死神とは2
桜並木が視界の奥まで並ぶ川沿いを歩きながら、恐ろしさの代名詞と化した古民家が見えなくなったのを確認し、サディ子へと振り返る。
「ちょっと!なんですかあの人!というか、どういう事ですか前任者を魂ごと消滅させたって!」
「あぁ!もう!うるっせえなぁ!言葉のままの意味だろうが、使えねえ前任者は市松姐さんがブチ切れて魂ごと燃やしちまったんだよ!なんだ!よその目は!仕方ねえだろうが!テメエんとこの前任者が使えなかったんだからよぅ!」
「いやいや、だから死神を燃やし尽くしたって!死神を殺すことなんて物理的に不可能ですよ!仮にですよ!仮に魂を消滅させるのだってどれだけの霊力が必要だと思ってるんですか!」
溶鉱炉に入れて消えない死神を燃やし尽くしたなど、聞いた事が無い。
そもそも死神は不死の生命体である。
というのも死神を消滅させる事など不可能に近い芸当だからだ。
死神の肉体は霊力によって賄われている。そして霊力は大気中に溢れているのだ、死神が己の肉体を再生させるなど呼吸をする程度の霊力で賄う事ができる、そんな死神を消滅させるなど、前例がない。
「だってそれこそ、俺みたいな普通の死神一人に対してだって、何百倍の霊力が必要になると思って……」
配属主任担当官が『気を付けろ』と言っていた意味をようやく理解する。
「だって……そんな、可能なんですか?死神の中でも死神を消滅させられる存在なんて指折り数える程度しか、いないのに……」
目の前の幽霊はそれを可能であるかのように語っている。
そして、ハッチの最悪の予想は幽霊自身の口から語られる。
「いままでコッチを知らねえなら信じられねえだろうが、市松姐さんの言った事は本当だぜ。前任者を魂ごと消滅させちまった。まぁテメエら一般の死神にゃ無理だろうが私達幽霊は違げえ。特に名前持ちの私達はそこらへんは段違いだ。それから最初に言ったように私達は幽霊だつってるだろ?出発は同じ人間でも、巻き上げて来た人間の恐怖の数がテメエら死神とは違うんだよ」
死神の仕事は、死人の魂の回収し輪廻の流れに乗せる事だ。
だがこの仕事は矛盾している。
幽霊が幽霊である手伝いをするための部署という事だ。
死神が幽霊を刈り取らない理由、
死神が幽霊を、刈り取らないのではない。
ただ彼ら幽霊が自由にしていようと死神では幽霊に勝つ事などできないのだ。
死神では幽霊を倒す事も出来ず、力量差によって消滅させられてしまう。
それどころか敵対勢力である天使に与されてしまえば、それこそ手が付けられない存在という事だろう。
敵に回らないようにご機嫌伺いの営業とは納得の配役という事だ。
「私は無駄な殺生はしたくねえが、市松姐さんはそうもいかねえ。身内のためなら誰彼構わずやっちまう。精々、市松姐さんだけは怒らせねえこったな」
なんとなく、サディ子が一番に市松さんのお宅に挨拶回りに来た理由が分かった気がする。
今思い返しても背筋の凍る市松という幽霊の存在は間違いなく死神になってから今までで。最も関わってはいけない相手である。
一番偉く『ヤバい奴』から、挨拶をするというのは何処の世界でも常識なのだろう。
そして予想ではあるが、今から行く場所は多分だが二番目にヤバい場所だ。
正直な心情を言うのであれば、もう帰りたい。
だが、行かなければ遠からず待ち受けるのは市松からのブチ切れの後に消滅という何とも恐ろしい結末だけだ。
ハッチはこれから待ち受けるであろう苦難に足が止まるが、サディ子はそんなハッチを見て舌打ちを一つ、髪をかきあげる。
「おいおい!死神ぃ〜タラタラしてんじゃねえよ!キビキビ歩かなけりゃ今日中に挨拶回りが終わらねえだろうが!」
間髪入れず怒号と罵声を浴びせられ、重くなった足取りをどうにか前へ進ませて、辿り着いたのはデザイナー物件と呼ばれる外観の美しい近代的な新築の家の前だった。