死神とは
少年は死にました。
苦しみもなく、一瞬の間に少年は息を引き取ったのです。
そして、これはその後のお話。
死んだ後に待っていたのは、見渡すかぎりのお花畑でも、一日中日向ぼっこできる時間でもない。
死神として天使との戦いの準備である。
幸福でもなく、不幸でもない少年が死に死神に生まれ変わった後の物語。
「死神、七千万台、本日付けをもって全カリキュラムを修了したものとする!これから配属される先で数々の困難が待ち受けるだろうが激しい訓練過程を仲間と共に乗り越えた諸君であれば、天使との戦いにも負ける事はないだろう!」
壇上に上がるのは死んでからの一年で見知った教官である男だが、無論壇上で喋る教官も死神なら、隣りで話を聞いている同期も死神だ。
死神学校は、死神に成り立ての死神が受ける義務教育機関であり、一年間の教育を経て一定の成績を修めたものだけが卒業を許される。
当然の事ではあるが、この卒業セレモニーに参加できるのは一定の成績を修めた者だけだ。
無論最後尾に並ぶ少年『ハッチ』も一定の成績を修めた者ではあるのだが、それは紙一重のギリギリのラインだった。
だが卒業後こそが本番だ。
というのもハッチの死後、魂の連れて行かれた引率者によって連れて行かれる先が違うのだ。
天使に連れて行かれれば天界へ、死神に連れて行かれれば輪廻転生にリクルートされる。
引く手数多の死後の世界では生前の宗教に根付いた配置分けがされるのだが、死んだ後天使に連れて行かれると宗教的なアレにより終職先が大きく制限される。
無論、死後誰でも行ける筈の輪廻転生に配属される事はなく、噂で聞く所によれば週末ラッパの拭き掃除やら、死なない身体で聖剣の試し切りに宛てがわれ
たりするらしい。
ちなみに、死後死神に連れていかれた魂は老いていれば輪廻へ、若く体力のある魂は輪廻転生に適しておらず、数年の時を経て熟成させるために『死神』として終職先を用意される。
若くして死んだらしいハッチも当然の事の様に死神学校でしごかれ天使を想定した過酷な訓練を積んで、今日卒業の日の目を見たというわけだ。
「以上をもって7千万台卒業死期を終了する!解散!」
程よく教官の話も終わり、講堂に数十人と集まっていた同期たちはそれぞれに散って行く中で、こちらに駆け寄って来る少女が一人。
「チョイ!チョイ!ハッチ!配属先はどこになったん?ウチら近場ならまた皆で会えるっしょ?」
駆け寄って来たのは死人にしては元気な入学から卒業まで何かと世話を焼いてくれたシロである。
何故シロかと聞かれれば『シロギャル』だから『シロ』だ。
だがギャルだからと言って侮る事なかれ、誰とでも拳で語り合う事ができるシロギャルだったりする。
「お前の配属先って、ゴリゴリの武闘派だろ?俺は営業だから、お前の部署とは全然関わりあいがないだろ」
「うっへ〜、ハッチ超寂しいこというじゃんか〜まぁ別に私の部署は武闘派でも比較的融通が利く部署だから週休二日の祝日休みだから〜ジャンジャンハッチのとこ遊び行くかんね!それでハッチはどこの所属なわけ?」
先日寮に届いていた営業一〇一と書かれた印字を見せると、シロの顔色がガラリと変わった。
「……チョッ!ハッチ、営業一〇一って新設部隊じゃんか!それ大丈夫なん?ちょっと今から行って配属先変えてもらった方がよくなくない!」
確かに死神において3ケタの配属先など聞いた事が無い。
それにシロの懸念は最もでハッチとしてもこの後直にでも担当官の元へ行こうと思っていた所だ。
二人は卒業式の会場を抜け、配属主任担当官室と書かれた部屋の扉を開け放つ。
「チョっ失礼するよ〜友達の配属先を変えてもらいたいんですけど〜」
眼鏡を掛けたいかにも頭の切れそうな主任担当官はシロから受け取った俺の配属先の紙を見て俺を見て、もう一度紙を見て目頭を抑えた。
「ハッチくん、すまない。基本的に配属先の変更は認められているが、キミの配属先の変更は認められていない」
名も名乗らず、自身の名前を言い当てられた事に何やら嫌な予感を感じるが、シロはそれでも担当官へ言い募る。
「いやいや、おかしいしょ!新卒で配属される場所じゃなくない?ウチ馬鹿だから頭のいい人の事はよく分かんないけど、ダチがヤバい配属に当てられてるのはわかるっつうの!」
何故ここまでシロがむきなっているのかは分からないが、友情に厚い彼女の事だなにかしらの不利益を察知しているのだろう。
俺はいい友達を持った……
