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 あれから七年が過ぎた。


 オリバーは二十二歳になっていた。

 思いもかけず魔道具研究所に長居することになってしまった。


 最初の二年間は雑用係だった。各研究員の使い走りをしたり研究室の掃除をしたり。そのうちに頭がよく機転も利くオリバーをみんなが重宝して助手のような扱いをしだした。オリバーは平民なので魔力は無いことになっているが魔道具が身近にあり魔道具に刻む魔方陣などもよく目にした為、それなりに精通するようになっていた。そうしてある研究員の研究に何気なく助言したことからオリバーはその研究員の専属助手になった。


 オリバーの助言でその研究員の研究は上手くいった。実は子供の頃リードヴァルム王国の宝物庫にあった魔道具に似たような魔方陣が刻まれていたのを見たことがあったのだ。

 その後その研究員の助手としてオリバーは数々の魔道具研究に関われることになった。

 魔道具に関する知識は飛躍的に伸び、自分で作る事も出来そうだった。実はこっそり作っている。もっとも魔道具は魔方陣を定着させるときに魔力を流す必要があるのでオリバーは作れない……ということになっている。あくまで表向きには助言だけだ。


 その研究員は数々の新作魔道具や改良魔道具を発表して所内で表彰された。

 手柄を独り占めしてしまうことに彼は酷く恐縮していた。


「オリバー、この魔道具は君がいなければ作り出せなかった。君のことも報告した方がいいと思うんだけど……」


「やめてください。僕は助言をしただけで作ったのはあくまで先生ですよ。僕は今の環境が気に入っているんです。だいたい僕が評価されたって実際に魔道具を作れるわけじゃないでしょう?僕には魔力が無いんだから」


 言いながらオリバーは近いうちに研究所を辞めなければと思っていた。魔道具の研究が楽しくて思ったよりも長く勤めてしまった。特に専属助手になってからのお給料は高く、お金もかなり貯まった。それに近頃妙な視線を感じることが増えたのだ。主に研究所の下働きや受付、事務仕事をしているような若い女の子から。食事に誘われることもしょっちゅうで断るのも面倒になってきたところだった。




「オリバーあなたに手紙が届いているわよ」


 受付で渡されたそれは懐かしいレーベンの孤児院からだった。

 孤児院を出るときオリバーは行先を誰にも告げなかった。マリアには遠いジョスランという町に行くと言っただけだ。院長にだけはオリバーの勤め先を教えていたが皆には知らないと言って欲しいと頼んだ。みんなとの繋がりを断つつもりだったから。

 こちらに来て一度も手紙を出していない。こんな薄情な自分のことなど早く忘れて欲しかった。ただ毎年匿名で孤児院に寄付だけはしていた。できる範囲ではあるが受けた恩は少しでも返して旅立ちたかったからだ。


 手紙を読んでオリバーは眉を寄せた。

 


 手紙は予想した通り孤児院の院長からだった。

 院長しかオリバーの行先を知らないのだから当然のことだがその院長もこの七年間手紙を送ってきたことなど一度もなかったのだ。院長はオリバーが孤児院と縁を切りたがっていることをよくわかっていた。偶に孤児院出身者だということを隠したがる子供がいる。同僚などに馬鹿にされたり同情されたりするからだ。オリバーの理由はそれとは少し違うような気もしたが院長はオリバーの意思を尊重して今まで連絡してこなかったのだ。


 今回やむを得ず連絡したのはマリアがちょっと質の悪い貴族に目をつけられたからだった。


 普通、貴族は平民とは結婚しない。魔力があることが貴族の必須条件なので魔力の無い平民と結婚したら魔力無しの子供が生まれるかもしれないからだ。

 爵位を持たない貴族であれば平民と恋愛結婚をする者もいなくはなかったが爵位持ちの貴族はまずありえない。


 マリアに目を付けたのは男爵家の当主だという。三十代で既に妻も子もいる。他領に用事で出向く際、レーベンで宿泊し偶然マリアを見初めた。

 彼は早速孤児院にマリアを引き取りたいと申し出た。

 むろん養子縁組はなされない。マリアを囲うことは明白だった。院長は突っぱねた。ちゃんと養子縁組をしてくれる相手でないとマリアは渡せないと断った。

 私ならこんな孤児院にいるより贅沢をさせてやれる、高価なドレスや美味い食事を与えてやれると言ったがマリアはその男爵を毛嫌いしていたし贅沢など望んでいなかった。


 一度は引き下がった男爵だったが今度はマリアをメイドとして雇い入れたいと申し込みをしてきた。

 あと半年でマリアは十五になる。孤児院を出なくてはならなかった。

 マリアはオリバーのいるジョスランに行きたかったようだ。しかし遠いジョスランまで若い女性が一人で行くのは危険すぎる。旅費もあまり無いしジョスランに行って生活できるかもわからない。院長はマリアを説得してレーベンで就職を決めさせた。お金を貯めて世の中のことをもっとわかるようになってから行きなさいと説得したのだ。

