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短めです。
あの事件から三か月が経った。
オリバーとマリアは今サルバレーの隣りのトランタという小さな町で暮らしている。
あの事件の後、オリバーは結局フェルジット商会を辞めた。約束の時間に来なかったオリバーに対し会長は激怒し首を言い渡してヘーゲル王国に向かったそうである。帰国後その事情を聞き首は撤回してくれたそうだが、オリバーは職を辞することにした。たった一週間の勤務だった。
オリバーに新しい職を紹介してくれたのはなんとご領主様である。ご領主様は領都サルバレーの隣りにある小さな町トランタの役場の職員にオリバーを推薦してくれたのだった。
オリバーの転職に伴ってマリアも定食屋の仕事を辞め二人はトランタに居を移した。
定食屋の御夫婦には沢山迷惑をかけた。マリアがトシュタイン王国の奴らの密談を聞いてしまったために長期間仕事を休むことになって復帰したと思ったら仕事をすっぽかし(攫われたためであるが)その後すぐに退職だ。それなのにご主人もおかみさんもマリアの結婚を喜び「偶にはたまには夫婦で食事に来ておくれよ」と笑顔で送り出してくれた。
そう、オリバーとマリアは結婚した。
竜神が祭られた祠がこの大陸にはいたるところにある。大きい祠も小さい祠もあるがどの町にも大抵一つは大きな祠を祭った建物がありそこには祠を世話する祭司様がいて平民はその祠でお互いの愛を誓うのが一般的だ。祠で愛を誓わなくても役場に届け出を出せば夫婦であるが。
オリバーとマリアは祠に行って愛を誓った。役場で届け出を出し、定食屋でご主人やおかみさん、人足仲間や定食屋の常連さん、王都に帰る間際の騎士たちも数名駆け付けてくれて結婚を祝ってくれた。
オリバーとマリアは兄妹と名乗っていた筈なのに集まってくれた人たちは二人が結婚することに誰も驚いていなかった。
「あんたたち二人はまったく似ていないじゃないか。兄妹だと思っている人なんか誰もいなかったよ」
おかみさんが言うと人足の一人も言った。
「俺たちは何か事情があって夫婦と名乗れないんだろうなあと思っていたんだ。まだ結婚していなかったという方がびっくりだ」
みんなの言葉にオリバーは苦笑するばかりだった。
「ほら、飲め」
スティーヴがお酌をしにオリバーの元に来た時オリバーは頭を下げた。
「いいって。最初からわかっていたことだしな」
「何を?」
「お前がマリアちゃんを捨てたりできないってこと。他人になんか任せたりできないってことをさ」
「……そうか」
オリバー以外はわかっていた。オリバーにとってマリアは特別だということを。
本当はオリバーだってわかっていた。それでも自分は復讐をしなくては、と言い聞かせてきたのだ。みんなの犠牲の上に存えたこの命を復讐に使わなければならないと思いながら成長してきたのだ。
でもオリバーは選んでしまった、マリアと共に生きることを。
サルバレーより田舎のトランタの町は人々も長閑だ。
オリバーとマリアの時はゆっくり流れた。オリバーは役場に勤めに出かけマリアは家で家事をする。偶に手紙の代筆や書類仕事の内職をする。識字率の低い田舎の町の人たちはなんとか文字は読めても書けない人が多い。字が綺麗で博識のマリアは仕事が切れることは無かった。
「……うう……ごめんなさい……ちちう……イヴァン……すまな……」
隣でうなされる夫の声でマリアは目が覚める。
夢で夫がうなされるのはよくあることだ。これは孤児院に居たときからよくある事だった。幼い時はそれが心配で夜中にベッドを抜け出してオリバーのベッドにもぐりこんだのをおぼろげに覚えている。大きくなってからは一緒に寝ていたわけではないからはっきりとは言えないがサルバレーに住んでいた時はあまりうなされなかったように思える。それが、結婚してからはまた増えてきたようにマリアは感じていた。
マリアは隣で寝ているオリバーにすり寄った。両腕で頭を抱え胸に抱くようにして背中をゆっくり撫でる。
「大丈夫……大丈夫……」
暫く撫でているとだんだん夫の寝息が穏やかなものに変化してくる。そうしてマリアも安心して再び眠りにつくのだった。
結婚して半年が過ぎた。
オリバーは役場の仕事で久しぶりにサルバレーに来ていた。
サルバレーの役場で仕事を済ませ久しぶりに人足仲間の顔でも見ようかと船着き場に足を向けた。
ドン!
急に横から出て来た人とぶつかってオリバーは「すみません」と声を掛けた。
……まさ……か……
オリバーが凝視しているのに気が付いてぶつかった相手もしげしげとオリバーを見た。
「……ドミニク……」
「え?……も、もしかして……殿下?」
「やっぱりドミニクか!……生きて……生きていたんだな!」
「殿下!殿下もご無事で!……良かった!良かったです!殿下、大きくなられましたねえ」
ドミニクは懐かしそうに目を細めた。
ドミニクが生きていた!ソヴァッツェ山脈の山道に入るためにクルトと一緒にトシュタイン王国の兵士たちに向かって行ったドミニクが。
オリバーの目からは熱いものが絶え間なく流れていた。
「殿下、あっ、いや殿下はマズいのか?お時間ありますか?良かったらあれからの話を聞かせてください」
「オリバーと呼んでくれ。もちろんだ。私もドミニクの話を聞きたい」
船着き場から離れた居酒屋に二人で向かった。歩き出した時にオリバーはドミニクの腕に気が付いた。
「ああこれですか。へへっあん時ヘマしちまってね。まあもう慣れましたよ」
ドミニクは左腕の肘から下が無かった。
次回、最終話です。