新設部署というのは、未開拓の分野、又は未開拓の土地での魂の回収を主な仕事として割り当てられる。
実名業は営業と簡単に書いてはあるものの、結局全ての仕事を押し付けられるという前例もある。
シロのようなエリートでもない限り無難な配置で経験を積ませなければならない新卒に割り当てられる、配置ではない。
「俺からもお願いします。新設された部署は危険も多いと聞きますので、新卒の俺じゃ手に負えないかもしれません」
頭を下げたハッチに担当はグッと奥歯を噛み殺し、配置番号の書かれた紙を突き返す。
「無理なんだ、私では変更する権限を持ち合わせていない。キミの配属を決めたのは『死神序列第三位のジョーカー』だ。百番台の私ではキミの配属先の変更をする事が出来ないんだ」
担当官が絞り出す様に吐き出した人物の名前にゴリゴリの武闘派であるシロもたじろがざるを得ない。
『ジョーカー』と言えば、死神の中でも類を見ない実力者であり死神の間では『粛清』の二つ名を持つ事で有名な際どい人物だ。
死神となってまだ間もない頃、教官から一つ教わった事があるとするならジョーカーに近づくなという事だろう。
「ならせめて業務内容ぐらいは教えて下さい、俺としても何も知らないんじゃあまりにも心の準備ができません」
肉体的に死ぬ事はないとは言え、損傷を受ければ死ぬ程痛い事は訓練過程で嫌というほど染み付いている。
あの痛みを思い出すだけで、吐き気頭痛に微熱、睾丸の痛みまで思い出せるのだから不思議だ。
そんなハッチの本気加減が伝わったのか、担当官は重い口を開いた。
「……キミの業務内容は簡単だ。幽霊が幽霊でいられるための手助け、ただそれだけだ」
二人は数秒顔を見合わせ、シロは担当官へ顔を顰めた。
「ちょちょっちょ!幽霊が幽霊で居られるための手助けって、それ私達の業務と全然ちがくない?死神は幽霊を連れて幽霊を次の輪廻に乗せる仕事なのに幽霊のままで居させるとか超矛盾してるじゃん!」
シロの言う事はもっともだ、死神は幽霊を狩り輪廻に乗せる。
思い残しがあればある程、輪廻に乗せるのは難しくなるが、死んだ人間が生き返る事は原則できないため、怨霊になる前に連れて行く必要がある。
「死神学校では幽霊を連れて輪廻に乗せるのが仕事だと聞いていたんですが違うんですか?」
ハッチは思った事をそのままに尋ねたが担当官は渋い顔を見せるばかりで首を横に振った。
「後はキミの直属の上司に聞いてくれ……これ以上は私の口からは説明できないんだ……すまない、ハッチくんキミも死神ならどうか、大人しく配属されてくれ、私はまだ消滅したくない……」
懇願にも近い、担当官の顔には大分の疲れが見て取れる。
ハッチという名前を言えた事から推察するに、この配属の問題性にも気付いていた筈だが彼の努力も虚しく早々にもみ消されたのだろう。
「じゃあ、この配属先に何があるのかだけ教えて下さい」
「……私の口から言える事は少ないが、ハッチくんに一つだけ忠告できるとするなら。この先幽霊にだけは気を付けろ」
「いやいや、ウチら腐っても死神っしょ?幽霊連れて来るのが仕事な訳じゃん?何言ってるのかわけわかんないじゃん」
シロの言葉はもっともだが、至極真面目そうな担当官の男がこの状況で冗談を言っている様にも思えない。
「……とりあえず分かりました、その言葉は心に留めておきます」
『すまない……本当に……すまない』と謝罪の言葉を呟きながら事務机に頭を擦り付けている担当官を背に部屋を出ると、卒業の賑わいは今も健在で、そこかしこから配属先での雑談が飛び交っている。
シロもそろそろ自身の配属先へ向かわなければ行けない時間らしく、時計をチラチラと確認している。
「……俺に構ってくれるのは嬉しいけどもう行った方がいい、初日から遅刻したら洒落にならんだろ。俺は俺でなんとかやってみるから、お前はお前で頑張れよ」
「まぁ……ハッチがそれでいいなら……でもでも!ヤバくなったらウチがすぐ駆けつけっから!とりま、いざとなったら私の所に逃げて来ればいいからね!」
バイバイと大きく手を振りながら、講堂を後にして行くシロだが、人懐っこいシロの事だ、新しい部署で馴染めばこちらに遊びに来る事はないのだろう。
あっても精々最初の二回か三回程度だ。後は別部署の人間とうまくやっていく。
少し寂しい背中を見届けて、講堂の外に出ると新しい部署として新設された『営業一〇一』と掲げられた旗の元へつま先を向けて、帰りたくなった。
そこには陰気を通り越して『幽霊』と言っても過言ではない女が一人立っていたのだった。