死神は営業中
集合場所に立っていたのは骨と皮だけの腕が伸びた襤褸切れに近い白のワンピースを纏った小柄な女……
いや、目の前の存在は本当に女だろうか。
なにせ小柄というだけで、伸びた黒の長髪は前髪を通り過ぎ胸元まで伸びているため、肝心の顔も身体も見えては居ない。
こちらが、女性として接して『死神ってお堅いのね。こっちじゃ全然ありよ』と言われてしまえば意味のない敗北感を味わう羽目になるだろう。
目の前の異形に対して勇気を出す前に、念のため……本当に念のため、もう一度速達で届いた配属先を確認すると、そこには確かに『営業一〇一』と書かれている。
祈っても、願っても書いてある内容は変わらない。
ならば……
「あの、すみません。新しい配属になったハッチと言います。営業一〇一の集合場所ってここで合ってますかね?」
瞬間、旗を持っていた髪の長い異形はビクっと肩をすぼめてハッチへと振り返る。
「見て分からないのかぁ?」
見た目からでは想像もつかないとんでもなく可愛い声で驚かれてしまったが、配属先は合っていた様で一安心だ。
そしてなにより髪の長い白いワンピースを着た男という最悪の予想は外れていてくれたことも嬉しい限りだ。
「いえ、あまり見た事のない出で立ちだったので、少し驚いたというか……」
「見た目で判断してんじゃねえよ、そもそも文字が書いてるあるなら、ここしかねえだろボケカスぅ」
滅茶苦茶可愛い声で、初対面とは思えない致死量の毒を吐く長い髪の少女だが、旗を持って待っていたという事は、この部署において先輩という立場に当たるということにある。
配属初日にして上司と喧嘩して次の日も仕事を続けて行けるメンタルは俺にはない。
三十六計逃げる前に謝れというのが、ハッチが死神学校で学んだ絶対のルールである。
逃げるにしても、謝ってから
礼に始まり礼に終わる。謝罪文化の為せる技だ。
「すみませんでした……」
「はぁ……そもそも私がどんな格好しようがテメエにグチャグチャ言われる筋合いねえだろうがよぅ、私の格好でテメエに迷惑でもかけたかぁ?」
「あの……本当に、すみません。勘弁して下さい」
卒業後、多くの卒業生が集まる中一人頭を下げ続けるのは誰でもない俺だ。
滅茶苦茶可愛い声ではあるが、態度は一つも可愛くない白いワンピーズのロングヘアーの女の名前すら知らないが、ハッチがとにかく謝ると女は少し落ち着いたのか舌打ちの後、ポケットのない白いワンピースの何処から取り出したのかタバコを一本ふかし始めた。
「チッ……ふぃ〜、で?お前の名前はなんだよ?」
「あっ……はい、ハッチと言います。これからご指導よろしくお願いします」
煙を飛ばして来る上司に碌な奴はいないが、明日から上司として接しなければならない相手だ。
出来る限り穏便にこの場を収めなければ、明日からの業務は地獄と化すだろう。
兎にも角にも、目の前の女の名前を知らなければ話しにならない事だけは確かだ。
「あの……すみません、アナタのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
聞いた途端、女は不機嫌全快に吸っていた煙草の煙を大きく吐き出し、髪の毛の隙間から蒸気機関車かと思う程煙を垂れ流しながら、舌打ちを一つ喋り出す。
「この格好みてわからねえのかぁ?」
「すみません、ちょっと見当もつかないですね……」
途端、紙の隙間から見えていた充血していた眼がクワッと見開き、髪の毛が扇状に広がった。
「サディ子だよ!普通この格好見てすぐわかんだろうが!これだから最近の若い奴は嫌いなんだよ!」
サディ子とは、あのサディ子だろうか?
ホラー映画で有名な、あの?
テレビからでて来る、あの?
正直なことを言えば、一目見た時から薄々は気付いていた。
長い髪に白いワンピース。極め付けは血色の悪い青白い肌。
何処からどう見てもハッチの知る中でこんなにも奇抜な姿をしている有名人は一人だ。
「サディ子ってあのサディ子ですか?ていうか、サディ子って死神だったんですか?」
「ふぇッおぇッ!……あぁ?テメエ……今なんつった?」
ハッチが尋ねた瞬間、吸っていた煙でむせ返るサディ子は、髪の奥の瞳でこちらをジッと睨みつける。
何か聞いては行けない事を聞いたのは間違いないが、何が気に障ったのか見当もつかない。
「いやだって、一〇一の営業は死神が担当するんじゃないんですか?」
「今の言葉は一度だけ聞き逃してやるからよく聞けよ。私は二度は言わねえ、私は幽霊だ。テメエらと死神とは違うんだよ、それからテメエが言ったサディ子は私で間違いねえ」
それはつまり、目の前のこの女性(見た目は不明だが声は可愛い)はホラー界では知らない者はいないレジェンドと言っても過言ではない幽霊という事になる。
映像の向こうの見た事のある有名人との邂逅に浮き足立つ気持ちを打ち消すような、またしても態度の悪い舌打ちと、絡まった痰を吐き捨ててサディ子は歩き出す。
「ちょっと、どちらに行かれるんですか!」
「チッ!挨拶周りだよ!営業の基本だろうが。いいから四の五の言わずついてこいよ!」
面倒そうに『営業一〇一』と書かれた旗を折り畳み、サディ子とハッチは最初の営業へと向かって行ったのだった。