消えないひと
……世間が、やたらと盛り上がっている。
なんでも、とある球団が久しぶりに優勝したとか、なんとか。
たかがスポーツの勝敗で、はしゃいでいるなと思う。
……命に関わるわけでもあるまいし。
……金が儲かるわけでもあるまいし。
……何か得があるわけでもあるまいし。
どうせただの話題づくりだよ。
どうせただの便乗販売狙いだよ。
どうせただの暇人の時間つぶしだよ。
……俺は、スポーツが嫌いだ。
人と競う事に、意味を見出だせない。
人が競う事に、興奮を見出だせない。
……子供の頃から、スポーツが嫌いだったわけではない。
運動会は楽しみだった。
プール開きは楽しみだった。
球技大会は楽しかった。
マラソン大会は完走後のごほうびが楽しみだった。
……いつ、スポーツが嫌いになったのか、今でも覚えている。
高校一年の、運動会。
クラスのみんなで旗を作り、振り、勝利を目指して円陣を組んだ、あの時。
「キモいんだよ。全員で一丸となる?なれるわけねーだろ。勝手に理想押し付けんなよ。お前らのやってることはイジメだからな。やりたくないヤツを無理やり引っ張り出して引きずり込んで…今どんだけオレが傷ついて一生もののトラウマになってんのかお前らわかってないだろ、そういうところがアタマワリーの!どうせデキの悪いやつに負けの責任を押し付けて涼しい顔すんだろ?!高校生にもなって幼稚な事してんじゃねぇよ!!」
……俺の隣のやつが、突然ブチ切れた、あの瞬間。
今まで自分の中に蓄積されてきた、スポーツを楽しむという常識が吹っ飛んだのだ。
「……馬鹿じゃないの、はしゃいじゃって」
「勝ったからって…なんも得ないし」
「格下を見つけて喜ぶとかダサい」
「一時の団結?意味ないし」
「負かしてやった、勝ってやった…ふん、バカバカしい」
「身体能力には差があるのに…平等じゃねぇんだよ」
「すぐに上下関係を作ろうとする悪習でしかない」
どうせ勝ってもただそれだけ。
どうせ戦ってもただそれだけ。
どうせ団結してもただそれだけ。
どうせはしゃいでもただそれだけ。
どうせすぐに忘れる。
どうせ意味がない。
運動会の現場で叩きつけられた、たかだか一分ほどの…罵声。
運動会が終わるまで、ねちねちと聞かされ続けた…悪意。
クラスメイト達から、俺から、教師から…あらゆる感情を奪った、アイツ。
名前はもちろん、顔も覚えちゃいないというのに……いつまで経っても忘れられない。
スポーツ関連のニュースを見聞きするたび、あの瞬間を思い出す。
スポーツ関連の誘いを受けるたび、アイツの言葉を思い出す。
どうせはしゃいだところで、それだけ。
どうせ喜んだところで、それだけ。
どうせ、どうせ、どうせ、どうせ。
いつまで経っても、アイツの姿が浮かぶ。
どうせスポーツをしても、勝ち負けで嫌な思いしかしない。
どうせスポーツをやっても、自己満足でしかない。
どうせスポーツを見ても、自分が活躍するわけではない。
どうせスポーツなんか、他人の活躍を見せ付けられるだけ。
どうせ身体を鍛えても、病気になったら意味がない。
どうせ健康のために歩いても、食べたら太る。
どうせ、どうせ、どうせ、どうせ。
いつまで経っても、忌々しいアイツが消えてくれない。
……スポーツを楽しめる人生を送れていたならば、どれほど違っていただろうか。
……アイツと関わらなければ、どれほど喜びの多い人生になっていただろうか。
……仮定を想像するのは、幼いことだ。
自分は……今という、現実を…生きているのだから。
……せめて、踊らされてやるか。
踊りなど、もちろん大嫌いではあるけれど。
自分が「わざわざやってやった」という事実があれば……溜飲が下がらないでも、ない。
……ふん、よりどり10点398円ね。
いい大量販売チャンスだろうよ。
……ふん、50%オフね。
いい不良在庫処分だろうよ。
……ふん、特別ゲスト来店イベントね。
いい客寄せ、タレントのPRになるだろうよ。
俺は、イライラしながら……優勝セールのポスターを、一瞥し。
混み合うスーパーへと……吸い込まれていった。