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 ワーワーと騒ぐような声と金属がぶつかり合う音でリードヴァルム王国の王太子オリヴェルトは目を覚ました。


 室内は暗くまだ夜明けまでは幾ばくかの時間があるだろう。どうしたのかと侍従を呼ぼうとした途端ドアがダーンと大きな音を上げて開かれた。


「殿下!敵襲です!お逃げください!」


 入ってきたのは近衛第一隊長のイヴァンだ。後ろに何人かの騎士が続く。


 敵襲?敵って誰だ?何が起こっている?


 問いただす暇もない。


 夜着に外套を羽織り厚手の靴を履く。申し訳程度に帯剣する。八歳の子供が剣を振るったとて敵の一人も切れるとは思えないが。


 一応身支度を整え騎士たちと廊下に出たところで鎧を着た兵士たちが押し寄せてきた。あれが敵なのであろう。

 手前にいた騎士たちが迎え撃つ。彼らが戦っている隙にイヴァンに腕を引っ張られてオリヴェルトは廊下を駆けた。背後で鳴り響く剣や鎧がぶつかる音、うめき声、埃と金属と血の臭い。それらがこれは現実だと物語っている。


 走りながらオリヴェルトはイヴァンに問う。


「はあはあ……イ……ヴァン……父上は……母……上は……」


「両陛下の元には騎士団長たちが向かっております。大丈夫ですからまずはご自身が逃げ延びることをお考え下さい」


 玉座の間に行けばこの小さな王宮にも隠し通路がある。玉座の間以外に隠し通路の出入り口があるのはあと二カ所。王の寝所と謁見の間だ。オリヴェルト達は一番近い玉座の間に向かって走っていた。


 角から新たな敵が現れた。イヴァンたちが迎え撃つ。そうして数度敵を迎え撃つたびにオリヴェルトを守る騎士たちは確実に数を減らしていった。


 玉座の間まであと少しというところで新たな敵と出会う。イヴァンが切り結びながら叫んだ。


「殿下!お逃げください!必ずや―――ぐあっ!」


 イヴァン!!叫び出しそうな口を噛み締めイヴァンの元に駆け寄りたくなる足を必死に動かす。が、それも無駄な努力だった。あっさりと伸びてきた手に捕まえられ肩に担ぎ上げられる。抵抗しようとしたが無駄だった。頬を一発殴られただけで頭がグワングワンと鳴りぐったりしたままオリヴェルトが連れていかれたのは王の寝所だった。


 ドサッと床に投げ出されよろよろと立ち上がる。


「これが王太子か?」


 三十代半ばくらいの男がオリヴェルトの前に立った。顎髭をたくわえた狡猾そうな眼付きの黒髪の男だ。豪華な金ぴかな鎧を身に着けその鎧にも装飾品がジャラジャラとついている。


「はい、アッボンディオ殿下。オリヴェルト殿下こそこの国の至宝、竜神様の再来。この大陸をも統べる御方であります」


 意気揚々と進み出てきたのはこの国、リードヴァルム王国の宰相アーブラハム・デーニッツだ。

 何故デーニッツは誰ともわからない敵と一緒に居るのだ?拘束もされずに。

 オリヴェルトはデーニッツを睨みつけた。


「そう睨まないでください、殿下。すべてはあなたの為なのです」


「私の為?この王宮に誰ともわからない敵を招き入れることが?」


 デーニッツは否定しなかった。つまりこの事態は彼が引き起こしたのだ。いくら弱小国とは言えこんなに王宮の奥深くまで鎧に身を固めた兵士たちが侵入する前には事前に動きを察知できるはずだ。この兵士たちは突如王宮に現れたのだ。内部にそれもかなり中枢に敵と通じたものがいなくては出来ないことだった。


「あなた様はこの国、いやこの世界の至宝。竜神様の再来なのですぞ。幼いころから学問の吸収も早く齢八歳にして大人顔負けの知識を有し何よりその魔力量!国王陛下を既に上回り歴代の国王の中でもトップの魔力量を持つあなた様が竜神様の再来でなくて何なのでしょう!」


 唾を飛ばしながらデーニッツがまくしたてる。


 そう、この魔力量のおかげでオリヴェルトは苦労してきたのだ。


 昔は多くの貴族が持っていた魔力。それは年を追うごとに衰退して今ではこのリードヴァルム王国で魔力を持っているのは王族だけだ。他国でもほとんどの国は魔力が衰退しているらしい。

