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「オリバーと申します。よろしくお願いします」


 フェルジット商会に出勤してすぐにオリバーは会長の元に連れて行かれた。

 正直驚いた。まさか下っ端の従業員が商会に入って直ぐに会長の元に連れて行かれると思わなかったのだ。


「ああ、聞いているよ。君はなかなか優秀だそうだね」


 会長はニコニコしながら話しかけてくる。


「君は我が商会で扱っている物を知っているかね?」


 そこからオリバーは商会で扱っている品物の特性や産地、扱いの難しい品物の注意点からこの大陸にある国々の地理や気候、政情、果ては王都で流行っている物まで幅広い質問を投げかけられた。上手く答えられたかはわからない。王都の流行など全くわからない。ただ最近荷運びが増えた品目から推測して答えたまでだ。


 質問が一段落すると会長は満足そうに頷き、オリバーは会長の元を辞した。


 オリバーに最初に与えられた仕事は倉庫の管理だ。いや、管理の見習いだ。輸入された品々がちゃんと数量通り届けられているか、品質が保たれているかをチェックし、仕分けして保管する。配送先に仕分けして何日何時の荷馬車に積み込むのかをチェックする。その説明を受けながら仕事の流れをメモしていると主任に声を掛けられた。


「オリバーちょっと来てくれ、部署を変える」


 勤めて半日で部署替えだ。なにか不味い事をしたんだろうか?いや、する間もない。


「会長が一週間後にヘーゲル王国に行くんだが、君も同行するようにとのことだ」


「え?僕がですか?」


 新人研修の一環だろうか?


「ああ、異例の事なんだが会長が君のことを気に入ってね。ヘーゲル王国の北西部にロゼという町があるんだが」


「織物で有名なところですね」


「やっぱり知っていたか。そこで新たな手法で織られた織物があるそうなんだ。その買い付けに君も一緒に行くようにとのことだ」


 さっそく来た!ヘーゲル王国に行くチャンスだ。それもロゼという町はヘーゲル王国とトシュタイン王国の国境に近い。


「あの、僕はその織物を輸入する仕事に関われるんでしょうか?そうしたらロゼという町に度々出かけることになりますか?」


「なんだ?気が早いな。まあお前も少しは関われるだろうが勤めたばかりのお前は現地に行く機会なんて今回を除いたら十年ぐらいは無いんじゃないか?異国に憧れる気持ちもわかるが地道に出世することだな。大体異国といってもこのヴェルヴァルム王国に比べればどこの国も田舎だぞ?」


 それは知っています。とはオリバーは言えなかった。オリヴェルトとして過ごしたリードヴァルム王国はこのヴェルヴァルム王国よりもずっとずっと田舎だった。ヴェルヴァルム王国の王都には行ったことが無いが地方の侯爵領の領都でさえもリードヴァルム王国の王都より大きく豊かで発展していた。ヴェルヴァルム王国はこの大陸一の大国なのだ。


 主任の後をついて歩きながらオリバーは巡ってきたチャンスに期待と焦りを感じていた。


 ついにヘーゲル王国に渡ることが出来る。ヘーゲル王国を北上すればトシュタイン王国だ。それもロゼという町は北西部にあり、トシュタイン王国の西は旧リードヴァルム王国に近い。祖国に帰ることが出来るのだ。祖国に帰れば共に戦ってくれる同志を募ることが可能だろうか?いや、彼らが幸福に暮らしていれば巻き込むわけにはいかない。その時は一人でトシュタイン王国の王族に一矢報いる方法を探すことにしよう。

 高揚してくる意識と共に、もうマリアとお別れなのだという言い知れぬ寂しさで胸がいっぱいになる。あと一週間でマリアに見送られて仕事に行くことも彼女が作った夕食を食べ、その日あったことを報告し合ったり笑い合ったり、時にはマリアが拗ねてそれを必死で宥めたりすることも無くなるのだ。


 相反する二つの感情でオリバーの心は揺れ動いていた。





「おかえりなさいオリバー」


 迎えたマリアは上機嫌だ。

 二人で夕食を食べている間も時折「クフッ」と笑みを漏らしている。


「何か今日良い事でもあったのか?」


 オリバーが聞くとマリアは顔を赤らめううんと首を振った。


「昨日のテート、楽しかったあ。今日一日昨日のことを思い出してニマニマしちゃってたの。お店のお客さんにも聞かれちゃったわ」


 確かに昨日のデートは楽しかった。マリアと繁華街の色々なお店をひやかし、人気のカフェでお茶とスイーツを楽しんだ。アクセサリーのお店で買ったマリーゴールドの髪飾りは今もマリアの髪を彩っている。カフェでは気に入ったスイーツを分け合った。街中でオリバーがマリアの手を引くとマリアはハッとした表情をした。「人が多いからはぐれるといけない」前を向いてズンズン歩きながらオリバーがそう言うとマリアはそれはそれは嬉しそうに顔を赤らめたのだった。そうしてちょっと高級なお店でディナーを食べ夜道を手を繋いで帰ってきたのだった。


「マリア、その髪飾り似合ってるよ」


 オリバーがそう言うとマリアは不思議そうな顔をした後少し不安そうな顔をした。


「どうした?それ、気に入らなかった?」


「ううん、これは私の宝物よ。その……嬉しいの。オリバーがプレゼントをくれたことも嬉しかったし褒めてくれるなんて初めてじゃない?だからとっても嬉しいの。昨日のデートも夢みたいだったの。だから……今こんなに幸せだから何か悪いことが起きるんじゃないかと不安になってしまっただけなの」


「悪い事なんて起きないよ。マリアはもっと幸せになっていいんだ」


「オリバーも一緒にね」


 にっこり笑うマリアにオリバーはやっとの思いで「……そうだな」と返した。

 ごめん、マリアごめん。


「ねえ見て!オリバーに貰ったペンダントも肌身離さず着けているの」


 マリアが服の下から引っ張り出したペンダントは魔道具のペンダントだ。そう言えば以前渡したきりすっかり忘れていた。


「オリバーに貰ったものは全て宝物なの。この眼鏡もそうだし、小さい頃に貰ったお花も押し花にしてあるし木を削って作ってくれたうさぎも大事に仕舞ってあるわ」


 楽し気に話すマリアを直視できなくてオリバーは下を向いたまま言った。


「マリア、僕はヘーゲル王国に行く」


 一瞬、マリアはポカンと口を開けたまま固まった。


「……お仕事で?」


「ああ。出社して会長と面接したらなぜか気に入られてヘーゲル王国に同行することになった」


「凄いじゃない!ああ吃驚した。オリバーがヘーゲル王国に行ったきり帰ってこないかと思っちゃった」


 胸を撫でおろしながらマリアが聞く。


「どのくらいの期間行くの?」


「ヘーゲル王国の北西部の街まで行くから一か月くらいかかるんじゃないかな」


「大変!荷物の準備をしなくちゃ!出発は?」


「一週間後」


「まあ!忙しくなるわ!あっ、私の事は心配しないでね。おとなしく帰りを待っているから」


「……スティーヴに……スティーヴに頼んでいくから」


「スティーヴさんに?そんな、ご迷惑だわ。スティーヴさんはお忙しいんじゃない?それに仕事が終わったら王都に帰るだろうし」


「スティーヴに頼んでいくから。なにかあったら彼を頼るんだ。いいね!」


 オリバーがあまりに強い口調で言うのでマリアは頷いた。



 マリア、ごめん。











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