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「これは何の騒ぎです!!」


 アボット男爵夫人の叫び声が辺りに響き渡った。


「ク、ク、クリスタ!ど、どうしてここに……」


 動揺したアボット男爵の声と共に「やべえ!」とならず者たちが逃走を図る。

 しかし夫人の連れてきた護衛に難なく捕らえられた。


「あなた、ちゃんと説明していただきます」


 夫人に鋭く睨まれてアボット男爵は縮み上がった。


 それから一同は家の中に入りこの家で一番広いリビングで話をすることになった。

 一番広いと言っても十二人もの人が入ると狭苦しいが椅子に座っているのは夫人だけである。


 ゆったりとソファーに座った夫人の前にアボット男爵は跪いている。

 夫人の後ろには馬車に同乗してきた執事が控えている。ならず者たちは部屋の隅に縛られて転がされている。ならず者だと思っていたが彼らは男爵家の下働きらしい。といっても仕事はせず態度が悪いので鼻つまみ者だったという。それでも首にならなかったのは男爵の隠れた趣味を手伝っていたからだろう。

 ならず者たちと反対の隅にオリバーとくたびれた中年の男も縛られて座っていた。

 そしてマリアとこの家にいた中年の女性がアボット男爵と少々離れて立っている。夫人の連れてきた護衛二人は部屋の入り口と夫人を守る位置に立っていた。


「あなた、ちゃんと説明していただきます」


 夫人はもう一度繰り返したがアボット男爵は口の中でごにょごにょと呟くばかりだ。彼は今必死で言い訳を考えているのだろう。


 夫人はため息をついてマリアの方を向いた。


「あなたはこの人の愛人なの?」


「ち、違う!」


「違います」


 アボット男爵とマリアが同時に言う。が、マリアはその後続けて言った。


「違いますけど愛人にさせられるところでした」


「な、何を言う!」


「あなたは黙っていてください」


 アボット男爵は抗議の声を上げるが夫人にピシャッと言われると口をつぐんだ。

 夫人はマリアに先を促す。


「私は孤児です。孤児院から十五になると出なくてはいけないという時にこの男爵様に目を付けられて就職先を全て潰されました。彼と(とオリバーの方を向き)逃げようとしたんですけれどならず者たちに捕まってこの家に連れてこられたんです」


「ち、違う!この娘は誤解している!私はこの娘の就職を斡旋してやっただけで下心など微塵も無い!なあ、こんな小娘の言い分などお前は信じないよな」


 男爵は必死に言うが、夫人は「あなたは黙っていてくださいと言ったはずです」と冷ややかな目を向けた。


「こ、この男はまたそんな酷いことをしようとしてたのか!!」


 部屋の片隅から震えた声がする。オリバーの隣で縛られて項垂れていた男が男爵を物凄い目で睨んでいた。


「あなたの話はあとで聞きます。今は黙っていなさい」


 男爵は「ひっ!」と男から少しでも離れようとしたが夫人は男の眼差しなど気にもかけず男を黙らせた。

 次に夫人が目を向けたのはマリアの隣の中年の女性だった。


「私は旦那様に雇われてここで皆さんのお世話をしていただけです。その……何にも悪い事なんて……」


「皆さんというのは?」


「あの……ここに居るちょっとガラの悪い人達と……と、時々……若い娘さんと……」


「若い娘さん?」


 夫人の眉が跳ね上がる。


「このお嬢さんは……その……三人目で……前のお二人は旦那様が飽きるまで……その……」


「違う!誤解だ!」


「誤解なものか!お前が手籠めにして散々慰んで捨てた娘たちだ!!」


 男爵とうらぶれた男が叫ぶ。


「あなたたちは黙っていなさいと―――」


「いいや黙りません!俺の娘はその弄ばれて捨てられたうちの一人だ!娘は快活で優しい子だった。思いあう相手も出来て祝言を上げるばかりだった……俺はしがない職人でそれでも娘のために精一杯のことをしてやろうと思っていたんだ……それなのに……そこのお貴族様が娘に目をつけて強引に攫って行った。娘はそのお貴族様に囲われてボロボロになって戻ってきた。俺たちは金を握らされ黙っているように強制された。黙っていなければ娘がふしだらな娼婦のような女だと噂をばらまくと脅された。そんな噂が立ったら下の娘も貰い手がなくなるだろうと……」


 男はむせび泣いていた。


「な、何を証拠に……そんなことを言えばそ、その娘さんの将来に傷がつくのではないか?」


「もういいんだ、娘の将来なんて……」


 男はキッと顔を上げて男爵を睨む。


「娘は先月自殺した。結婚を約束していた男に会わせる顔が無いと言って。あんなに快活でよく笑う娘が帰って来てからは一度も笑わなかった。それでも俺は親として娘に何もしてやれなかった。今からできることは娘の無念を晴らしてやることだけだ」



 男の重すぎる告白に夫人さえも何も言うことが出来なかった。


 暫くしてうらぶれた男とオリバーは縄を解かれマリアと共に帰るよう促された。


 家の玄関まで執事と共に出て来た夫人は男に言った。


「私の主人があなたの娘さんに酷いことをしてしまったわね。申し訳ないとは思うけど男爵家の評判を落とすわけにはいかないの。黙っていて欲しいのだけど……」


「あの、奥様は怒っていないんですか?俺の……娘と……旦那様を殺そうとした俺を……」


「あなたたちは被害者だわ。むしろ今まであの人に騙されて野放しにしていた私も責められるべきね。あなたに旦那様を殺させるわけにはいかないけれど私がきっちり報復をしておくわ。二度と世間には出さないし私なりの仕返しをするからそれで手を打ってもらえるかしら」