 国王の直系だけは代々膨大な魔力を持っているが使い道はほとんどない。魔力を使うための魔術や魔道具が衰退してしまったためだ。王族しか使えないのだから教える教師もおらず使わないのだから衰退していく。国王が使う結界の魔術だけは代々口伝で残されていたが現国王も先代も先々代も結界など張ったことがない。このリードヴァルム王国は弱小国とは言え嘗てこの大陸を支配していた大帝国の末裔だ。竜神を唯一の神として信仰しているこの大陸で、リードヴァルム王国の王は竜神の末裔であると言われており、魔力が衰退していく中でリードヴァルム王国の王族だけは魔力に衰退が見られないことからやはり竜神様の子孫だからだと崇められ弱小国とは言え手を出してくる国など無かった。

 つまり平和だったのだ、今までは。


 平和なリードヴァルム王国の唯一の王子としてオリヴェルトは生まれた。王家には今のところオリヴェルトしか子供がおらず、王妃は第二子を期待され続けている。


 オリヴェルトは生まれた時から魔力が多かった。

 赤子の時から泣くたびに周囲の物が壊れたり舞ったりして大変だったそうである。

 しかし、王家に仕える者たちは王族のそういった現象にも慣れていたのであやしながら嵐が治まるのを待った。自我が芽生えるようになると真っ先に魔力のコントロールを覚えさせられた。周りの者は魔力を持っていないので指導は主に父である国王が行った。

 そうして数度の魔力暴走を引き起こしながらも八歳の今ではほぼ魔力をコントロールできるようになってきたのである。

 この厄介な魔力というものをオリヴェルトは毛嫌いしていた。オリヴェルトは本を読むのが好きだった。三歳の頃には一人でスラスラと本が読め五歳の頃には大人が読むような難解な書物に挑戦するようになった。本は良い。魔力なんて関係ない。本は読んだ者に等しく知識を与えてくれる。


 そんなオリヴェルトの気持ちを親である国王夫妻はわかってくれていた。リードヴァルム王国は小さな国だ。民や貴族、王族まで皆の距離が近かった。国王夫妻は街や農村にも気軽に姿を見せた。国王夫妻がオリヴェルトに望むことはこの小さくて平和な国を守って穏やかに暮らしていくことだった。愛する伴侶を見つけて仲睦まじく民と笑って暮らしていくことだった。


 それを良しとしない人物が一人。

 宰相アーブラハム・デーニッツ。彼はオリヴェルトの才能を褒めたたえた。百年に一人、いや千年に一人の逸材だと言いオリヴェルトに英才教育を施した。早く文字を覚え数多の本を読み知識を吸収できたことは感謝している。それと同時にデーニッツは魔術の訓練もオリヴェルトに強要した。魔力を制御できるようになったことは有り難かったが魔術の訓練は遅々として進まなかった。

 魔術を使える者など誰もいないのだ。古い文献だけが頼りである。結局できたのは魔力を放出して竜巻を起こすことだけだった。王宮の宝物庫に眠っている魔道具も色々試された。魔道具とは魔力を注ぎ込むことによって起動する道具である。こちらは文句なく起動できオリヴェルトも興味をそそられた。


 国王であるオリヴェルトの父は暴走気味の宰相デーニッツを何度か窘めた。この小国を治めていくのに魔力はいらないのだ。

 しかしその度にデーニッツは口から唾を飛ばしながら反論する。「殿下は天才です!」「殿下はこんな小国に埋もれて良い人間ではないのです!」「殿下は竜神様の生まれ変わりです!」「殿下は世界を統べる御方です!」どんどん膨れ上がる妄想に国王は苦笑と共に「そうか、だがあんまり厳しくしないでやってくれ」と引き下がっていた。


 国王が強硬に反対をしたのはデーニッツがオリヴェルトをヴェルヴァルム王国に留学させたいと言い出した時だ。

 ヴェルヴァルム王国……このリードヴァルム王国と同じ竜神様の子孫が国を治めていると言われている国だ。太古の昔リードヴァルム王国を建国した竜神様の二人の息子の兄がリードヴァルムの王となり弟がヴェルヴァルムの王となったと言われている。リードヴァルム王国の兄弟国と言っていいだろう。

 しかし国交は断絶して何百年にもなる。ヴェルヴァルム王国は鎖国をしているらしいし、このリードヴァルム王国とヴェルヴァルム王国の間には大きなトシュタイン王国があるのだ。

