表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

告白していないのに美少女に振られた結果、俺は彼女を助けることになり――

作者: 圓山匠深

「あ、あの……ご、ごめんなさい! 貴方とはお付き合い出来ません!」


「……は?」


 とある秋口、校舎屋上にて。


 俺は美少女に振られていた。


 だが俺は目の前にいる美少女に告白をした記憶などない。


 何故なら昼休憩を人気のない屋上で、漫然とゲームをしながら過ごす俺がそんな浮ついたアクションなど起こす筈がないからである。


「……あの」


「貴方がとても紳士なお方であるとは聞いています。ただ、過程も無くいきなりお付き合いというのは……ですからその――」


「ちょっと待ってくれ、もしかして誰かと勘違いしていないか?」

「まずはお友――へっ? ……え? あ、あの……大久保さん……ですよね?」


「いや、残念ながら俺は井中(いなか)だな」


「へっ!? あ……も、申し訳ありません! あ、あのあの、私ってば早とちりをしてしまって……な……なんて失礼な真似を……」


 やはり予想通り振る相手を間違っていたようであり、その事実に気づいた彼女は顔を真っ赤にして謝罪をしてくる。


 まあ別に構いはしないのだが……しかし振る相手の顔を知らないとは変な話だなと思っていると、悄気げた顔をした彼女はこう言うのだった。


「本当に申し訳ありません……。その、お手紙にて『伝えたいことがあるので屋上に来て欲しい』と言われていたのでお顔をご存知でなく……」


 はー成る程、つまり会ったこともない人から告白予告を受けていたのか、それなら勘違いするのも無理はない。


 しかし……面識もない生徒に告白されるなど、この子はさぞモテるのだろう。


 実際おっとりとした雰囲気を漂わせながらも、ナチュラルな黒髪のロングヘアに整った顔のパーツはお淑やかさをふんだんに醸し出しており、我が校には不釣り合いなまでに秀麗だった。


「中々大変なんだな、心中お察しするよ」


「お気遣いありがとうございます。とはいえ今に始まった話ではないので慣れては……ただこの学校に入学してからは一層告白を受ける機会が増えまして――」


「それはまた――ところで君は1年生?」

「はい。小野寺琴葉(おのでらことは)と言います」


「小野寺……」


 交友関係の狭い俺であったが、その名前には聞き覚えがあった。


 確かお嬢様みたいな可愛い子が入学してきたと、2年生となった春頃に少し話題になっていた名前である。


 俺としては一生交わることのない相手だと思っていた為、さして興味を沸かせていなかったのだが……まさかこんな形で出会おうとは。


「因みに、入学してから何回ほど告白を」

「同じ方も入れれば恐らく200回くらいは……」


 おいおい、ほぼ1日1回以上の換算か……それでは間違えるのも当然だ。


 事実彼女は小さく溜息をつくとぼんやり遠くを見つめる――恋愛に興味がないのであれば、相当な負担になっていそうである。


 流石に、少し気の毒ではあるが――


『あれ? おかしいな、ここで――』


 すると、突如一人の男子生徒の声が屋上に飛び込んでくる。


 恐らく彼女の話が事実ならそれは大久保という男の筈だ。きっと勇んで小野寺に告白をしに来ているのではないだろうか。


「まずいな、こんな所を見られたら厄介事にしかならん」

「! ど、どうしましょう……」


 幸いあの位置からはまだ俺達の姿は見えないが、それも時間の問題でしかない。


 ならばここは小野寺を彼の前に行かせ、振らせるのがベストである。


 ベスト、ではあるのだが――


「……少し、待っていてくれるか」

「え、あ、あのどちらへ……あっ!」


 そう口にするや否や、俺は受水槽の影から飛び出すと、わざとらしく悔しがりながら大久保という男の下へ歩み寄っていく。


 そして、こう口を開いたのだった。


「くそっ、全くふざけた話だ畜生」

「は!? な、何だお前?」


「ん? お前も嵌められたクチじゃないのか?」

「は、嵌められた? どういうことだ?」


「違うのか? いや――実はここ最近『小野寺親衛隊』という連中が暗躍しているらしくてな、彼女に告白しようとする人間は当然のことながら、小野寺に少しでも気がある奴にすら罠に嵌めて近づくなと脅しているんだ」


