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 三日後、マリアが連れてこられたのは小さなアボット男爵領の領主のお屋敷がある小さな町のはずれにある小さな家だった。


 小さいと言っても領地持ちのお貴族様だ。お屋敷は平民の家に比べ格段に大きかったが、マリアの連れ込まれた家は町はずれにあり一般の平民の家より少し大きいぐらいだった。アボット男爵の隠れ家的な家なのだろう。それはそうだ、本妻の来るお屋敷に妾を置いておくわけにはいかない。


 オリバーはマリアが連れ込まれた家を確かめると色々な準備をした。

 闇雲に突入してもマリアは救えない。それにたとえ連れ出すことが出来てもまた追いかけまわされるのはごめんだった。マリアは手荒な扱いはされていない筈だ。それに今アボット男爵はこの家にいない。領主のお屋敷にもいないところを見ると王都か他の土地にいるのだろう。アボット男爵がこの家に来るまではマリアの身は安全とみていいだろう。


 様々な手配を終え、夜、オリバーはこの家に忍び込んだ。

 この家には現在マリアを攫ってきた五人の男のうちの三人と彼らの世話をしている中年の女性が住み込んでいる。マリアは二階の角部屋に閉じ込められている。

 そこまで探ってオリバーは認識阻害のマントを羽織った。

 このマントを羽織るのは十五年ぶりだ。当時の記憶が蘇りそうになってオリバーは必死に目の前のことに集中した。リードヴァルム王国の思い出の品はもうこのマントだけ……いや違った。このマントと耳につけっぱなしのピアスだけだ。オリバーの髪色を変化させているこのピアスは十五年間つけっぱなしだ。普段はつけていることすら忘れている。もはや身体の一部ともいえるこのピアスを外す時がオリバーがオリヴェルトに戻る瞬間なのだろう。



 いけない、また物思いに耽るところだった。気を引き締めて暗くなった家の門の中に身を滑らせる。周囲が暗くなり身を隠す物がある今の状況で認識阻害のマントを羽織ったオリバーはまず見つかることがないだろう。


 そうしてマリアのいる角部屋までたどり着くと薄くドアを開けオリバーは部屋の中にそっと入った。

 一応階下や部屋の近くに見張りはいたがそこまで警戒していない。外からの侵入者というより彼らはマリアが逃げ出すことを警戒しているのだった。


 マリアが眠っているベッドの傍に行きそっと身体をゆすった。


「ん……んう?オリ―――」


 急いで唇に人差し指をあて黙るように指示する。


「マリア、無事でよかった」


 オリバーが小声で言うとマリアは嬉しそうな顔をした。


「オリバー、来てくれると思わなかった。怪我は大丈夫?もう痛くない?」


「ああ、僕の方は大丈夫だよ。それよりマリアが無茶なことをしていないか心配で」


「そんな考えなしじゃないわ。ここから逃げようとしても簡単に捕まっちゃうだろうし……あのスケベ男爵が来たら一矢報いてやろうと体力を温存していたのよ」


 思わず笑みがこぼれた。はねっかえりなのはわかっていたがマリアが無謀なこともせず自棄にもなっていないことにオリバーは安心した。


「マリア、今すぐ連れ出してあげたいところだけど逃げ出してもまた捕まるだけだろう。マリアの言う通りあのスケベ男爵が来た時が勝負だ。僕も作戦を考えているからもうちょっと待っていて」


 オリバーの言葉にマリアは頷いた。頷いたが心配そうにオリバーを見て「オリバーも無茶しないでね」と言った。


「僕はこれがあるから大丈夫だよ」


 懐から出したのは七年前にマリアが作ってくれたお守りだ。


「!!そんな物まだ持っていたの?滅茶苦茶下手な刺繍なのに!」


 小声で叫び真っ赤になってそっぽを向くマリアが愛しくてオリバーはついマリアを抱きしめた。

 抱きしめてハッとする。


「ま、また来るから。待っていてマリア」


 急いで言ってオリバーは部屋を出た。だからオリバーは知らない。その後三十分もマリアが抱きしめられた時の姿勢で固まっていたことを。




 門から出ようとしてオリバーは一人の男に気が付いた。

 塀に隠れて屋敷の中を窺っているちょっとくたびれた感じの中年の男だ。気になってしばらく観察していたが男は中を窺ったまま何をすることもなく肩を落としてどこかへ去って行った。



 それから数日、オリバーは忙しく動いていた。

 オリバーが何をしたかというと、まずマリアが連れ込まれた場所が判明するとオリバーはアボット男爵夫人がどこにいるかを調べた。

 アボット男爵夫人が王都の屋敷にいることがわかると匿名の手紙を書いた。

 アボット男爵は意外にも領地のお屋敷で評判が良かった。悋気持ちで気の強い夫人を宥める優しいご主人様という評判だ。夫婦仲も悪くないらしい。アボット男爵は婿養子だそうなので夫人の機嫌は損ないたくないだろう。そんな優しいご主人の仮面を被ったアボット男爵がストレスを発散するのが旅先での女遊びや妾を囲うことだという訳だ。