 好戦的で周囲の国を攻め亡ぼし大国となったトシュタイン王国がリードヴァルム王国とヴェルヴァルム王国を分断しているのである。


 それにトシュタイン王国を通ってヴェルヴァルム王国にたどり着いたとしてもヴェルヴァルム王国が受け入れてくれるかわからない。そんな無謀な旅にオリヴェルトを出すわけにはいかなかった。


「しかし陛下、この大陸で唯一魔術が栄えているのはヴェルヴァルム王国だけだという話です。ヴェルヴァルム王国にはなんと魔術を教える学校もあるらしいですぞ!それにヴェルヴァルム王国の人々は竜に乗って移動しているらしい。なんと素晴らしい!危険を冒しても行く価値はありますぞ!」


「宰相よ、それで魔術を習ったとて何になる?この国を治めていくのに魔術は必要ない」


「陛下!オリヴェルト殿下はこの国一国に収まるような器ではないと何度も申しております!」


「そなたはオリヴェルトに他国を攻めさせるつもりか?侵略して他国を蹂躙するような王になれと?そんなことは私が許さん。この話は終わりだ」


 デーニッツは引き下がった。引き下がったがその瞳は憤怒に燃えていた。


 そうしてデーニッツは他国の軍勢を引き入れたのだ。「オリヴェルト殿下を賓客として迎え入れヴェルヴァルム王国に留学させよう」という甘言に騙され好戦的で野心家のトシュタイン王国第三王子の軍勢を。







「さあ行きましょう殿下、私と一緒に。このトシュタイン王国のアッボンディオ殿下が殿下をもっと高みに連れて行ってくれます」


 鬼気迫る表情でオリヴェルトににじり寄るデーニッツに寒気を覚えオリヴェルトはわずかに後ずさった。


「ははは、高みか。そうだなもっと高みに連れて行ってやろう。天界という高みにな」


 アッボンディオは愉快そうに笑った後興味を無くしたように周りの騎士たちに言った。


「始末しておけ」

 

 そう言いながら部屋を出ていく。


「なっ!話が違う!アッボンディオ殿下!騙したのか!」


 追いすがろうとしたデーニッツを剣を構えた騎士が遮った。


「……父上と……母上は……?」


 ずっと黙っていたオリヴェルトが口を開いた。震えながらデーニッツに問いかけた。

 答えたのはトシュタイン王国の騎士だ。


「小僧、国王と王妃ならそこにいるぞ。見せてやれ」


 オリヴェルトを取り囲んでいた兵士たちがさっと動いた。視界が開けた向こう側、国王夫妻のベッドの前に赤黒い物体が見えた。


「ああ、こいつは騎士団長とかいう奴だ。こいつが邪魔で見えないか」


 兵士が蹴り倒した赤黒い物体のその向こう、ベッドの上に折り重なる国王と王妃。その二人に突き立っているのは……剣?


 オリヴェルトは口から血を流しもう何も光を宿さない空洞になった母の目と目が合ったような気がした。


「……あ……あ……」


「安心しろ小僧、すぐに両親のもとに送ってやる」


 目の前の騎士が剣を引き抜き振りかぶってもオリヴェルトは動けなかった。

 母から目が離せない。

 オリヴェルトはただ震えて立っていた。


 ザクッ!


 彼の顔に生暖かいものが降りかかった。


 やっと母から目を離すと目の間にデーニッツが立っていた。


 ゴフッ……


 口から血を吐きながらデーニッツがオリヴェルトに近づく。


「で……殿下……世界……の……覇王に……」


 オリヴェルトに縋りつくような恰好でデーニッツは倒れた。


「チッ!邪魔しやがって!まあいい順番が逆になっただけだ。小僧、待たせたな」


 騎士がもう一度剣を振りかぶる。



「……あ……あ……あーーーーー!!!」



 風が起こった。


 瞬時にこの部屋だけに発生した突風は兵士や騎士たちを巻き上げた。


 オリヴェルトを中心として渦を巻いたすさまじい勢いの竜巻は周囲の物を全てのみ込んだ。

 甲冑のぶつかるギンッという音、男たちの叫び声、天井や壁に人や物がぶつかるグキョとかメキョとかいう音。





 いつしか周囲は静まり返っていた。


 誰も動かない、うめき声一つ聞こえない静寂の中にオリヴェルトは立っていた。


 

 




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