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「犠牲になるのは残された人たちに幸せになって欲しいからだわ。犠牲になったのに、いいえ、せっかく大切な人たちを守ったのにその大切な人が苦しんだりましてや復讐をして死刑になったりしたら守った甲斐がないじゃない。私は大切な人たちが幸せに暮らして、そうして時々は私のことを思い出して笑顔で思い出話をしてもらいたいわ」


 オリバーはマリアの言葉に衝撃を受けていた。

 そして思い出したのだ。十五年前のイヴァンの言葉を。アリーナの言葉を。


「殿下は俺たちの光だ。でも殿下が復讐に燃えて苦しむのは違うんじゃないかと。俺たちの無念を全て殿下に押し付けるのは違うんじゃないかと。俺は殿下が好きだ。国王陛下も王妃様も好きだった。だから助ける。せっかく助けるのだから幸せになって欲しいだろう?」


「国王陛下や王妃様はとてもお優しい方でした。きっと殿下が復讐に燃えて苦しい人生を歩むよりも心穏やかに幸せな人生を送ることを望んでいらっしゃるでしょう」


「彼らに報いるには幸せになる事ですよ。あなた様は竜神様の血をひく竜神様の生まれ変わり。私たちは世界のどこかで殿下が幸せに暮らしているとそれだけを信じていられたらそれでいいんです」


 彼らはオリバーが幸せになる事を望んでいた?


 オリバーは今まで復讐することだけを生きがいに生きてきた。オリバーを守って死んでいった者たちはオリバーがいつか彼らの無念を晴らしてくれることを願っていると信じていた。幼いころから幾度となく見る夢は父母やオリバーを守って死んでいった人たちが血を流し、早く復讐を!とオリバーに迫ってくる夢だ。

 だからオリバーは結婚するつもりも家族を作るつもりも無かったし、トシュタイン王国の奴らに復讐を、それが無理でも何人かは道連れに一泡吹かせて死ぬつもりだったのだ。


 オリバーは混乱していた。今まで信じてきたことが揺らいでしまったのだ。かといって復讐を諦める気にもなれない。揺らいだ気持ちのままヘンリーを家まで送って行った。ヘンリーの傷は大分癒えていたが彼が家族と再会するところをオリバーはこの目で見たかった。

 

 ヘンリーはアボット男爵領と隣の領の境の片田舎の小さな町の出身だった。

 ヘンリーの妻と娘が住む小さな家を訪問すると中から少女が飛び出して来た。その少女はヘンリーにしがみつきわんわん泣いている。

 ヘンリーは続いて出て来た女の人に「ごめん」と呟き二人を抱きしめていた。


 オリバーとマリアはそっとその場を離れた。

 町の中心まで行けば遠距離乗合馬車は無理でも隣町まで乗せてくれる馬車があるだろう。オリバーの買った馬はアボット男爵領で売ってしまったので乗合馬車か徒歩でもう少し大きい街に行くつもりだった。



 馬車を待ちながらオリバーはマリアに訊ねた。


「マリア、レーベンに戻るか?」


「ううん、戻らない。オリバーと一緒に行く」


 オリバーはため息をついた。マリアの返事は半分は予想がついていた。マリアはオリバーと一緒にいることを望んでいる。オリバーもマリアと離れがたく感じていた。かといってマリアの一生を引き受ける覚悟は無い。今のオリバーの気持ちは宙ぶらりんなのだ。

 以前のようにこの命にかけても必ず復讐を、という気持ちは少し変わってきている。でも父母や祖国の人たちの無念を忘れることが出来ない。彼らの死は今もまざまざと脳裏に蘇ってくるのだ。


 どこか……どこかの土地で腰を落ち着けてマリアの行く末を考えよう。一番いいのは信頼できる男がマリアと結婚してくれることだ。力があって優しくてマリアを大事にしてくれる……そしてマリアもその男を愛したら……そこまで考えてオリバーは自らの胸の内にどす黒い感情が芽生えたことに戸惑う。


 マリアを一刻も早く手放して隣国に渡らなければという気持ちとマリアを少しでも長く自分の傍に置きたい気持ち、相反する気持ちを抱えながらオリバーはマリアと旅を続けた。









 今、オリバーとマリアはヴェルヴァルム王国南西部のサルバレーという街で暮らしている。

 フェルザー伯領の領都サルバレーは大河メリコン川を挟んで隣国ヘーゲル王国と接しており活気がある大きな街だ。ヘーゲル王国はヴェルヴァルム王国と国交をしていることから大河メリコン川を様々な輸出入品を乗せた商船が行き交い税関や出入国管理事務所なども領都サルバレーにはある。


