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 家を出ようとした時にスティーヴが訪ねてきた。


「やあおはよう!オリバー、マリアちゃん」


「おはようスティーヴ。事件が解決して王都に戻るのか?」


「いや、逃げた残党も数名いるし、押収品を調べたり捕まえた奴らも調べなきゃならないからもう少し滞在するよ。ただ残党は小物ばかりだから捕まえるのも時間の問題だな。というわけでマリアちゃんももう出歩いても大丈夫だろう。今日はそれを伝えに来たんだ」


 スティーヴの言葉にマリアは喜んだ。


「良かったわ。じゃあ早速定食屋の御夫婦に明後日から仕事に復帰できますって伝えてくるわね」


「明後日?」


「うふふ、明日はオリバーとデートなの!」


 スティーヴの問いにマリアは満面の笑顔で答えてスティーヴにぺこりと頭を下げた。


「スティーヴさん、守って下さってありがとうございました。あの恐ろしい話を聞いてしまった時は不安でいっぱいだったけどスティーヴさんがいてくれて物凄く安心できました」


「いや、こちらこそマリアちゃんのおかげて捜査が進展して爆弾テロを防ぐことが出来たんだ、ありがとう。もう安全だとは思うけど一応身の回りには注意してくれ。俺もしばらくはここに通うし定食屋の方にも顔を出すから」


「ふふっ、お得意様ですものね。いつもありがとうございます」


「じゃあ」


 辞去しようとするスティーヴにオリバーが声を掛けた。


「僕も仕事に行くから一緒に出るよ」



 スティーヴと歩きながらオリバーはスティーヴに向かって言った。


「スティーヴ、今日の夜二人きりで話せないか?」


「いいけど、事件の事か?」


「マリアのことだ」


 スティーヴは少し辛そうな顔をした後、「わかった」と答えた。

 仕事終わりに会う約束をしてオリバーはスティーヴと別れた。





 夕方待ち合わせをしてオリバーはスティーヴと居酒屋に入った。

 奥まった席に二人で座る。人に聞かれたくない話ではあるが、喧騒に満ちている居酒屋であれば余程の大声でも出さなければ隣の席に話が聞こえることは無いだろう。


 料理と飲み物が全て来て店員が去ってからオリバーは改めてスティーヴにマリアを守ってくれたお礼を言った。


「俺は騎士だ、守るのは当然のことだよ。こちらこそ色々協力してくれてありがとう」


「出来れば今後もマリアを守って欲しいんだ」


 オリバーの言葉の意味がわからずスティーヴは困惑した表情を見せた。

 暫く黙っていたが、オリバーは意を決したように言った。


「僕とマリアは兄妹じゃないんだ」


 オリバーの告白にスティーヴは少し黙ってから「……知っていたよ」と答えた。


「え!?いつから?マリアに聞いたのか?」


「いや。だけど普通わかるだろ。マリアちゃんはお前の事『オリバー』って呼んでいるし、お前たちの間の空気は兄弟のものじゃなかったからな。マリアちゃんがお前に向けるあの甘い眼差しを見て、むしろばれていないと何故思っていたのか不思議だよ。俺は何か事情があって駆け落ちした夫婦が兄妹と名乗っているとずっと思っていた」


 だから今日のオリバーの話は「実はマリアとは兄妹じゃなくて夫婦なんだ」という告白だと思っていたのだ。一応兄弟と名乗っているのだからマリアに恋情を持っていてもいいだろうと自分に言い訳をしていたがついに失恋記念日かと思ってスティーヴはやって来たのだった。


「え!?い、いや、僕たちは夫婦じゃない。それは本当だ。僕とマリアは同じ孤児院で育ったんだ。兄妹みたいなものだろう?」


 同じ孤児院で育ったとしてもマリアがオリバーに向ける眼差しは兄に対するものではないし、それはオリバーとて同様だ。こいつは自分が時々マリアに切ないほど愛しい眼差しを向けていることに気が付いていないのだろうかとスティーヴは思ったが黙っていた。目の前のオリバーはマリアへの思いを認めそうも無かったし話が進まないのでまずはオリバーが何を望んでいるのか聞いてみようと思ったのだ。


