様も好きだった。だから助ける。せっかく助けるのだから幸せになって欲しいだろう?」


「……それはそうですけど……でも」


「この世界の片隅で殿下が大人になって愛する人を得て幸せになってもいいんじゃないか?」


「国に残った人たちはどうするのです」


 アリーナは納得がいかない。


「残った人たちは彼らで幸せを見つけていくだろう」


「イヴァン、私の幸せはイヴァンとアリーナと共にある。去って行かないでくれ!」


 オリヴェルトが必死に言い募る。もうオリヴェルトにはこの二人しかいないのだ。


「俺は常に殿下と共にいますよ。殿下が大人になっても愛する家族を見つけても」


「いやだ!どうしてそんな言い方をするんだ!それじゃあまるで……」


「大丈夫。敵をうまく撒いて戻ってきますから。さあ、時間がない」


 イヴァンはオリヴェルトとアリーナを岩陰に押しやった。岩陰で認識阻害のマントにくるまれていれば見つかる心配はない。


 御者台にイヴァンが飛び乗った時に最初の一騎が遠くに見えた。


「見つけたぞーー!!」


 叫び声が遠くに聞こえた。聞こえたような気がしただけかもしれない。数十頭の馬の蹄の音がドドド……と響き渡っていたから。


 イヴァンは荷馬車を走らせた。


 荷馬車と単騎の馬ではスピードが違う。追いつかれるのも時間の問題だと思われた。

 軍勢が目の前を通り過ぎてからオリヴェルトは岩陰から走り出て彼らの行方を目で追った。

 山道を下っていく荷馬車とそれを追う数十騎の馬は遠目によく見えた。よく見えすぎてしまった。


 イヴァンを乗せた荷馬車は兵士たちに追い付かれると思った瞬間、谷底に身を躍らせたのだ。


 道の片側はずっと切り立った崖が続いていた。その崖に向かってダイブした荷馬車は忽然とオリヴェルトの視界から消えた。


 後ろから温かいものがオリヴェルトを包んだ。


 アリーナに抱きしめられオリヴェルトはただそこに立ち尽くしていた。












 オリヴェルトとアリーナはつり橋の前で立ち止まっていた。


 正確にはつり橋の手前の岩陰だ。つり橋の前には先ほどイヴァンを追っていった兵士たちがたむろしている。

 つり橋は下が見えないほどの深い峡谷にかかっていた。つり橋そのものは頑丈に作られている。軍隊も通ったことのあるつり橋だ。橋の幅も広く頑丈なロープ数本でしっかり支えられている。


 ここまでは岩陰に隠れ認識阻害のマントを羽織ることで見つからずに来ることが出来た。

 しかしさすがにつり橋を渡っていれば気づかれるだろう。


 荷馬車もろとも谷底に落ちたと考えて兵士たちが引き上げてくれれば良かったのだがそんなに甘くは無かったようだ。彼らはどうしてもオリヴェルトの死体をその目で確かめなくては気が済まないのだろうか?


 日は大分傾き日暮れが迫っていた。


 兵士たちはこの場で野営をするのだろうか?持久戦になったら不利なのはオリヴェルトとアリーナだ。携帯の食料も防寒具も満足とは言い難い。それでも二人が背負える精一杯の荷物だったのだ。

 夜になれば魔獣が出るかもしれない。守ってくれる人はもう誰もいないのだ。


 兵士たちが急にざわついた。

 橋の向こうヴェルヴァルム王国の方角から一台の馬車がやってきたのだった。

 簡素な馬車だ。オリヴェルト達が乗っていた荷馬車とそう大差ない。その馬車は橋の向こう側で一旦止まった。兵士たちと睨み合いをしていたようだが御者台に座っている男とオリヴェルト達を追っていた兵士の隊長らしき人が何かを話し合っている。橋の向こうとこっちなので大きな声で話し合っているのだが内容まではわからないが馬車に乗っているのはトシュタイン王国の人間らしい。聞こえてくる言葉の端端でそれは察せられたがかといって友好的というわけではなさそうだ。


 結局彼らは橋の向こう、軍勢はこちら側で野営をすることにしたらしい。向こうの馬車は焦っているようで何度か交渉を持ち掛けたようだがこちらの軍勢が了承しなかったようだ。









「殿下、いえオリバー今夜がチャンスかもしれません」


 辺りが暗くなったころアリーナがそっとオリヴェルトに囁いた。二人は先ほど最後に残っていた固いパンを齧っただけだった。何日ももたないことはわかっている。走れるのも体力がある内だ。


「私が暗闇に紛れてあちらの馬車まで走り助けを乞います」


「無理だ!絶対に気づかれる!」


「でも明日になれば馬車とこちらの軍勢で交渉が成立するかもしれません。先ほど漏れ聞いた話では馬車はトシュタイン王国の第一王子の手の者らしいですわ。私たちを追っているのは第三王子の軍勢。お二人は仲が悪いのでしょう」