 その就職先に男爵は圧力をかけた。そしてマリアの就職は駄目になった。その後も男爵は各方面に圧力をかけレーベンや近隣の町でマリアを雇ってくれるところはなくなった。

 それでも十五になればマリアは孤児院を出なくてはならない。

 院長がオリバーに宛てた手紙の内容はマリアを連れて行ってジョスランで勤め先を世話してくれないか、というものだった。連れて行くことがわかれば横やりが入るのでこっそり十五になる前に連れ出して欲しいと書いてあった。



 オリバーは迷った。近いうちにこの研究所を退職し、王都に行ってヘーゲル王国に渡る術を探そうと考えていたからだ。旅費はある。一年ほどは働かなくても生きていける。現在ヴェルヴァルム王国はヘーゲル王国と国交をしている。商取引も盛んに行われているのでヘーゲル王国までは商会に勤めれば行けるのではないか。そしてヘーゲル王国からトシュタイン王国に入り、まずは祖国のあった地に向かおうと思っていた。


 この手紙を無視することは簡単だ。簡単だけれどとても難しい。マリアを見捨てることなどオリバーには出来ないからだ。自分じゃなくても誰かがマリアの窮地を救ってくれる、何度もそう思おうとした。


 結局一週間悩んだ末にオリバーは研究所に退職届を出し、荷物を纏めてレーベンに向かった。

 二度と帰ることは無いと思っていたレーベンだった。


 まずは孤児院を訪ね詳しい話を聞こう、どうしようもなければマリアを連れて他の土地に行く。信頼できる就職先があったらそこにマリアを預けよう。できればマリアにはレーベンにいて欲しかった。レーベンには孤児院の院長を始め信頼できる人が沢山いる。その人たちならマリアを託せると思っていたのだ。でもレーベンにはご領主様以外貴族がいない。そのご領主様もいつも領地に居るわけではないし一介の孤児に便宜など図ってくれないだろう。貴族に目をつけられたら逃げるしかないのかもしれない。


 ジョスランの研究員たちは皆貴族だ。爵位を持っている人はほとんどいなかったけれど。その彼らに救いを求めようとは思わなかった。皆人柄は悪くないが研究バカの集まりで社交性のない人達ばかりだったからだ。





 孤児院の院長室で七年ぶりにオリバーは院長と向かい合った。


「オリバー……立派な大人の男性になったわね」


「ありがとうございます。育ててくださった院長先生方のおかげです」


「ふふっ社交辞令も上手くなったのね」


「いえ、社交辞令でなく―――」


「わかっているわ。毎年寄付を送ってくれるのはあなたでしょう?」


「……僕には何のことだか……それよりマリアの事情を聞かせてください」


 なんだかしみじみといった感じでオリバーを見ている院長に妙に気恥ずかしくなってオリバーは要件を切り出した。


「あなたを頼ることになってごめんなさいね。事の発端はマリアが街中で気分が悪くなった男性を介抱して診療所まで案内したことだったのだけど」


「その男性が例の男爵だったわけですか」


「ええ、アボット男爵と仰るんですけどこの街から東に行ったところにご領地があるブライセル侯爵と遠縁らしくてそれをちらつかせて何かとごり押しをされる方なの。侯爵家とご縁のある方だから迂闊にご領主様にご迷惑をかける訳にもいかなくて」


「しかしその男は妻も子もいるのでしょう?マリアはまだ十四歳ですよ」


「アボット男爵は女性にご興味があり過ぎる方というか……マリアに助けられた時もお忍びで娼館に行った帰りだったらしくて」


 その時控えめなノックの音がした。


「お入りなさい」


 院長先生の声に応え静かにドアが開けられ入ってきた人物を見て……オリバーに衝撃が走った。


 固く閉じられた蕾が朝露に綻び純白の薔薇が匂い立つように咲き始める、そんな少女がオリバーの前に立った。





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