 あれからオリバーとマリアはいくつかの町に移り住んだ。しかし腰を落ち着けて仕事を探そうとしても何度かトラブルに巻き込まれ居を移し三か月前サルバレーにやってきた。

 レーベンの孤児院を出て一年と数か月、マリアは十六歳に、オリバーは二十三歳になっていた。


 二人は兄妹という触れ込みで小さな一軒家を借りマリアは定食屋に勤め始めオリバーは船着き場で人足仕事をしていた。

 マリアは今オリバーから贈られた眼鏡を常に掛けている。マリアの美貌は人目を引き何度もトラブルを引き起こしたのでオリバーがお守りだと言ってマリアに掛けさせることにした。

 マリアは只の眼鏡だと思っているが実はオリバーのお手製の魔道具である。認識阻害のマントの魔方陣を応用して人の印象を薄めるような効果がある。


 この眼鏡のおかげか今のところトラブルも無く、マリアは美貌ではなく生来の明るさと面倒見の良さで定食屋の主人夫婦にも気に入られ定食屋の看板娘になっていた。




「やあ、マリアちゃん」


 かけられた声に振り向くと身体の大きな青年が駆け寄ってくるところだった。


「買い物?荷物重そうだね」


「あら、スティーヴさんこんにちは」


 彼は一か月ほど前から定食屋の常連になった青年だ。仕事は何かわからないが気さくな人柄で定食屋のおかみさんやマリアと打ち解けるまで時間がかからなかった。


「今日はちょっと沢山買い物をしすぎちゃったの。調味料や日持ちのする食材をまとめ買いしようと思って」


 そう言いながら両手に抱えた荷物をよいしょと抱えなおす。

 その荷物を青年はひょいっと奪った。


「あっ、ちょっと」


「俺が持って行ってあげるよ。マリアちゃんの小さい身体じゃ休み休みじゃないと運べないだろう?」


 そうなのだ。荷物が重すぎて既に二回ほど休憩をとっている。いくら特売日だったからってちょっと買いすぎちゃったかなあと後悔していたマリアだった。


「そんな、悪いわ」


「大したことないよ。いつも美味しい定食を食わしてもらっていることのお礼さ」


「定食は私が作っている訳じゃないんだけど」


「それでもマリアちゃんが明るくキビキビと働いているのを眺めながら食べると美味さ倍増さ」


 そう言ってスティーヴが下手なウィンクをする。下手過ぎて両目を瞑ってしまうウィンクを見てマリアが吹き出した。


「あっ!あの、荷物を持っていったって女性の家に上がり込もうなんて考えていないから安心して」


 急にあたふたするスティーヴを見て逆にマリアは安心した。下心満載で送ってこられて家に上がり込もうとした男たちは何人もいる。そんな男たち特有の嘗めるような目つきや欲望をスティーヴから一切感じない。彼が本当に善意で言ってくれているとマリアは感じた。


「それじゃあお願いしてもいい?」


「お安い御用だ」


 マリアが持っていたずしりと重い荷物もスティーヴは軽々と持っている。

 二人は世間話をしながらマリアの家まで歩いた。時刻は夕刻で辺りは暗くなり始めていた。マリアが定食屋で働くのは昼間のうちだけだ。昼の混雑時間を終えて後片付けと夕方の仕込みを手伝ってからマリアは家に帰りオリバーの為に夕食を作って待つ、というのが日課だった。


 マリアは今、毎日が楽しくてしょうがない。この眼鏡を掛けてからいやらしい目つきで見てくる人や強引に言い寄ってくる人は無くなって穏やかな生活だ。オリバーと兄妹と名乗っているのは不満だが、彼の為に夕食を用意していると夫を待つ新妻みたいでつい口元が緩んでしまう。

 そうしていつか本当にオリバーの奥さんになってみせると決意を新たにするのだ。


 オリバーには何か人に言えない秘密がある。

 マリアは幼いころからそのことに気が付いていた。彼は昔から何度も夜中にうなされた。いつもいつも苦しそうでマリアはどうにかしてオリバーを苦しみから救ってあげたかったがマリアに出来ることは頭を撫でて「大丈夫、大丈夫」と言ってあげることぐらいだった。夜中以外にも偶に物凄く暗い目をして何かに耐えていることがある。他人に一切言えない苦しみをオリバーは抱えている。マリアはそれが何か聞き出すことはできず、オリバーが気持ちを立て直すまでただそっと寄り添っていることしかできなかった。


 オリバーはいつかこの世から消えてしまうかもしれない。そんな不安をマリアはずっと抱えていた。彼はいつかマリアの知らない苦しみに押しつぶされてしまうかもしれない。そんな彼をマリアは救いたかった。マリアはオリバーがうなされている時頭を撫でるしかできなかった。それでもマリアが頭を撫でるとオリバーの呼吸は落ち着いて穏やかな寝息になったのだ。

 いつか、いつかオリバーが苦しみから解放されてマリアと一緒に明るい未来を夢見て欲しい。オリバーと明るい家庭を築いていきたい。それがマリアの願いだった





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