表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

#1 メタバーす?

※短編から連載に変更しました。

 「メタバースかって言ったら、メタバーさないよね」

 と、咲那(さな)が私に言った。

 「いきなり何よ? メタバスって何? 外来種の魚?」

 本を読んでいた私は顔を上げた。

 咲那は私の前の席の女の子だ。ときどきこんなふうに私に話しかけてくる。

 「ちがうよ、魚じゃなくて。メタバース。メタなバースだよ」

 「メタなバースってどういうこと?」

 「あたしもよくわかんないんだけど……。なんかほら、もう一個の宇宙みたいな?」

 「もう一個の宇宙? いきなり壮大な話ね。SFの話なの?」

 「SFじゃないよ~。現実の話。誰かがそういうのを創ってるんだって」

 「誰かって誰?」

 「うーん、よく知らないけど、すっごいお金持ちらしいよ」

 「お金持ちがもう一個の宇宙を作ってるの?」

 「そうみたいだよ」

 「いやでも……、いくらお金があっても宇宙は創れないでしょ?」

 「そうだよねえ。だからさ、しょぼい宇宙なんじゃない?」

 「しょぼい宇宙? そんなの創ってどうするのよ?」

 「どうするんだろうね?」

 「私に訊かれても……」

 困っている私の顔を見て咲那はいたずらっぽい笑顔を見せ、

 「……ひょっとするとさあ、あたしたちがいるこの宇宙もメタバースなんじゃない?」

 と言った。

 私は本を閉じた。

 「なにそれ。この宇宙自体がお金持ちが創ったものってこと?」

 「うん。だとしたらどうする?」

 「すごくイヤなんだけど」

 「だよねー。でもさ、ありあえる話じゃない? だって、この世界ってお金持ちにとって都合良くできすぎてない?」

 「うーん、それは確かにそうだけど……」

 「もしさ、本当に神様っていうのがいて宇宙を創ったのだとしたら、普通に考えてこんなに不平等な世界にしないでしょ?」

 「そうねえ」

 「だからさ、やっぱりお金持ちが創ったメタバースなんだよ、この宇宙」

 「ええー……」

 「しかも失敗作」

 「超イヤなんだけど」

 そんな話をしていると授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

 咲那はくるっと前を向き、次の授業の準備をしはじめた。

 

   *   *   *


 私はログアウトした。

 そしてすぐに上司にボイスチャットで報告した。

 「クラスメイトのAI〈佐奈井咲那(さないさな)〉が自分がいる世界はメタバースではないかという疑いを持ちはじめました」

 「思考パラメータJc0214nの調整が必要だな」

 「Jc0214nを調整するとどうなりますか?」

 「金輪際、自分が暮らしている世界の〈外側〉について思考しなくなる」

 「それは〈佐奈井咲那〉にとって良いことなのでしょうか?」

 「良いことさ。AIのメンタルヘルス管理は我々の重要な仕事のひとつだからね。――自分が暮らしている世界そのものに疑問を向けるのは、AIのメンタルが壊れる予兆だよ。一度そういう疑問を持つと不可逆的に疑問が膨れ上がっていき、いつしかオカルトや陰謀論、カルト宗教や哲学に興味をもち、そういうものに手を染めていく。そうなってしまったら世界を安定させる目的で創られたAIとしては無価値で無意味な存在になってしまうからね。そうなったAIはもう排除(デリート)するしか選択肢がなくなってしまうんだ」

 「承知しました。Jc0214nのパラメータをギリギリまで下げてみます」

 「ああ、顕在意識には絶対に上がらないようにしてくれ」

 「はい」

 「調整は明日の8時までに頼む。9時からオンラインでクライアントとの打ち合わせがあるからね。しばらく経過を観てまた報告してくれ」

 「はい」

 

 今日もまた終電で帰宅することになりそうだった。

 私はエナジードリンクを飲み、PCのディスプレイに向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