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お地蔵様と彼岸花

作者: なと

そこの空き地は昔子供達の声が

今では風ばかり吹いて

懐かしさと愛おしさは

両方とも同じ

のような気がして仕方ありません

先生に見せたノートの落書きは

ゆめまくらに見た謎めいたお化け

唱歌ばかりを唄っていた昔

可愛らしい人形の代わりに

道端に落ちている硝子の破片を

ずっと眺めていました

懐かしい道は

極楽浄土に繋がっている

夢人は屋根の上で

僕の枕の裏にあった昭和のアイドルを

お多福の写真に取り換えようとするし

闇人は魂を求めて

宿場町の影から翳へ

陰翳礼賛とはよく言ったもので

昭和の摺り硝子越しに

確かに人影が見えます

家族は紅葉狩りへ出かけていて

不思議な物です






日溜まりに神様は落ちている

あと幾度眠ると常世の世界へ行けますか

蝉時雨が滝のように降り

其処のお寺では

施餓鬼供養を

夕立にすっかりずぶ濡れになって

居間でサイダーを飲む

宿場町を雲水さんが行く

ちりんと鈴の音

入道雲がどこまでも高く昇り行き

夏の夕べには

狐が油揚げを貰いに

近くの神社へ







小さな夕暮れは

てのひらで包み込むと

温めてくれます

算盤教室はもうやっていないようです

辻には人斬りが立ちますか

暗がりには赤い眼を光らせた鬼どもが

宿場町の裏道には

ちっぽけな町が

優しい橙に包まれて

古びてゆく

塀の上には

猫招きが座っていて

風に吹かれて

過去を旅している模様






東京の町は

どこもかしこも古く

ただ外灯ばかりが夜をいろどる

夢の中で

赤マントの怪人が雨に濡れた道端で

タップダンスを踊っている

寂し気な横道

不思議な小径に

妖し気な漢方を売る店や

外国のネックレスや指輪を売る店があって

魔都と呼ばれた頃の名残が伺える

昔はこの土地はもっと栄えた街






古き町には古き風が吹く

冬の終わりの冷たい風には

北風小僧が舞い踊る

おおいそっちはアメフラシがでるぞ

山彦が娘を呼んで

燃えさかる大鬼が蔵で眠る

夕べの夢はどうだったかい

伽藍堂の中でお坊さんが蝉に説法する夢

奇妙な御経を唱えて

宿場町の裏道で

雲水さんがちりんと鈴を鳴らしている







夢の中で光る宝石たちを見つめて

彼の世と此の世は何処で繋がっているの

親指に光る白い糸は

何処までつながっているの

玄関を出て山神神社まで行った

社の前で白糸はうっすらと先が消えていた

雷と大雨の夜を超えた向こうに

常世の海がある

黒い影は其処から来るからと

私は色々集める

シマリスの様に







夜のスイッチが分からない

あの割れた茶碗の底に残っている砂金は

当の昔にあの海岸で見つけたものだったか

夜の頭はありふれた孤独を愛でるもの

極端なものを厭い

木立の間でうっすらと輝く信号機を見ていた

赤と青と黄色の点滅は

静かな夜に私の心臓になってもいいですか?

滑らかな骨を撫でるように







もうすぐ春が来るというから

便器をピカピカに磨いておいた

小人が洗面台を歯磨きで磨いている

廊下に落ちている舌べろは

まだ何かもの言いたげだ

里では娘が祝言を迎えるというのに

山の鬼が攫いに来るという

いつでも此の世は闇だ

ぼんやりとしている其処の君

小指には赤い糸が垂れ下がっていないか







夕べの御御御付には

小人になった母親が這入っていて

沢庵も食べなさいと叱る

青い空には風船が浮かんでいて

其処にはチンドン屋がぶら下がって

空を泳ぐと水着姿になった叔母と

便所で授業をすると寝言を言う弟に

返事を返していいものか

冷蔵庫のサイダーはよく冷えていて

夏を告げる不思議な液体だ






宿場町では毬をつく少女が神隠し

美しい兄が渡せなかった恋文を残して

蔵の中で死んでしまった

包帯だらけの娘が其処の格子窓から

此方を見つめている

いつまでも過去から目を覚まさないから

雲水さんが部屋の隅で御経を唱えている

化物は金塊を隠していて

宿場町は逆さ廻りの古時計から逃げられない






懐かし町では

子守歌が風に乗って聞こえる

旅人はなんでも入ってゐるコートから

赤い林檎を取り出して齧っている

路地裏では小鬼が母親を探して泣いている

火車がサーカスの真似をして小鬼をあやす

便器の中では戦争が起こっているというのに

夢ばかり見てませんか?