 それから領地のアボット男爵のお屋敷に業者のふりをして入り込み、夫人が幼いころから勤めているという古参のメイドにアボット男爵が妾を囲おうとしているという疑惑を植え付けた。最初は全く取り合っていなかったメイドも少しずつ疑惑を持ち始める。

 アボット男爵は二週間後に領地に来る予定だという。マリアを捕まえたという連絡が王都のアボット男爵の元に届いたのだろう。夫人は王都に残して一人で来るそうだ。

 だからオリバーは古参のメイドに夫人もこっそりアボット男爵の後をつけて来た方がいいと手紙を書かせた。アボット男爵の浮気疑惑を吹き込み信じられないなら自分の目で確かめるべきだとメイドに助言させたのだ。

 以前のオリバーは寡黙で口下手で人を上手く言いくるめることなど出来なかった。七年魔道具研究所に勤めて癖が強く言葉の足りない研究員たちに重宝がられ様々な仕事をするうちに培った能力だった。


 オリバーもマリアも平民だ。正面から男爵にぶつかっても勝てる見込みはない。だから男爵が頭が上がらない人物を巻き込むことにしたのだ。

 マリアが連れ去られるときならず者の一人が言っていた「へえ……それってあの恐ろしい奥方様に尻に敷かれている反動ってヤツ―――」という言葉から考えた作戦だった。






 アボット男爵領のお屋敷に一台の馬車が着いた。

 豪華絢爛というわけではないがそれなりに立派な貴族が乗るような馬車だ。その馬車を降りて中年の少しばかり見目が良さそうな男がお屋敷に入っていくのをオリバーは隠れて見ていた。

 ついにアボット男爵がこの地にやってきたのだ。

 そして次の日、オリバーが考えた通りアボット男爵はお屋敷を出た後質素な馬車に乗り換えて町はずれのマリアがいる家にやってきた。

 夫人が昨日のうちにこっそり領地にやって来て宿屋に泊まったことは把握している。お屋敷を見張らせていることも。やはり夫人は嫉妬深い性格のようで怪しい匿名の手紙でも無視することはできなかったようだ。

 あとはアボット男爵がマリアのところに来た場面を夫人に見せてアボット男爵の首根っこを押さえてもらえばいい。心配なのは夫人の嫉妬がマリアに向くことだ。そうなりそうになったらオリバーは飛び出してマリアに妾になる気など無いと、こちらは被害者なのだと訴えるつもりだ。もし聞く耳を持たなかったら今度こそどさくさに紛れてマリアと共に逃げる。オリバーはこの町に来る前にこっそり手に入れた剣を握りしめてそう心に決めた。


 アボット男爵の馬車が門の前に停まった。この家は小さいので門の中まで馬車が入ることはできない。

 家の玄関の前で着飾った(着飾られた)マリアがならず者に腕を取られながら出迎えて(出迎えさせられて)いる。


 馬車からアボット男爵が降り立った時だった。


「娘の仇ぃぃぃ覚悟ぉぉぉ!」


 上ずった声と共に塀の陰から飛び出していく一人の男。

 くたびれた中年の男だ。最初にマリアのところから帰るときに気が付いて以来何度か見かけた男だった。オリバーはなんとなく気になってはいたがこの家をそれとなく窺っているだけなので気になりつつも放置していたのだった。


 男はナイフを振りかざし「でやぁぁぁぁ」と突っ込んでいく。

 掛け声は勇ましいが動きはあまり素早くない。でもナイフを見て「ひぇぇぇ」と腰を抜かしそうになっているアボット男爵も運動神経は似たり寄ったりかもしれない。


 案の定、ならず者の一人がアボット男爵を庇って前に出ると男のナイフを簡単に叩き落とした。ついでに男に蹴りを入れると男は「げふっ」と言って蹲った。


「わ、私の命を狙おうなんて……この男……許せん!おい、こいつを殺せ!!」


 アボット男爵が興奮して叫ぶ。

 ならず者が男から奪ったナイフを手にニヤッと笑った。


「男爵様の命令だ、悪く思うなよ」


 ナイフを振りかざし男に迫る。


「くそっ!」


 オリバーは物陰から飛び出してならず者のナイフを剣で弾き飛ばした。


「オリバー!!」


 マリアが叫ぶ。


「ん?この間痛めつけた兄ちゃんか?性懲りもなく嬢ちゃんを追ってきたのか、また痛めつけられたいみてえだなぁ」


 ならず者たちの顔に薄笑いが浮かんでいる。オリバーは必死に剣を構えた。その剣を見て男たちもナイフを構える。今度は痛めつけられるだけで済まない。命のやり取りになる。オリバーは呼吸を整えた。大丈夫、落ち着くんだ。相手の動きをよく見て―——


 左から切りかかってきた相手を躱しながら正面の敵に切りかかる。そのまま駆け抜け振り向きざまに後ろを薙ぎ払う。三人を相手に数合打ち合った時だった。


「これは何の騒ぎです!!」


 アボット男爵の馬車の後ろにもう一台の馬車が着き下りてきた人物―――アボット男爵夫人の叫び声が辺りに響き渡った。



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