「……眼鏡を外したマリアを見てわかってくれると思うが、マリアは何度も異性関係のトラブルに巻き込まれてきたんだ。僕はマリアを託せる人をずっと探していた」


「それが俺だっていうことか?」


「ああ、スティーヴは信頼できる。きっとマリアを幸せにしてくれる。それともスティーヴには決まった人がいるのか?マリアのことをどう思っている?」


 思わず身を乗り出そうとするオリバーをスティーヴは制した。


「ちょっと落ち着け。まず俺には妻も恋人もいない」


「マリアの事は?マリアの事はどう思っている?王都の騎士様には孤児なんて不釣り合いだろうか?」


「……マリアちゃんのことは可愛いと思っているよ。騎士って言っても平民だしな、孤児だろうとそこは問題ない」


「じゃあ―――」


「マリアちゃんはお前の事が好きなんだろう?オリバー。お前が守って幸せにしてやればいいじゃないか」


 スティーヴの言葉にオリバーは気まずそうに黙った。しかし俯いて沈黙した後、オリバーは再び顔を上げた。


「僕は駄目だ。マリアの事は妹みたいにしか思っていない。でもマリアには幸せになってもらいたいんだ」


 ……それは嘘だ。オリバーもマリアのことを好いている。スティーヴは確信していた。でもオリバーはそれを隠そうとしている。


「なあオリバー、それなら何故そんなに辛そうな顔をしているんだ?本当はマリアちゃんを他の男になんて託したくないんだろう?」


「そ、そんなことは無いよ。とにかく僕は駄目なんだ」


 何だろう?オリバーは何かを抱えていてマリアと一緒になれないと思っているのだろう。

 大体、いくら同じ孤児院で一緒に育ったからと言ってずっと二人きりで生活してマリアに近づく男をオリバーは退けてきたのだ。それはマリアのことを愛していると言っているようなものじゃないかとスティーヴは思った。

 マリアのことを託せる相手だと信用してくれたことはスティーヴは嬉しかったし、マリアの事は嫌いじゃない。それどころか、最初はこんなに可愛くて明るい嫁さんが来てくれたらいいなと思っていたのだ。しかしマリアとオリバーを見ていてその気持ちには蓋をした。二人の間にはとても割り込めないと思ったからだった。未練がましく本当は夫婦だと告白されるまでは片思いでもいいだろうと気持ちを引きずっていたが。


「マリアの事、引き受けてくれないか?」


「……マリアちゃんの気持ち次第だ。俺からはなんとも言えない」


 それはそうだろう。本当は約束して欲しかったがオリバーは諦めた。でもこの話をしたことでスティーヴはマリアを気にかけてくれるだろう。マリアはスティーヴの事を気に入っている。僕がいなくなれば気持ちがスティーヴに向くに違いない。

 胸の奥の傷にオリバーは気が付かないふりをした。

 この話をスティーヴにしてからずっと、いや、マリアの隣りにスティーヴが立ってマリアがスティーヴに微笑みかける想像をする度にオリバーの胸の奥は刃物で切られるような傷が増えていった。

 でも僕は駄目だから。僕にはやらなくちゃいけない事がある。そして僕はきっと生きてはいない。だから僕はマリアを幸せにすることが出来ない。だから、オリバーはどうしてもマリアをスティーヴに託したかった。


「僕は明後日からフェルジット商会に勤めるんだ」


 唐突に話題が変わりスティーヴは面食らいながら「ああそうだったな、おめでとう」と言った。


「フェルジット商会に勤めたらヘーゲル王国に出張に行くこともあると思う。それを機会にマリアから離れるつもりだ」


 どうしてだ?どうして急にマリアから離れる必要があるんだろう?オリバーの気持ちがスティーヴには全然理解できなかった。


「ヘーゲル王国は確かに外国だけど、船でメリコン川を渡るだけだ。一日もかからないだろう?王都よりよっぽど近いぜ。まあ入国審査だのなんだのと手続きには時間がかかるけどな」


「でもいい機会だろう?僕がいつまでもマリアの傍にいる訳にはいかない」


 居りゃあいいだろう?結婚してマリアの傍に居てやれよとスティーヴは思った。

 俺はマリアちゃんが好きだ。惚れかけていたと素直に言ってもいい。でもその気持ちには蓋をした。オリバーほどマリアを愛せないと思ったしマリアにオリバーより好かれる自信も無かったからだ。それなのに目の前の男は何を言っているんだろう?どうして頑なまでにマリアへの気持ちを認めないのだろう?

 だんだんスティーヴは馬鹿馬鹿しくなってきた。


「わかった、マリアちゃんのことは俺も気にかけておくよ。オリバーがいない間は特にな。俺が王都に帰るまでだけど、それでいいか?」


「……それでいい。よろしく頼む」


 スティーヴがいつまでこのサルバレーに居るかわからない、オリバーがいつヘーゲル王国に行けるかわからない。しかしフェルジット商会は新しい従業員が入るとまずヘーゲル王国に連れて行って異国の雰囲気を肌で体験させるそうだからそう遠い未来ではないだろう。

 

 僕がいなくなればマリアは悲しむだろう。でもスティーヴが支えてくれることをオリバーは信じた。




 






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