「親衛隊だって……? そんなの初めて聞いたぞ」


「俺も最近まで知らなかったよ。だが今日小野寺さんに告白しようとしたらそいつらが現れてな……停学にして人生を無茶苦茶にするぞと脅されたのさ」


「それ……マジかよ」


「当然素顔も分からない。だが一説によれば親衛隊のトップは教師という話もあるらしい――だから悪いことは言わない、お前もそうなら大人しくした方が身の為だぞ」


「――! ……わ、分かった、忠告感謝するよ」


 俺のデマカセに青ざめた大久保は、身を翻すと逃げるように屋上を後にする。


「……ふむ、意外と引っかかるもんだな」


 我ながらよくこんな嘘が出てきたなと感心してしまったが、しかしこれで小野寺は、いや俺の平穏は保たれたことだろう。


「あ、あの! 井中先輩、本当にありがとうございました……ど、どうお礼を申し上げたらいいいか……」


「別にお礼なんていらないだろ。何せあの場で小野寺と二人でいる姿を目撃されたらヤバいのは俺の方だったからな、所詮は自分の身を守ったに過ぎない」


「そ、そうかもしれませんが……」


「というか、君も馬鹿正直に断りに行く必要はないだろ。ひたすら無視しておけばいずれそういう人だと思われて誰も告白しないだろうに」


「それは――ですが、無下にするのはお相手に失礼ですし……」


 成る程……こういう性格だから余計にグイグイ来られるのか。


 だが毅然とした態度を取れない相手は往々にして損をするものだ。


「…………」


 とはいえ、小野寺を見ていると昔の自分を見ている気分になる。


 まあ俺の場合は彼女のようにモテていた訳ではなく、単純に狭いコミュニティでいいように使われていただけの話なのだが。


「――……そうだな、どうしても無視出来ないというなら、実際に親衛隊を作ってみるのも悪くないかもしれないが」


「へ? 親衛隊……ですか? そんな大層なもの、私に作れるか――」


「本当に人を集める必要なんてないんだよ。考えてもみろ、あの大久保って奴は存在しない親衛隊に怯えて逃げ出しただろ?」


「あ――つ、つまり、架空の親衛隊を作ってしまう……と?」

「それなら殆どリスク無しで目的を達成出来る筈だ」


「そ、その通りですね! あ、でも、まずは何からすればよいか……」


 それは尤もである。流石に彼女の口からそんな嘘を流す訳にはいかないだろう。


 となれば残るは……。


「…………最初の内は俺がベースを作るから、分かってきたら自分でもやってみるといい。多分そんな難しいことでもないだろうしな」


「あっ……な、何から何まで申し訳ありません井中先輩! ですが――ありがとうございます。とても、お優しい方なんですね」


「……どうだろうな」


 残念ながら、男というのは困っている美女を無視出来ないようDNAにプログラミングされているだけなのである。


 ましてや頭を下げられ笑顔でそう言われようものなら、数奇な運命すら感じる程度には馬鹿になれる生き物なのだ。


       ○


「おい聞いたか? 『小野寺親衛隊』の話――」


 噂というのは、独り歩きさせることが尤も絶大な効果を生む。


「いや俺も聞いた話だから詳しくは分からないんだが――」


 だが具体的にし過ぎると真偽を確認する者が現れた際に看破される恐れがある。だからこそバレない程度の抽象さが重要となるのだ。


「ほら小野寺って県外から引っ越してきただろ? その時いた中学校で結成されたらしいんが……どうもこいつらがヤバいらしくて――」


「卒業した今でも活動は続いているらしいが、ここからは距離が離れ過ぎている。そこで俺達の高校の生徒を親衛隊に引き入れたらしんだ――」


「兎に角、小野寺には安易に手出しはしない方がいいかもな……前の中学では不登校になった奴もいたらしいし」


 故に俺は詮索のしようがない噂を影から流していく。


 これで小野寺を付け狙う生徒が鳴りを潜めれば万事解決なのだが――当然そんな噂を信じない奴も一定数はいるだろう。


 だが、そこは裏で繋がる小野寺に口を割らせればいい。


「え? ――あ、はい。私も直接お会いしたことはないのですが、確かにそういう方達は――ええっ? この学校にもですか?」


 俺が流した噂が小野寺まで流れ着いた段階で、彼女から『それは事実である』と言ってしまえば途端に信憑性が増してくるのだ。


 そうなれば後は話が早い。


 1週間も経った頃には、架空の『小野寺親衛隊』に畏怖した生徒達は瞬く間に彼女に気がある素振りすら見せなくなっていったのだった。


「井中先輩凄いです――! 毎日あった告白がピタリと止んでしまいました……!」


「まあ、この学校は比較的大人しい生徒が多いからな、『親衛隊なぞ拳で黙らせる』ってぐらいヤンチャな奴がいないなら効果はあると思っていたよ」


「本当にありがとうございます――……ただ、一つ伺っても宜しいでしょうか」

「なんだ?」


「その、月並みかもしれませんが……所謂『偽彼氏』みたいなやり方のほうが簡単で即効性があった気がするのですが――あ、いえあの! 手段を否定している訳ではなく、その……傍から見て井中先輩が大変そうでしたので……」