 男は曖昧に頷いた。この場は頷くしか選択肢が無かったが。

 次に夫人はオリバーとマリアを見た。


「あなたたちは無事でよかったわ」


「すみません夫人、匿名の手紙を送って夫人を巻き込んだのは僕です」


「いいえ、かえって良かったわ。あなたが教えてくれなければずっと騙されたままだったもの。あなたの手紙が届いた当初はね、あの人が浮気をしているなんて全く信じていなかったのよ。本当は今もあの人の方を信じたい気持ちがあるの。あの人は私の前ではいつも優しかったし子供たちの父親でもあるし……でもさすがにさっきの態度を見て目が覚めたわ。男爵家の当主として子供が成人するまでは()()()()()生きていてくれなくては困るけれど二度と表には出さないわ」


 そこで夫人はうっとりと笑った。


「私はあの人を愛していた。いえ、まだ愛しているわ。だからこれからじっくりと仕返しをしていくつもり。あの人が私の愛と裏切られた悔しさを十分わかってくれるまで……ね」


 その微笑みを見てオリバーは背筋がぞっとした。

 何はともあれ無事にマリアを取り戻すことが出来た。マリアとオリバーはうらぶれた男を彼の家まで送って行くことにした。殴られ蹴られた傷が痛むようだったからだ。


「ヘンリーさん、送っていくよ。家はどこ?」


 オリバーが聞いてもヘンリーは黙っている。


「ヘンリーさん、下のお嬢さんがいるのよね?さっき―――」


 マリアの言葉を遮ってヘンリーは怒鳴った。


「俺にはもう家族なんていねえ!」


「「えッ!」」


 オリバーは愕然とした。もしかしたらヘンリーは奥さんと下の娘さんまで……


「あっ、いや……その……俺は家を飛び出てきてしまったから。その時に離婚もして親子の縁も切るように言った」


「どうしてそんなことを?」


「妻と娘を犯罪者の身内にしたくなかったからだ。俺はあの男爵を殺すつもりでいた。貴族を殺せば当然俺も捕まるし死刑になるだろう。でも……どうしても……娘の仇を取りたかった……」


 ヘンリーは蹲った。

 オリバーは辺りを見回しとりあえずヘンリーを切り株の上に座らせた。

 小さい町のはずれだけあって辺りには何もない。人も通らないので話を聞かれることも無いのが幸いだったが。


「ヘンリーさん、娘さんはどんな人だったの?」


 マリアの問いにヘンリーはぽつぽつと話す。


「明るくて……優しい娘だった。少しお転婆だったが妹の面倒もよく見るし家の手伝いも良くしていたよ。村一番の器量良しだったからもてたけど、私は父さんが一番好き!なんて言ってくれてなぁ……その娘に好いた相手が出来て一番幸せな時に攫われたんだ」


「攫われた?」


「本当に攫われたわけではないけれどあいつらは俺の仕事に圧力をかけて来たんだ。俺は家具職人で隣町の問屋に家具を卸していた。これでも評判が良かったんだ。男爵の手先はその問屋に圧力をかけた。それに妻や下の娘も何度となく嫌がらせをされてあの子は男爵のところに行く決心をした。……一年後帰ってきたとき娘はボロボロだった。見た目だけは綺麗になっていたが一切笑わず一日中ただ何も言わず座っているだけだった。娘が好いた相手が訪ねて来た時……初めて感情を見せた。『ごめんなさい……ごめんなさい……』と呟いて……次の日家を抜け出して橋の上から身を投げた」


 勤め先に圧力をかけるなどやり口はマリアと同じだった。オリバーはまたふつふつと怒りが湧いてきた。夫人に任せてしまったがヘンリーは自分で仇を取りたかっただろう。マリアが同じ目にあったらオリバーは絶対に自分であの男爵を殺す。


「ヘンリーさん、ヘンリーさんが無事で良かったわ。家族の元に帰りましょう」


「マリア?」


 マリアは微笑みながらヘンリーの手を取った。


「私……私は娘さんと同じ立場だったから娘さんの気持ちもわかると思うの。彼女は復讐なんて望んでいないと思う」


「でも―――」


「私は酷い目にあっていないわオリバーが助けてくれたから。もしあの男に汚されてしまったらオリバーの顔は見られない。死にたくなったかもしれない。でもオリバーに復讐をして欲しいとは思わない。オリバーには幸せになって欲しいもの」


「娘の犠牲の上の幸せなど!」


「犠牲になるのは残された人たちに幸せになって欲しいからだわ。犠牲になったのに、いいえ、せっかく大切な人たちを守ったのにその大切な人が苦しんだりましてや復讐をして死刑になったりしたら守った甲斐がないじゃない。私は大切な人たちが幸せに暮らして、そうして時々は私のことを思い出して笑顔で思い出話をしてもらいたいわ」


 マリアの言葉にヘンリーは泣き崩れた。


「娘の……娘の部屋に書置きが……あいつはあんまり字が得意じゃなかった。でもつたない字で『とうさん、かあさん、エルミーしあわせになってね』と……」


 オリバーは泣き崩れるヘンリーを黙って見ていた。







明日と明後日は投稿をお休みします。

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