「無理だよ、馬車にたどり着く前に絶対見つかる」


「馬車がこちらに向かってきてくれれば勝算はあります。いいですか、ここで隠れていても飢えて死ぬか見つかって死ぬかです」


「あいつらが諦めて帰るかもしれない。馬車と一緒に崖下に落ちたと思うかも」


「ええ、思うかもしれません。でも思わないかもしれない。念のため数日ここに留まるかもしれません。私たちはもうパン一つも持っていないのです」


「山に分け入って木の実を探そう」


「山道から大きく外れるのは危険です。戻り方もわからなくなるし魔獣もいるかもしれません」


 オリヴェルトは何も言えなくなってしまった。ただ感じるのは不安だけだ。アリーナに置いていかれたら本当に一人ぼっちになってしまう。耐えられそうになかった。

 アリーナはてきぱきと荷物を纏めるとそれまでオリヴェルトが着ていたフード付きの外套を脱がせた。そしてオリヴェルトに認識阻害のマントを着せた。


「殿下、イヴァンが言っていたことですけど」


「何?」


「私もそんな気がしてきました」


「そんなって?」


「殿下は復讐なんて考えなくていいということです」


「でもそうしたら父上や母上の無念は?アレンス子爵や私を守ってくれた騎士たち、クルトやドミニクやイヴァンの無念は?」


「国王陛下や王妃様はとてもお優しい方でした。きっと殿下が復讐に燃えて苦しい人生を歩むよりも心穏やかに幸せな人生を送ることを望んでいらっしゃるでしょう」


「でも!私を守って死んでいった者たちが沢山いる!」


「彼らに報いるには幸せになる事ですよ。あなた様は竜神様の血をひく竜神様の生まれ変わり。私たちは世界のどこかで殿下が幸せに暮らしているとそれだけを信じていられたらそれでいいんです」


「そんな、そんなこと―――」


「もし将来殿下が憎きトシュタイン王国に反撃ののろしを上げることがあるとしたら……死んでいった者たちの為でなくその時生きて苦しんでいる人のために立ち上がって下さい。死んでいった者たちはみんな殿下の幸せを望んでいます」


「ねえどうしてそんなことを言うの?私にはもうアリーナしかいないんだよ。私を見捨てないで。置いていかないで!」


「見捨てませんよ。いつまでも殿下のお傍に。殿下の将来のお子様は私が面倒を見ますからね」


「約束だよ」


「ええ。その為にもこの窮地を乗り切ってヴェルヴァルム王国までたどり着かなければ。私に任せてくださいな」


 そう言ってアリーナはオリヴェルトを岩陰に隠し荷物を抱えた。荷物にオリヴェルトのフード付き外套を着せると遠目には子供を抱えているように見える。

 その途端、オリヴェルトはアリーナの意図を見抜いた。


「え!?嘘だ!え?駄目だ!アリーナ戻って!」


「お元気で」


 そう言うとアリーナは走り出した。夜の闇に紛れるように。


 山の夜は闇が深い。だから兵士たちが気が付いたときアリーナは橋の三分の一ぐらいのところを走っていた。


「あっ!!あれは!」


「いたぞ!!リードヴァルム王国の王子だ!」


 兵士たちの叫び声が聞こえる。


「女が子供を抱いて走っているぞ!橋を渡らせるな!!」


 兵士たちがバタバタと動き出す。

 アリーナは叫んだ。


「馬車のお方!!助けてください!こちらにいるのはリードヴァルム王国の王太子殿下です!助けて!」


 アリーナの声で馬車が動き出した。馬車が橋を向こう側から渡り始めた時だった。


 ヒュンと空気を切り裂く音がした。


 トン―――一本の矢がアリーナを貫いた。


 それでもアリーナは足を止めなかった。


 ヒュンヒュンと空気を切り裂く音がする。数本の矢がアリーナの身体から生えているように見える。


 アリーナは最後の力を振り絞り橋の欄干に歩み寄った。


 そしてそこから―――身を投げた。


「やったぞ!!今度こそ王子の息の根を止めた!」


「ああ、ここから落ちたらもう助からないだろう。矢も突き立っていたしな。やっと帰れるぞ!」


「まったく手間をとらせやがって!リードヴァルムの王宮で素直に殺されていればいいものを」





「……あ……あ……」


 オリヴェルトは隠れていた岩陰から飛び出していた。ついに……ついに失ってしまった。父上も母上も。王宮で笑い合っていたかけがえのない人たち、オリヴェルトを守って戦って旅してまた戦ってそうして散っていった人たち、今、最後まで付き添ってくれた乳母のアリーナまでも……


 飛び出したオリヴェルトに兵士の一人が気が付いた。


「いや待て、ここに子供が……」


 彼は誰にもその言葉を伝えることが出来なかった。

 突如突風が彼の身体を吹き飛ばしたからだ。


「……あ……あ……」


 オリヴェルトはもう何も感じなかった。

 彼を中心にして物凄い風が渦を巻いている。桁違いの竜巻ともいえるその突風は兵士みんなを巻き込んで空に吹き上げた。馬が、人が、様々な物が宙を舞う。


 ブチブチっという音がして橋を支えていたロープが引きちぎられていく。ついに向こう側から渡り始めていた馬車をも巻き込んで橋は奈落の底に落ちて行った。


 


 生きている者が誰もいないような静寂の中、オリヴェルトは気を失ってその場に一人倒れていた。










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