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「竜だ!!」


 野生の竜がゾームに襲い掛かろうとしていた。

 竜は本来は穏やかな性質である。自分が襲われない限り人に牙をむくことなどありえない。その竜がゾームに襲い掛かろうとしているのだった。


「わあっ!」


 ゾームは竜に向かってマリアを突き飛ばした。マリアの前に竜のぱっくり開けた口が迫る。鋭い牙が見え騎士たちは思わず目を瞑った。


 ガチン!竜は寸でのところで口を閉じるとマリアを回避してゾームに襲い掛かる。


「く、来るな!化け物!あっち行け!」


 ゾームは闇雲に剣を振り回すがキンッと鋭い爪に当たり剣が折られるとそれを放り投げて逃げ出した。

 しかし人間の足が竜に敵うわけもない。あっさり捕まると鋭い爪で引き裂かれ牙に引っかけられて放り投げられ傷だらけになる。


 ゾームが竜に襲われているのを見て部下たちは一目散に逃げだした。


「竜を刺激しないように注意しながら捕縛しろ!」


 騎士たちがそいつらを見逃す筈も無く、彼らはあっさりと騎士たちに捕縛された。


 マリアは竜の前に投げ出され大きく開けた竜の口を見てもう駄目だとぎゅっと目を瞑った。しかし一向に痛みは訪れない。恐る恐る目を開けると竜はマリアの背後でゾームに襲い掛かっていた。

 へなへなと全身の力が抜ける。座り込みそうになってハッと気が付いた。


「オリバー!!」


 震えている足を必死に動かしてオリバーに駆け寄る。


「オリバー……ああオリバー……」


 助け起こしたいが後ろ手に縛られたままだ。オリバーの傍に膝をつき必死に呼びかける。


「……う……」


 殴られ蹴られ、気を失っていたオリバーが意識を取り戻した。


「マリア……無事か……良かった」


「オリバー、ごめんなさい。私のせいであいつらに……」


「マリアのせいじゃないよ。ともかくマリアが無事で良かった。あいつらは?」


「急に竜が……」


 ギャオオオ―――


 ゾームを引っ掻き投げ飛ばしボロボロにした竜がぐりんとマリアとオリバーの方を向いた。


「ひっ!」


 マリアが悲鳴を上げる。竜はゾームを放り投げオリバーとマリアの方に向かってきた。


 マリアは咄嗟にオリバーの上に覆いかぶさった。何とかオリバーだけでも助かって!

 しかしオリバーは渾身の力で身体を入れ替えた。マリアをぎゅっと抱きしめ身を守るように蹲る。


 トシュタイン王国の奴らを捕えていた騎士たちは竜がオリバーとマリアに向かったのを見て焦った。

 急いで駆け寄ろうとするが間に合わない。


 竜が大きな口を開けて―――


 べろん。




 ―――え?


 べろん、べろん。


 竜がオリバーの身体を嘗め回している、まるで早く傷が癒えるようにと。

 オリバーが伏せていた顔を上げるとその顔も竜はべろんべろんと嘗めた。


「わっぷ!大丈夫!僕は大丈夫だからやめてくれ!」


 手で押しのけると竜はじっとオリバーを見つめた。


「助けて……くれたのか……ありがとう」


 オリバーが竜の鼻面を撫でると竜はキュルルと嬉しそうに鳴き翼を広げた。


 そのまま空高く舞い上がると数度頭上を旋回し竜はどこかへ飛び去って行った。




 後に残されたのはマリアを抱きしめたオリバーと捕縛され縄をかけられたゾームの部下、オリバーとマリアに駆け寄ろうとしてポカンと口を開け立ち止まっている騎士たち。そしてボロボロになって横たわっているゾーム。


 ……竜が……助けてくれた?


 皆目の前で起こったことが理解できなかった。竜と共にあるヴェルヴァルム王国の者でさえ、いやヴェルヴァルム王国の者だからこそ理解が出来なかった。

 貴族が契約している契約竜であれば理解できる。契約竜は契約者の魔力を与えられ契約者と意思疎通が出来るのだから。しかし野生の竜は人に近づかない。ましてや特定の人間を助けようとするなどありえなかった。

 どうして竜が助けてくれたのか?その答えらしきものを持っているのはオリバーだけだった。オリバーは遠い昔、あのソヴァッツェ山脈の渓谷で助けてくれた竜のことを思い出していた。今回助けてくれた竜があの時と同じ竜なのかそうでないのかはわからない。けれどきっと竜が助けてくれたのはこの身に流れる竜神の血のおかげだろう。


「オリバー、立てるか?」


 目の前に出された手に顔を上げればスティーヴが微笑んで身を屈めていた。


「あっああ。大丈夫……いてて」


 スティーヴの手を借りて立ち上がる。マリアは他の騎士に縄を解いてもらっていた。


「班長!」


 騎士の声にみんなが振り返ると先ほどこの場から去った二人の騎士が怪しげな男二人を捕えやってくるところだった。


 後の調べで判明したことだが、この二人はヴェルヴァルム王国に潜入していた密偵でゾームが逃げ出したのもこの二人の手引きによるものだった。あのあばら家でゾームと落ち合う予定だったらしく爆弾なども所持していた。



