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死神は市松人形さんと営業中

天界から歩き、辿り着いたのは現世にある一軒の古民家である。

古めかしくも奥ゆかしく、綺麗に整えられた庭園が玄関の隙間から見えている。

昔ながらを踏襲してか、呼び鈴の類いはなくサディ子面倒そうに前髪をかきあげると、その奥の素顔はなんとも整った顔立ちをしているではないか。

「おい!市松姐さん!邪魔するぜ!」

整った顔立ちとは似つかわしくないもない粗暴な振る舞いで玄関口に上がり込むとサディ子はスニーカーを脱ぎ……って、サディ子って普通にスニーカー履くんだ……

だがそんな事に驚いている暇はない、遅れれば何を言われるか分かったもんじゃない。

ハッチも急いで革靴を脱ぎ揃え、清掃の行き届いた廊下を早足にサディ子の後を追いかけ和室へと入るとそこには、白い服のサディ子と並んで、和服美人が鎮座していた。

「よう!邪魔するぜ」

「あら!汚い洋服が独りでに歩いて来たと思ったらサディ子じゃない!アナタが私の家に来るなんていつぶりかしら!って、あら?そっちの子は……あっ!そういえば今日だったわね、新しい死神の子が赴任して来るって、ようこそ新米の死神ちゃん」

口元を抑えて笑う姿は嫋やかにして艶やか、未だ日本の心此処にありと言わしめる、和服を着た女性がそこに居た。

手前に座るボサボサのサディ子とは対極のキューティクルを纏ったサラサラの黒髪は美しい日本庭園を背にしても尚も美しい。

「おい!市松姐さん!いい加減玄関に呼び鈴ぐらい付けろや!来る度に一々家の前で叫ぶの疲れんだよ!」

「なぁに?人の家に来て早々に、人の家のケチをつけるなんて随分な言い草じゃないかしら?それに人の事を言う前に自分の身なりをどうにかしたほうがいいわ?ボサボサ頭に時代遅れのヨレヨレのワンピース。その服最後に洗ったの何年前なの?」

「コイツは私の勝負服だぜ!当然毎日洗ってらあ!そういう市松姐さんこそ……」

「私こそ、なにかしら?」

清掃の行き届いた和室に古い和服を着込んでいるが、むしろそれこそが自然だと思わせる風格が目の前の女性にはある

余裕が見え隠れする市松の、笑みに押し込まれサディ子は吐き出したい事を言葉をグッと押し込める。

至って、古めかしい和服美人の前に白いワンピースが勝てる筈がないのだ。

勝敗は見た瞬間から決まっている。

「それで、そっちの死神ちゃん初めましてよね?私は市松、市松人形の市松よ。幽霊の中では古株だから、皆からは市松姐さんって呼ばれてるわ」

「初めまして、ハッチと申します。……あれ?市松人形の市松って、市松さんは人形じゃないですよね?」

「ええ、この身体は人間よ。死神の皆さんが私達幽霊に肉体を貸してくれているから、大切に使わせてもらってるわ」

何処からどう見ても、和服の似合う人の姿をしているのは見間違いじゃなかったらしい。

肉体の歳の頃は二十歳前後といったところだろうか、

サディ子の身体も十六歳前後の人間の肉体を使っているのだろう。

「幽霊って、人の身体を使えるんですね。僕はてっきり人形の幽霊は人形の中に居るもんだと思ってました」

「確かにそういう子達の方が多いわ。私やサディ子ちゃんみたいに霊力が大きくないと人間の身体には入る事が出来ないもの。それに肉体がないとサディ子ちゃんみたいな現場仕事は本当に大変よ。他の死霊の子達が下支えしてくれてるから、私達みたいな有名どころが活躍できるし、私はほら憑代が人形だから、そもそもリモートワークっていうか、人形一体一体が私みたいなところがあるじゃない?」

サディ子はもう、共感の嵐なのかウンウンと首が千切れんばかりに頷いているが、こちらとしては幽霊アルアルの会話など糸口の一つも掴む事が出来ない。

何?リモートワークって?髪伸ばしたりするのもボタン一つ押すだけみたいな感じなの?

「幽霊も大変ですよね」

思考が停止したハッチの言葉を待っていたとばかりに、市松さんの表情は華やいだ。

「あら!分かってくれるのかしら!嬉しいわ〜なら知ってると思うけれど、私達幽霊の性質って人間の想像から生まれた所があるじゃない?人間の感情も意識も年々変化していくから、私みたいな人形としての憑代があるなら大きな変化もしないけど、空想で作られた子達は中々そうもいかないのよ。人間さん相手には、使う道具も怖さの質も時代と共に変化して行っちゃうものだから、時代に取り残されちゃう子も少なくないじゃない?」

『マジでソレなっ!』とでもいう様に指を指すサディ子だが、ハッチには共感できる要素が一つとしてない。

つまり、話を要約する最近は幽霊としての仕事がやりづらいという話だろう。

まぁ確かに、市松人形にしてもサディ子にしても一昔前のホラーという印象が強いのは確かだ。

そもそも最近のご家庭で市松人形がある家など果たして何件あるのだろうか。

目の前にいて失礼かもしれないが、古き良き時代の遺物と呼ばれ始めている市松人形はこれから少しずつ廃れていく幽霊なのかもしれない。

ハッチのそんな思考を知ってか知らずか市松さんは古びた市松人形を指差してみせる。

「ほら、私達みたいに一昔前に活躍して溜めた莫大な貯金ばっかり残っちゃって、最近じゃ全然活躍できない、みたいな子達も結構居るのよ〜まぁだから死神さんに来て貰ったのよ」

本題に入るとばかりに、着物の袖を折る市松さんだが肝心の仕事内容をハッチは知らない事を思い出す。

「……そういえば、俺の仕事は営業って聞きましたけど、俺はアナタに何を営業すればいいでしょうか?」

尋ねた瞬間、空気が凍り付いたのかと思う沈黙の後に二人はなにを馬鹿な事を聞いているのかと、顔を合わせ笑い合うが、この笑みに素直な感情を現すのなら根源的な恐怖である。

ゲラゲラと笑うサディ子と、口元を抑えて微笑みを浮べる市松さんだが嵐の前の静けさとも言うべき呆れが瞳の奥に見て取れた。

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