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「オリバー、マリアちゃん、俺は実は騎士なんだ。内密で爆発物や武器の密輸を調べていた」


 スティーヴの言葉にオリバーは驚いた。


「スティーヴ、君は貴族だったのか?」


「貴族?ああ、違うよ。俺は王国騎士団の騎士なんだ。竜に乗って闘うのが竜騎士団で竜騎士団は竜と契約するから全員貴族なんだけど王国騎士団は貴族と平民が半々だな。俺は平民だ、魔力は無い」


 騎士団に違いがあるなんてオリバーは初めて知った。とりあえずスティーヴの職業はわかった。王国騎士団の騎士ならマリアを守ってくれるだろう。


「俺の身分やこの地で何を調べていたかということは黙っていて欲しい」


「もちろんだ」


 オリバーの言葉と共にマリアも頷いた。


「マリアの安全は」


「もちろん守るよ。マリアちゃんのおかげで今回の調査で重要な手掛かりを掴んだんだ。王国騎士団で厳重に警護する」


 スティーヴはマリアの入れたお茶を一口飲み、今から話す内容は他言無用だと前置きして話し始めた。


「ひと月前、王国騎士団は爆弾テロの情報を掴んだんだ。トシュタイン王国が、第一王子のお披露目の際爆弾テロを起こし第一王子や王族の殺害を目論んでいるらしいというものだった」


 トシュタイン王国の名前が挙がった途端オリバーは頭にカッと血が上った。

 

「トシュタイン王国……奴らはまたそんな非道を……」


「そうなんだ。オリバー、よく知っているな。あいつらは過去何度もこの国に攻め込んできたり、テロを起こして人々を苦しめて来たんだ。もちろん俺たちは常に注意してあの国を観察しているし、だから今回もその情報を掴むことが出来た。それで今回、爆弾テロに使う爆弾をヘーゲル王国経由で密輸しているらしいという情報をもとに俺たち騎士が数名サルバレーに潜入して調べていたんだ」


「トシュタイン王国の企みは許しておけない。僕にも是非協力させてくれ!」


「頼もしいなオリバー。是非協力してくれ。実はな、俺はベッカー商会が怪しいと思っているんだ」


 その言葉にオリバーは思い当たることがあった。積み荷の重さや数が事前の申請した輸入品の品目と違っていたことだ。なにか申告漏れがあったんじゃないかと担当の役人に確かめてみたのだが役人は調べたところ不審なところはなかったと言っていたのだ。


「ベッカー商会の船は二日後にもう一度来るな……」


「そうか!オリバー、積み荷を注意して見ててくれ。騎士団の方で船を調べる」


「わかった」


「それからマリアちゃん」


 急に呼ばれてマリアは「は、はい!」と焦って返事をした。


「俺と一緒にこっそりベッカー商会の人間や税関の職員の面通しをして欲しいんだ。マリアちゃんの見た四人だけが一味というわけではないだろうけど、数人でも身元が割れればそこから手繰り寄せていける」


 緊張した面持ちでマリアは頷いた。


「マリアちゃんの身に危険が及ばないように俺が全力で守るよ。それに変装してもらうからパッと見マリアちゃんだとわからないようにする」


 スティーヴの言葉にオリバーはハッと思い、マリアに眼鏡を外すように言った。


「マ……マリアちゃん?……まるで別人だ……」


 眼鏡を外したマリアを見て驚き固まったスティーヴにオリバーが説明する。


「その……マリアはこの容姿のおかげで今まで質の悪い貴族に目をつけられたりトラブルに巻き込まれてきたんだ。それで……()()()()()()()()()()()を普段は掛けるようにしていたんだ……」


「そうか、眼鏡を外すとものすごい美人だ。本当に似合わない眼鏡なんだなあ。あっ!べ、別に普段が美人じゃ無いって訳じゃ……も、もちろん普段も可愛いよ。マリアちゃんの魅力は溌溂とした雰囲気とかキビキビとお客さんの注文を取ったり料理を運ぶ動きとか……」


 焦って言い訳を始めたスティーヴを見てマリアがクスクス笑う。スティーヴは魔力が無いのでマリアの眼鏡が魔道具だとの考えに至らなかったようでオリバーはホッと息をついた。


「と、とにかくその姿ならマリアちゃんだとバレないだろう。服装も普段と全く違うように変えてみよう」



 


 その後、スティーヴが一緒に潜入している騎士たちに相談して具体的な行動が決まった。


 スティーヴはオリバーとマリアの家に暫く住み込んで二人の身を守る。それとマリアは貴族の令嬢に変装して従者のスティーヴと共に輸入品の買い付けに来たという名目でベッカー商会や税関を訪ねあの時見た四人の男を探す。


