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 マリアとスティーヴが家が見えるところまで来ると家に明かりが灯っているのが見えた。

 辺りは既に薄暗い。


「あ、帰って来てる」


 マリアが小走りに家に近づくと玄関の前にオリバーが立っているのが見えた。


「マリア!遅かったね」


「ごめんなさい、つい買い物し過ぎちゃって。あ、この方はスティーヴさんって言ってお店の常連さんなの。荷物を持ってくれたのよ」


 オリバーはマリアの傍らの青年を見た。がっしりした体型の青年は人懐こそうな笑みを向けたが瞳に戸惑ったような色が見える。


「ありがとうございます。マリアの兄のオリバーと言います」


 オリバーが兄と名乗ると青年の瞳の戸惑いが消えた。


「スティーヴです。あの、マリアちゃんを偶然見かけて重そうだったんで手伝っただけです。俺にとっては全然重くないんで……その……」


 今までにもマリアに親切にしてあわよくばという男は何人もいたがマリアが眼鏡を掛けてからは初めてだ。目の前の青年はマリアの容姿ではなく性格に好感を持っているのだろう。


「あ、そうだ!スティーヴさん、良かったら夕食をご一緒にどうですか?私が作るのでお店の定食よりだいぶ味は落ちちゃうけど」


 オリバーは驚いた。今までの経験でマリアは好意的な男性に対し警戒心が強い。オリバーがいるとは言え簡単に家に招き入れることなど無かった。


「え!?いいの?俺は嬉しいけど」


「うん、荷物を持ってもらったお礼よ。いい?オリバー?」


「ああ、もちろんだよ」



 スティーヴを家に招き入れマリアが夕食を作る間オリバーはスティーヴと色々な話をした。オリバーより二つ下のこの青年にオリバーも好感を抱いた。


 スティーヴはオリバーが船着き場で人足をしていることを知ると興味を示し後日見学に行ってもいいかと訊ねた。見て面白いものではないと思ったが隠すものでも無いのでオリバーは快諾した。


 この夕食をきっかけにスティーヴはオリバーやマリアとどんどん親しくなっていった。






「へえ!オリバーは人足頭をしているんだ!」


 スティーヴが感心したような声を上げる。スティーヴがオリバーの職場を訪ねてきたのだった。


「オリバーは長くここで働いてるの?」


「いんや、まだ三か月ぐらいだよにいちゃん」


 スティーヴの問いに答えたのは人足仲間の男だ。

 今は休憩時間で船着き場の片隅で人足仲間と数人で飲み物を飲んだり体を休めたりしていた。


「こいつはすげえんだ。朝に今日着く船の荷物の量とか中身を全て覚えちまうんだよ」


「そんで、何時に何人どの船に行って荷を運べばいいか全部わかっちまうんだ」


「そうそう、今までは人数が多すぎて人が余っちまったり逆に足りなくてしんどい思いをしたこともあったけどこいつが割り振るようになってから一度もねえんだよ」


「それにこの荷物は壊れやすいから特に注意してくれとかこの荷物は日向に置かないで日陰に積んどいてくれとか現場で指示してくれるから苦情も来なくなったしな」


「すごいんだなあオリバーは!」


 素直に感激するスティーヴを見てオリバーは少し面映ゆい気持ちだ。

 魔道具研究所の研究員たちの無茶振りに比べれば人足仕事の差配はそう難しい事ではない。それに仕事ぶりを評価されて輸出入をしている大きな商会から従業員にならないかと先日お誘いを受けた。

 その商会、フェルジット商会はヘーゲル王国と商取引をしているので商会の従業員になればヘーゲル王国に行くことが出来る。ヘーゲル王国に渡ることが出来ればトシュタイン王国までそう遠くはない。

 オリバーはトシュタイン王国に向かう足がかりを掴めそうなのだった。


 後はマリアを託せる人がいれば……それは目の前の青年ではないかとオリバーは思っていた。

 スティーヴは気持ちのいい青年だった。それにマリアに好意を抱いているように見える。それにマリアも珍しくスティーヴに気を許しているようだ。スティーヴが何の仕事をしているか聞いていないのでそれを確かめる必要はあるが、彼の人柄をオリバーは気に入っていた。

 マリアをスティーヴに託す……それを考える度にオリバーは胸の奥を刃物で切られたようなズキンとした痛みを覚えたがそれには蓋をした。胸の奥が傷だらけになっても蓋を外さない覚悟はあった。

 オリバーはいずれマリアの傍を離れるのだ。帰ってくることは無い。生きていることも無いだろう。

 オリバーが死にたいと思った幼いあの日、死の淵から救ってくれてオリバーの傷を癒し続けてくれたマリアには絶対に幸せになって欲しかった。幸せになるところをこの目で見たかったけれど別れの時は近づいているとオリバーは感じていた。