 ゾームは多数の切り傷、打撲、数カ所の骨折にもかかわらず命に別状なかった。

 気絶したゾームはグルグル巻きに縛られ痛みに呻きながら馬の背に乗せられ引っ立てられていった。



 縄を解かれたマリアとオリバーは向かい合った。


「マリア、怪我は?」


 マリアは首を振る。


「私より……オリバーが酷い目にあって……」


「こんな怪我なんかなんともない。マリアが無事で良かった」


 微笑んだオリバーに恥ずかしくなってマリアは下を向く。

 え?は?ちょっと待って、私の恰好ありえない!


 あいつらに引き裂かれ半ば露になった胸元。スカートも引き裂かれ足が腿の辺りまで見えてしまっている。髪もあいつらに引っ張られてぐちゃぐちゃ、突き飛ばされたので手足だけでなく顔まで土まみれ……


「いーーーやーーー!!」


 自分の身体を抱きしめて蹲ったマリアにオリバーは動揺した。


「マリア、どうした?どこか痛いところが?あいつらにひどい目にあわされたのか?」


 蹲ったままマリアは涙目でオリバーを見上げた。


「私……こんなみっともない恰好で……は、恥ずかしい……」


 あ、今更のようにオリバーは気づいて真っ赤になった。一度意識してしまうとマリアの手に隠されているが隠しきれず目に入ってしまう胸元の白さやちらちらと見える腿の滑らかさが気になって目が離せなくて……って僕は何を考えているんだ!

 オリバーは無理矢理マリアから目を引きはがし上着を脱ぐとマリアに掛けた。


 オリバーの上着を着てマリアはようやく立ち上がるとオリバーの袖を掴んで言った。


「こんなみっともない姿……オリバー、私の事嫌いになった?」


 上目遣いに涙目で見上げるマリアにオリバーは……いや、どんな格好でもどんな仕草でも関係ない。とっくにマリアはオリバーにとって唯一の存在だったのだ。誰にも任せることは出来ない唯一の存在。



 父上、母上ごめんなさい。イヴァン、アリーナすまない。アレンス子爵、クルト、ドミニク、僕を助けるために死んでいったみんな……ごめん。




「どんな格好をしていても僕がマリアを嫌いになることは無いよ。……マリア、愛してる」




 マリアは目を見開いた。そのまま固まったように動かない。


 オリバーの初めての愛の告白だった。


 オリバーはずっとマリアを守ってくれた。大事にしてくれた。でも決して愛しているとか好きだとか言ってくれたことは無かった。マリアの気持ちは知っていた筈だが応えてくれたことは一度も無かった。

 オリバーは何か秘密を抱えている。心に葛藤を抱えている。マリアはそれを暴こうと思ったことは一度もない。ただオリバーが辛い時、苦しんでいる時寄り添っていたいだけだ。ぬくもりで少しでも苦しみが癒えたらと思うだけだ。

 その秘密のせいなのか、それともマリアを恋愛対象に見ることが出来ないからなのかオリバーは一緒に暮らしたこの一年半の間、マリアとの間に壁を作っていた。兄のような保護者のような態度を崩したことは一度として無かった。

 いや、先日のデート、あの時初めてマリアはオリバーと甘酸っぱい時を過ごしたのだ。やっと私の気持ちが通じたのかな?オリバーも私のことを好きになってくれた?と有頂天になりかけたが、その後オリバーの態度はいつもと同じに戻ってしまったし、今日の朝別れるときはまるでオリバーが永久の別れを告げているように感じられた。


 不安を抱えたままいきなり攫われて森の奥の小屋まで連れてこられた。小屋であの男たちに襲われそうになった。

 でもオリバーが助けに来てくれた。

 そしていきなりの愛の告白だ。マリアは頭が真っ白になった。


「……え?嘘……本当?……え?……」


 オリバーはマリアをそっと抱きしめると耳元で言った。


「本当だ。僕はマリアを愛している。他の誰にもマリアを任せたくないし、マリアがピンチの時は僕が一番に助けに行きたい。ずっと……マリアを守っていきたいんだ」


 その言葉は嬉しかった。一番近くにいたのに決して届かなかったオリバーが今ここに居る。でもマリアは一つだけ不満があった。


「オリバー、私もオリバーを守りたい。オリバーとずっと一緒に生きてあなたを守りたい」


 二人は見つめ合いお互いの顔が近づいて……


「はいはい、その続きは家に帰って二人きりの時にしてくれないか」


 パンパンと手を叩く音に二人が周りを見回すと……


「いーーーやーーー!」


 マリアは再び顔を覆うとしゃがみこんだのであった。

 





 

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