「言いたいことは分かるが……そりゃ漫画の読み過ぎだ。彼氏っていうのは男には効果覿面だが女相手にはそうはいかない、徹底的に追求されたらどうする」


「あ、た、確かに……」


「創作で話すにも限度ってものがあるんだ。架空ではなく現実に偽彼氏を作ればその限りではないが――俺では鼻で笑われてしまうからな」


「! そ、そんなことはありません! 井中先輩はとても素敵な方です!」


 自嘲でも何でもなく、ただ事実を述べたつもりだったのだが、ずいっと顔を寄せ真剣な表情でそう口にした小野寺に思わず俺は身を引いてしまう。


「お、おい、そんな大きな声を出すことでもないだろ」


「あ――も、申し訳ありません……で、ですが、私はそうは思わなかったので、だって井中先輩はこんな私を損得なく助けて下さっているんですから」


「…………」


 損得勘定があるかないかと言えばはっきりあるのだが――流石にそれを口に出来るような雰囲気ではないことは分かる。


 とはいえこの空気に居心地の悪さを覚えた俺は、代わりにこう言うのだった。


「――まあ、お前が告白を拒み続けていたということは彼氏は不要なんだろ。なら偽彼氏なんて選択は出来ない、それだけの話だ」


「――やっぱり、井中先輩はお優しい方なのですね」

「――! ……」


 そう言って微笑んだ彼女に、俺は視線を逸らすことで何とか凌ぐ。


 全く……自分の下心が重罪に思えてくるな。


「あ! そういえばお弁当を作って来たんです。その、私、何もお役に立てていませんので……でも料理は得意なのでそこは安心して下さい!」


「へえそれは……って、指を怪我してるじゃないか、本当に大丈夫か?」

「こ、これは少し張り切ってしまって……ですが味は保証しますから!」


 そんな言葉と共に開かれた弁当の中身はハンバーグにコロッケ、きんぴらに焼きそばと……何とも茶色で溢れた構成になっているではないか。


 小野寺の見た目からは想像もつかない男料理感に若干胸焼けを覚えたが――いざ口にしてみると成る程確かに旨い。


 気づけばあっという間に平らげてしまい。満腹中枢が刺激された所でふと我に帰った俺は、その事実に恥ずかしくなるのだった。


「ご、ご馳走様でした……」

「ふふ……喜んで頂けて何よりです――」


       ○


 これを機に、俺と小野寺の距離は徐々に縮まり始めた。


 屋上で会う回数も増えていき、学校へは俺は徒歩で小野寺は電車とか、中間考査は俺は100位くらいで彼女は20位以内と、取り留めもない話に花を咲かせていく。


 何より大きかったのは小野寺は意外にもゲームに造詣があり、放課後一緒に流行りのFPSをするといった時間は俺達の関係性をより深くするのだった。


 次第にそれは、損得勘定などという考えを容易に忘れさせる程度には心地よいものに昇華していったことは言うまでもない。


「井中先輩! 体操服、洗ってきました」

「おお、本当に綺麗だな、というか最早新品同様じゃないか」


「丁寧に染み抜きして、アイロン掛けまでするとこれぐらいになるんですよ」

「別にそこまでして貰う必要はないんだがな……でも感謝するよ」


「とんでもないです。先輩にはお世話になりっぱなしですから――ただ、その」


「? 何かあったのか?」


「お陰様で告白を受ける機会は殆ど無くなったのですが、最近お一方だけ何度もコンタクトを取ろうとする方がいまして――」


 ……話によると、それは山中という男だった。


 3年生で元野球部所属、典型的なモテ男らしいのだが、厄介なのはどうやら力に自信があるらしく親衛隊にも全く怯えていないらしい。


 まあ俺が噂を流し始めた当初は若干大人しかったみたいだが、ライバルが減ったと見るやいなや単騎で突っ込んできたとのこと。


 一応偽の小野寺親衛隊のグループトーク画面など流したりと、牽制は怠っていなかったのだが――やはり効かない相手には無駄か。


「そうか、全く予期していなかった訳ではないが……」

「今は何とか誤魔化しているのですが……正直この調子ですと――」


「いや、心配はないよ、それを見越して既に手は打ってある」

「へ? そ、それは一体どういう――」


「架空の親衛隊で駄目なら、本当に作ってしまえばいいってことさ」


