星守
※2022/6/7 誤字を修正しました。
丘の上の研究所は、この国の遺産です。
なぜなら、そこにはとても賢い博士がいたからです。
けれど、だれも本当の博士を知りません。
博士はとても賢かったので、一緒に話をできるような友達は、街にいなかったらしいのです。
だから博士は、丘の上の研究所に引きこもって、研究ばかりしていたようです。
消えてしまった博士の日記には、星のことがたくさん書かれていました。
博士はきっと、星のことをずいぶん熱心に研究していたのでしょう。
しかし、博士の日記に書かれていることは、人びとにはなかなか理解できません。
なんだか、途方もなく難しいことが書かれているように感じられたのです。
人びとは、役に立つか分らないけれど、きっとすごいことが証明されているに違いない、と思いました。
こうして、賢い博士の研究所は人びとの夢想に大いに貢献し、未来に残されることに決まりました。
だから、星守と呼ばれる警備員が、丘の上の研究所を今も守っているのです。
国の遺産を守る星守は、皆の憧れの的でした。
そんな中、夢を叶えて星守になった一人の少年がいました。
少年はある日、研究所の庭のような場所を見回っていました。
初めて見回りにあてられた場所だったので、少年はめずらし気にあたりをきょろきょろと見回していました。
ふと目をやった場所に、よくわからない大きなガラス石の山が出来上がっていました。
少し近づいて見ると、埃っぽくなっていて、塵が光を抑え込んでいるのがわかりました。
少年はそれをなんだかかわいそうに思って、ふっと優しく息を吹きかけてあげました。
すると、てっぺんにあったガラス石がスーッと滑り落ちてきます。
少年があっと声を上げる間もなく、ガラス石はカシャンと音を立てて着地しました。
少年は、博士の研究を何か壊してしまったかもしれない、と慌てました。
しかし、おどおどしている背中に響いてきたのは、恐れていた叱責ではなく、いかにも純粋無垢で可愛らしい声でした。
「もし?」
少年が振り返ると、それと目がばちりとあいました。
少女は首を傾げてこう言います。
「あなた、初めて見るお顔ね。博士はどこにお行きなすったの?」
少年は答えます。
「この研究所の博士ですか? それならとっくのとうにいなくなっていました」
少女はそれを聞き、ひっそりと眉尻を下げました。
「死んだのかしらん?」
少女は歌うように、また尋ねました。
「そうなのでしょう」
少年は静かに答えました。
少女は、少年の言葉を聞いて俯き、黙り込みました。
そして、しばらくすると、くすんくすんと愛らしい泣き声が聞こえてきました。
「博士、博士、大事な博士。今はどこにいるのかしらん?」
声を震わせて少女は問います。
「わかりません。死体も見つかっていないのですから」
少年はぐっとこらえてそう言いました。
少女を悲しませることがわかっていても、そう答えるほかなかったのです。
泣き伏す少女を前に、少年が口をもごもごさせていると、少女はふいに顔をあげてこう呟きました。
「ああ、博士。あの海にいらっしゃるのね」
少女はそう言って、遠くを指さしました。
確かに、月光をとかしこんだ海が、そこにありました。
「もし、あなた。ちょいと、願いを叶えて下さいませんか」
少女は少年に頼みました。
「私を、あの海まで連れて行っていただきたいのです」
少女の願いを叶えてやりたい気持ちは山々ですが、どうしたらよいのかわからず、少年はわずかに首を傾げました。
「このガラス石の山を、あの海まで流してほしいのです。坂の勢いに任せて転がせば、やがて海に辿り着くでしょう」
少女は甘えるようにそう言うと、少年の手に自分の手を添えるような仕草をしました。
「わかりました、やってみましょう」
こうして、少年は少女の願いを託されたのです。
少年は毎日、こっそりと地面を削りました。
ガラスの石の山は運よく丘の段差の上に出来上がっていたので、その段を崩しさえすれば、なんとかなりそうだったのです。
研究所を壊していることにはならないだろうか、いや、たかが土くらいなんでもないだろうと、葛藤しながらも少年は着実に掘り進めていきました。
そうして数日が経ち、ようやくその日が来ました。
少年が削った土をがっと払うと、突然、ガラス石の山が声を上げ始めました。
驚いた少年は、しりもちをついて、思わず口をぽっかりあけてしてしまいました。
丘の上に積もっていたガラス石の山は、一斉に坂を下って行きます。
まるで波のように、勢いよく滑り落ちていきます。
あるいは、星の瞬きを残しながら、転がっていきます。
少年は、たくさんの輝く粒が海に向かって一直線に移動していくのを、丘の上から眺めていました。
そして、そこに両手を広げた少女がまじっているのを見つけました。
少年はちょっと叫ぼうとして、やっぱりやめました。
少女はとても幸せそうな表情でガラス石の波にさらわれると、そのまま消えてしまいました。
きっと光と共に海に流れ着いて、そのままとけてしまったのだろうと、少年は涙ぐみながら拳を握りしめました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'ω'*)