 オリバーはベッカー商会の荷に注意して違和感があれば騎士に報告する。

 そのために他の潜入している騎士の人も紹介してもらった。マリアは暫く定食屋を休むことになった。



 数日後、様々な事が判明した。


 マリアが見た四人の内の一人はやはり税関の職員だった。それも輸出入品の検査をする課の課長だった。部下にも数人彼の息のかかった者がいるらしくあぶり出しと輸入品の検査を偽装して密輸品を素通りさせた証拠を現在は集めている。


 二人目はベッカー商会の輸送責任者で商会の代表的位置にいる者だ。それと三人目がヴェルヴァルム王国にあるベッカー商会の支店長なのでベッカー商会は商会ぐるみで今回の爆弾の密輸に関係しているとみていいだろう。

 ベッカー商会は数年前からヴェルヴァルム王国で支店を構えヘーゲル王国の工芸品などを販売している。これまでも様々な密輸品を扱ってきたのだろう。


 船着き場でマリアを探しまわっていた人相の悪い男たちは商会の船の船乗りだということだった。本当の船乗りももちろんいるだろうが一部の者はトシュタイン王国の手の者だと思われる。


 そして四人目の男、彼だけが素性がわからなかった。どうやらベッカー商会の船に乗ってきたらしいがその後誰も彼の姿を見ていないのだ。彼こそが今回の爆弾テロの指示役とみていいだろう。


 国交があるヘーゲル王国の者は税関でちゃんと手続きをすれば一定期間の滞在が認められる。その為には正規の書類と様々な手続きが必要になるが常にヘーゲル王国とヴェルヴァルム王国を行き来している商会の者ならば比較的簡素な手続きで済む。オリバーもそれを狙ってこのフェルザー伯領一番の商会、フェルジット商会に雇ってもらうべく頑張っていたのだ。先日やっと勤められることになりあと二週間でオリバーは今の人足頭を辞めることになっていた。


 そういう手続きの簡素さを利用して密入国してくる者は多いだろう。もちろんそれを阻止すべく税関で調査が行われるし、身元を偽って入国したことがバレれば密入国者ばかりでなく商会も罰を受ける。しかし税関の職員を抱き込んでいればバレることも無い。


 ベッカー商会で輸入した荷物は現在はサルバレーのベッカー商会支店の倉庫に収められている。荷物は騎士がしっかり追跡し、所在が明らかになっている。この荷物は近日中に王都に輸送されることになっていた。


 タイミングを計ってサルバレーのベッカー商会支店、王都のベッカー商会支店同時に騎士団が踏み込み、爆弾など密輸品の押収と従業員の捕縛を行うことになった。

 同時に税関職員の逮捕とベッカー商会の船も押さえる。大規模な捕り物になるため現在このフェルザー伯領にはこっそりと騎士たちが集結しているらしい。もちろん領主、フェルザー伯爵には全てのことを報告しているし、税関と船の制圧はフェルザー伯指揮の元フェルザー伯領の兵士が行うことになっていた。

 


 事件はオリバーの手を離れた。マリアが密談を聞いてしまった当初は当事者として少し関わることが出来たオリバーだったが、騎士でも何でもない一平民が捕り物に参加できる筈も無く、オリバーは通常の人足仕事に明け暮れる毎日だった。

 マリアは念のため一味の捕縛が済むまで仕事を休むことになっているし、スティーヴもオリバーの家に滞在しマリアを守っている。そのスティーヴは調査の進展や捕縛計画を話せる範囲で話してくれていたのだが、オリバーはもう少し関わりたかった。トシュタイン王国の陰謀をこの手で打ち砕いたという実感が欲しかったのだ。トシュタイン王国の奴らに一矢報いたい、奴らの悪だくみをこの手で打ち砕きたい。それが長年のオリバーの願いだったのだから。

 

 しかし現実にオリバーのできることは何もなく、ただ日々の仕事を淡々とするだけだった。

 わかっている、オリバーが素人考えで騎士団の邪魔をする訳にはいかないことは。

 わかっている、今回のテロの首謀者は遠くトシュタイン王国の王宮にいて、この地にいるのは下っ端だ。彼らを捕えたとしてオリバーが仇を討ったことにはならないことは。


 それでもオリバーは何かをしたかった。落ち着かない心を抑えつけて淡々と仕事をしていた。



 一斉捕縛の日は近かった。


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