 俺はそう言ってスマホを取り出すとトークアプリに入り、少し前に小野寺の意思に賛同する者達を精査し集めた匿名のオープンチャットへアクセスする。


 そして『本物の小野寺親衛隊』に対し、こう通達したのだった。


『小野寺様の危機である。至急3年2組生山中の弱みを握れ』


       ○


『なかっち言ったよね! 卒業したら私と結婚するって!』

『はあ!? 私には一緒の大学に行こうって言ったのにどういうこと!?』

『ふざけんな! しかも1年の女子に手を出そうとしたとか――』


『あ、ああ……こ、こんな筈じゃ……』


 その数日後。


 結論から言えば、4股までかけようとしていた山中君は呆気なく3人の彼女から徹底追及され、無事信用は失墜したのだった。


 正直思った以上に彼がプレイボーイであったことが功を奏したが――まさか嘘から始まった親衛隊が想像通りの力を発揮するとは。


 自分作っておきながら若干ゾッとしなくもない――


 しかし、これでもう小野寺を悩ませるタネが生まれることはないだろう。


「――……井中先輩見て下さい、あの美術館。もうすぐ完成ですね、少し前まで足場で囲われていたのにもうありません」


「ん――ああ、そうだな」


 その日の夕暮れ、屋上にて。


 俺は小野寺の発言に対し、何処か適当な返事をしていた。


 理由は単純、恐らくその台詞に深い意味などないから。


 実際小野寺も自覚はあったのだろう。彼女は少し気恥ずかしそうに咳払いをすると、視線は眼下にある町に向けたまま本題を言い始めるのだった。


「私――先輩にお会い出来て本当に良かったです。その、とても失礼な出会い方ではありましたけど――お陰でとても幸せな時間が待っていましたから」


「助けて貰ったことに感謝するんじゃないのか。まあ助けたとも思っていないし、別に俺じゃなくても誰かが助けてくれたとは思うが」


「そうだとしたらもっと早くに解決していましたよ。それだけ誰かを助けるって簡単なことじゃないと思います、でも先輩はそれが出来る人――」


 そんな方に出会えたから、とても幸せなんです、と優しく微笑む小野寺。


「……随分と買い被られたもんだ」

「あの、ところで、なのですが……」


「ん?」

「これで、私達の関係は終わりなのでしょうか……?」


「え、ああ……それは――」


 どうなのかと言われれば、普通に考えれば終わりだと思う。


 先にも述べたが彼女が告白の連鎖に苛む必要はもうない。そして残念ながら俺と小野寺を繋ぐ関係性は本来はそれだけなのである。


 それしかないのであれば当然――――なのだが。


「――これで完全に告白してくる人間がいなくなるとは限らないからな」

「え?」


「第一、作ってしまった親衛隊を終わったから放置という訳にはいかないだろ。だから、小野寺が迷惑でないというなら――」


「迷惑なんて有り得ません! 私の方こそ、先輩がご迷惑でなければこれからもずっと一緒にいさせて下さいませんか!」


「! ――……勿論、断る理由はないさ」


 こうして。


 ひょんな勘違いから始まった二人の関係は、実に締まりの悪い、惚気けとしか言いようのない形で幕を閉じたのであった。


 まさか、こんな俺に季節外れな春が訪れるとはな。


 人生何が起こるか分からないものである。




「ああ、良かったです――()()()()()()()()()()()()()()()()


「……? 何か言ったか?」

「いえ、何も――あ、下校時間ですね、そろそろ帰りましょうか」


「ああ、そうだな、じゃあ一緒に――」


       ○


「……うん?」


 それから週の開けた月曜日。


 きっかけは、授業も聞かずぼんやりと外の風景を眺めていた時だった。


(……この高さだと建設中の美術館は見えないのか)


 俺達2年生のクラスは学校内で最上階のフロアにある。しかしそれでも見えないということはこの高さでは建物が美術館を遮っているということ。


 普段からあまり意識して景色を見ることはないが――階が一つ変わるだけでこうも見える景色が変わるのかと思っていた瞬間。


 ふと、あることを思い出す。


(――待てよ、確かあの美術館って駅から更に南側あって、しかも足場で囲われていたのって1ヶ月以上も前だった気が……)