旅人は小鬼を連れて荒れ野を行く







彼岸花は特別ね

とカクテルにそっと花弁添えられて

あれは地獄に連れて行ってくれる花

夏の蚊が蚊帳の外で五月蠅いから

僕は雪洞提灯片手に

地獄へ旅立つことにしました

サイダーの置いてある

居間には誰もゐません

只、夏風だけがカーテンを揺らしている

もうこの家には

誰もゐないかのような






夜になると徘徊する老人の影は亡霊

あの街の蝶という名のバーを探して

旅人はまた深く帽子を被りなおす

蚊帳の外ではやぶ蚊が蚊取り線香をよけるように

バスタブには緋色のヒトデが浮かんでいた

美しい少年は包帯だらけの右手で

線香花火をお地蔵様の前で

夏の供養さ

しとしと雨は春の余韻






宿場町に暗い陰のある美女が少年を連れて

なにがあったの

小鬼を売りに来ました

美女はそう云って消えていった

宿場町の居酒屋は

沢山の悲しみを知っている

此処は哀しみがよく集まるから…

嗚呼、旅先慕情

旅人に連れられて

小鬼は荒れ野を行く

強く、強くおなりよ

悲しい母の声が風に乗って聞こえる






物語の最後はハッピーエンドと

決まっているのさ

運命論も因果論も

この雨だれに砕けて

宿場町の酒屋の倅は知っている

美しく育った娘の背中の

物の怪の痣が

鬼やらいがやってきてから消えたと

雨音はいつの間にか止んでいて

街角の隅では

今日も居酒屋の灯りが

尊く夜道を照らす







あの渡り鳥は何処へ

秋も深し焼き芋恋し

夏の余韻を秋祭りが

持って行って仕舞いました

入道雲はすすきの影で

しくしくと泣いています

夏よ逝かないで

山彦も山神も

十五夜団子を片手に

酒を飲んでいる

あの襖の裏では

人斬りたちが

大鬼達とひと博打

酒も深し人も悲し

いつまでも

夢を見ています








あの夏に帰りたくて

永遠に年を取らない同級生が

アルバムの中で笑ってゐる

此処にはなんでも揃ってますよ

店主が云う骨董屋の中には

かび臭い置物の目が幽かに光っている

鈍色の松並木に海は輝き

僕はこの港町にいつまでも居たいんだ

あの座敷には首吊り死体が

カキ氷の氷は

溶けそうになっている






夏はまだですか

庭に埋めた琥珀はいずれ金剛石に

そんな夢を見る

足元から消えてしまう宿場町の呪いは

何時も逆さ廻りの時計と共に

懐中時計をじっと見つめていると

月から赤い血がしたたり

枕元に死神が立つ

六文銭は用意したかい

遠き常世は君を呼んでいる

お婆がお百度通いして

お守りを作ったから






宿場町の郵便ポストの傍にぼんやりと黒い影

懐かしさはある種の幸福物質

今日もびょうびょうと風は吹き

小鬼の持っている枝の櫻は散ってしまう

泣くな小鬼

お前を待っている人もいる

地蔵菩薩のお供えの牡丹餅を

咀嚼しながら

小鬼はいつか燃えさかる阿修羅にならんと

密かに宿場町で彼岸花を育てる







夕方の神社には

行ってはいけないよ

母親が言っていたのに

私は黄昏時に神社にいる

丑三つ時に夜な夜な白い着物姿の女怪が

獅子舞はもの言いたげに

賽銭箱には真っ赤な紐を入れるものだ

昔此処で祭りの夜神隠しにあった

千代ちゃんが

遠い海辺で見つかった

きっと神社の裏の井戸は

海に繋がっている






夕暮れが

静かにやってくる

私は影

先ほど風呂に入ったので

髪からぽとぽとと

雨粒が

道路の止まれの処には

誰も乗っていない三輪車が

風車が格子窓に刺さっていて

くるくると廻っている

妖しの宿場町

船町の海沿いには

ヒトデの干からびた遺体が

家の二階には

お婆様の湿布の匂いが充満していて






そこの空き地は昔子供達の声が

今では風ばかり吹いて

懐かしさと愛おしさは

両方とも同じ

のような気がして仕方ありません

先生に見せたノートの落書きは

ゆめまくらに見た謎めいたお化け

唱歌ばかりを唄っていた昔

可愛らしい人形の代わりに

道端に落ちている硝子の破片を

ずっと眺めていました







夕暮れ時の宿場町

座敷童が押し入れの中から出てきて

表で毬をついている

足のない闇人が黒い帽子と黒いコート姿で

裏路地のほうへ消えて行く

闇を愛する人々は

真昼の光がちょっと苦手だ

何処かの家から

明日の天気予報がラジオから聞こえる

オルゴールのトロイメライを

僕は縁側で流してみる





夕暮れ刻は哀愁を連れて

あのシャボン玉は何処へ消えたのかな

にわかにぽつんとひとりっきり

誰もゐない空に茜雲

遠くのお山には鬼が居て

あの街にも鬼は居る

僕の家にも鬼は居る

人間の悪口を言いながら

お酒を飲んでいる

まるで出来の悪い父親です

仏壇の部屋に鬼は棲む

もうそろそろお風呂に入る頃

宿場町に暗い陰のある美女が少年を連れて

なにがあったの

小鬼を売りに来ました

美女はそう云って消えていった

宿場町の居酒屋は

沢山の悲しみを知っている

此処は哀しみがよく集まるから…

嗚呼、旅先慕情

旅人に連れられて

小鬼は荒れ野を行く

強く、強くおなりよ

悲しい母の声が風に乗って聞こえる

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