「オリバーって全ての積み荷を量や中身まで把握しているの?一度も間違えないなんて記憶力が悪い俺には無理だなあ」


 スティーヴがうんうん頷くと一人の男が声を上げた。


「いや、一度だけ間違ったよなあ、ほれ、あんとき!」


「ああ、ベッカー商会の船な」


「そうそう、想像していたよりも荷物が重くてよ、個数も多かったし全然終わらなくて大変だったな」


「へえ、ベッカー商会?予定と積み荷が違っていたの?」


 初めてオリバーはスティーヴの冷ややかな声を聞いた。


「いや、違っているという報告は無かったし、積み荷は運んだあと役人の検査も受けるから僕の勘違いだったんだろう」


 オリバーはそう答えたがオリバー自身も納得していない事だった。









 ある日の夕刻、仕事を終えたマリアはふとオリバーを迎えに行こうと考えた。


 いつもはマリアが先に家に帰って夕食の支度をしてオリバーを待つ。それも楽しいが、たまには外でデートみたいに二人で食事をしてみたいと思ったのだ。お給料は入ったばかりだし、オリバーの職場の船着き場には何度も行ったことがある。


 船着き場に着いたとき遠くを歩くオリバーとスティーヴの姿が見えた。

 そうだ!物陰から急に目の前に出て吃驚させちゃおう!とマリアは悪戯っぽく微笑んで倉庫と倉庫の間の目立たない細い通路に身を潜めた。

 片方の倉庫は窓も無いのっぺりした壁だがもう片方の倉庫は事務室にあたるらしく窓がある。そこから話し声が聞こえたのでマリアは身を屈めた。

 

 最初は外をオリバーとスティーヴがいつ通るかということに意識が集中していたのだがふと頭上から聞こえる声に注意を奪われた。


「……爆弾……まだ足りない……」


「これ以上は無理だ!……怪しま……そんな!……」


「……役人なら……何のために高い金を……」


「もう少し時間を……」


「……王子のお披露目……時間が……」


「そんな!そんな恐ろしいことに!……聞いていな……」


「今更……王子を殺害……お前たちも仲間……」


 聞こえてくる単語は不穏な言葉ばかりである。ちょうど王国では二か月前第一王子様が誕生しあとひと月ほどでお披露目が行われると話題になっていた筈だ。

 この男たちは何か良からぬ企み事をしている。それが誰なのか顔を確かめたくてマリアはそうっと窓を覗き込んだ。

 マリアが中にいた四人の人物の顔を見た時ひとりの男が声を上げた。


「窓の外に誰かいるぞ!」


 マリアは急いで通路から飛び出した。


「うわっ!吃驚した!マリア、突然そんなところから……」


 驚いて声を上げたオリバーの口を急いで塞ぐ。通路から飛び出して来た人物がマリアだと知られたくなかった。

 

「待って、オリバー、マリアちゃん顔が真っ青だ」


 スティーヴが気が付いてオリバーに声を掛ける。


「オリバー、大変な話を聞いちゃったの。悪い人が私を捕まえに来るかも知れない」


 その言葉を聞いてスティーヴは素早く自分の上着をマリアに掛けた。


「オリバー、二人でマリアちゃんを挟むよ。三人でずっと一緒に歩いていたように装ってこの場を離れよう。マリアちゃん詳しい話はマリアちゃんたちの家に着いてからだ。さあ、何事も無かったように笑って」


 そうして三人は平静を装ってその場を離れた。

 何人か人相が悪い男たちが船着き場界隈をうろうろし、オリバーたちも「一人で立ち去る女を見かけなかったか」とか「怪しい素振りの女がいなかったか」「薄緑の服を着た女を見なかったか」と何度か聞かれたが「三人で話しながら歩いていたので気が付かなかった」と知らんぷりをした。


 幸い女であることはわかったもののマリアはブラウスの色ぐらいしか覚えられていなかった。認識阻害の眼鏡のおかげである。その眼鏡ははっきりマリアだと意識して見ないと印象がぼやけてしまうのだ。それにブラウスの色はスティーヴが素早く上着を着せたことでごまかすことが出来た。

 オリバーは人足頭として船着き場ではそこそこ顔が知られており怪しむ者もいなかった。


 そうして家に無事たどり着きマリアはやっと安堵のため息をついた。


「オリバー、スティーヴさんありがとう」


「マリアちゃん、何があったのか教えてくれるか?」


 マリアは頷くとオリバーとスティーヴを驚かせようと潜んだ細い通路で聞いてしまったことを話した。


「ねえ、どうしよう……お役人様に言った方がいいよね。でも信じてくれるかしら……」


「ちょっと待って、話の内容によるとマリアちゃんが見た四人の中に役人がいた可能性が高い」


 スティーヴの言うとおりだった。今は話を聞いた人物がマリアであるとあちらは把握できていないようである。でもこちらも敵が誰なのかはわからない。敵の正体がわかるまで迂闊な行動はとれないとオリバーは思った。


「船着き場でマリアちゃんを探していた男たちに見覚えは?」


 マリアは首を振る。流石に密談をしていた男たちも自分たちが顔をさらしてマリアを探し回るような事はしなかった。


「密談をしていた男たちの顔はもう一度見ればわかる?」


 スティーヴの問いかけにマリアは力強く頷いた。

 スティーヴの、素早くマリアに上着を着せ追手の目を欺いたことやマリアに質問する物慣れた態度にオリバーは違和感を抱いた。

 彼は何者なのだろう?

 オリバーの疑問はあっさり解消された、スティーヴの次の言葉によって。


「オリバー、マリアちゃん、俺は実は騎士なんだ。内密で爆発物や武器の密輸を調べていた」










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