 その気づきが、俺の中にあった死角に光を当て始めいく。


『あん? おい井中、お前体操服にタグが付きっぱなしだぞ』

「は? そんな馬鹿な」


『ほら見てみろって』


 そして体育の授業終わり。


 数少ない友人である上原にそう指摘をされた俺は体操服を脱ぎ裏返して見ると、そこには言う通り紙製のタグが2つぶら下がっていた。


「マジだ……通りで背中がチクチクすると思ったら――」

『ははは、お前も意外におっちょこちょいな所があるんだな』


「…………」

『? なんだよ怒ってんのか? 冗談だぞ?』


「いや、そういうことじゃないんだが……」


 この体操服は、小野寺がわざわざ洗ってきてくれていたものだ。


 確かあの時小野寺はちゃんと染み抜きとアイロン掛けをすれば新品同様になるみたいなことを言っていた……ならば本当に新品である筈がない。


 じゃあこれは一体……?


「……」


 じとりとした汗が、頬をつたう。それは体育の後だからなのか、それとも。


       ○


『今度先輩の誕生日なんだけど、何プレゼントしようか悩んでて』


 その後、お昼休み。


 この日は珍しく屋上に先客がいた。


 どうやら女子達が秘密の恋バナに勤しんでいるらしく、小野寺も昼食は一緒に食べられないとのことだったので、特に屋上に拘る理由もなかった俺は引き返そうとしたのだが――


 柄にもなくその話が気になった俺はつい聞き耳を立ててしまう。


『難しいよねープレゼントって、あんまり高いのをあげるのも違うしさ』

『そうだ、手料理とかどう? 渾身のスイーツとか喜ぶかもよ』


『あーそれはアリかも、でも何作るのがいいかなー』

『難しいのを作ってもアレだし、そこはベタでいいんじゃない?』


『大事なのは愛を込めることよ、ほら人によってはチョコにさ――』

『いやいや! それは流石にヤバいでしょ!』


『あはは! 冗談だって~』


「!! …………ま、まさかな」


 何かの冗談だろうと頭の中で思えば思うほど、果たして本当にそうだろうか? と言わんばかりの話が俺の耳へと入ってくる。


 それは、俺の思考をどんどんと悪い方向へむかわせたことは言うまでもない。


 まさか小野寺という子は――


       ○


 それでも、そう考える自分を必死に振り払った俺は、明るい未来に思いを馳せていた。


 大体考えてもみろ、直接何かされた訳じゃない、第一あの時間は彼女が言っていたように、俺にとっても幸福な時間であった筈だ。


 いやはっきりと言おう、仮に彼女がそうなのだとしても、俺は――


『いやーお前も助かったな。あのまま乗せられていたら今頃山中先輩みたいに親衛隊に酷い目に遭わされていたぜ?』


『ああ全くだ、あの時忠告してくれた奴には感謝だよ』

「…………?」


 そんな決意を新たにしつつも、放課後の廊下を何処か覚束ない足取りで歩いていた俺に突如そんな会話が飛び込んでくる。


 視線を前にやるとそこにいるのは恐らく1年生と思しきグループ、そしてその内の一人はあの大久保という男だった。


『しっかし物騒な連中だよな、小野寺さんのことが気になるってだけでラブレターで釣って呼び出そうとするかね普通』


『おいあんまり大きな声で言うな、親衛隊に聞かれたらどうする――』


「……は? ラブレターで……釣った……?」


 いやいや違うだろ……大久保は小野寺にラブレターを送ったんだろ……? それで奴は屋上に呼び出して、告白をするつもりで――


【あれ? おかしいな、ここで合ってる筈なんだが】


「!」


 いや、大久保はそんな台詞は一度も言っていない。


 ならばつまり……あれ? じゃあ小野寺は一体いつから俺のことを……?


 何なら、こうなることは最初から全て想定して――?


 お、おい、一体何がどうなっているんだ……? 俺は悪い夢でも見て――


「と、取り敢えず、すぐ家に帰って考えを――」




「井中先輩」

最後まで読んで下さった読者の皆様に心からの感謝を。

面白かったと思って頂けましたら、ブックマーク、評価して頂けると嬉しいです。


果たして小野寺ちゃんはメンヘラなのかメンヘラじゃないのか、ファイ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛小説を読んでいると思ったら、いつの間にかホラーに変わっていたのだが...?
[一言] 最初、美術館の足場……???ってなってたけど、これずっと小野寺が屋上に隠れてたかもしれないってことか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