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尋問と自問




「ありがとうございました」


 朝日はしっかりと頭を下げてユリウスにお礼を言う。彼からはなんの返事もなく、朝日は伺うようにゆっくりと顔だけあげる。

 しかしユリウスの関心はそこには無かったようで視線は前に、言葉だけが朝日に向けられる。


「あの時なんで奴等の刑期を減らそうとしなかったのでしょう」


「刑期、問題ありましたか?」


「あれでは刑期は減っていません」


「…僕、上手く無かったですか?」


「あぁ、多分私とセシル以外なら騙せていたでしょう」


「残念です」


 困った、と眉尻を下げる朝日の本心を探ろうとユリウスはそのビー玉の目を見つめる。

 初めは彼らが殺人を犯している程で、自首するから刑期を減らす、と言う話だった。

 しかし実際に殺人は起きておらず、その前提条件が破綻した。ならば強奪、窃盗、暴行などの罪で裁く事になり刑期は初めから朝日が提示したものが相当だろう。

 それなら自首や情報提供などの諸々の話は初めから無くとも良かった筈だ。何故わざわざそんな回りくどいことをしたのか。初めからあの手紙を出しておけば良かっただけなのに。


(どっちだ…)


 あの時も感じた疑問。

 申し出た刑期が実に具体的だったのにも関わらず、合理性がなかった。殺人は死刑だ。それをたった10年やそこらに自首しただけでなるはずが無い。

 なら具体的だったのには何か意味があるという事。

 お陰で明らかな違和感を与えたあの提示によって、此方は彼等が殺人を犯していないと想像しやすくなっていた。

 それに情報提供も所謂、証拠提供だった。

 それをわざわざ言い換えたのにも何か意味があるのだろうか。お陰で何もかもが上手く収まったのだから。


 彼がわざわざそこまでする意味は?

 彼は一体何処まで考えていた?

 それが知りたい。


「僕は如何したら良いですか?」


「私は君に如何するつもりはありません。ただ真実だけを話せば良いだけです」


「んー、もし僕が初めからあの手紙を見せていたら信じられましたか?」


「…」


 返答が出てこない。正直言って分からなかった。子供の言う事だと流したかもしれないし、盗賊が作った偽物と疑ったかも知れないし、その可能性があるなら見に行くくらいならしたかも知れない。


「あの場には他にも騎士さんがいたけど、ボスは強いし、数にも此方の方が分があって、実際騎士さん達は僕達がアジトから出て来ても見てるだけでした。僕が貴方と二人でとろるを見に行く可能性は低かったんです」


「しかし、それは可能性の話です」


「でも、ボス達に自首の気持ちがあるって分かったら警戒は少し解けます。あの騎士さん達でもボス達を連れて行ける。一番の懸念がなくなれば貴方は僕と二人で行動する選択が出来る」


「それは必要な事ですか?」


 ふふふ、とやけに大人っぽく笑う朝日にユリウスは眉根を寄せる。

 それでわざわざあんな大胆な登場をあの傲慢な奴らにさせたのか。


「ボスよりも貴方の方が強そうだったから」


「強そう?」


「僕はあの手紙を“回収”したけれど、皆んなを助けられないし、街にはなかなか辿り着かないしで焦ってたんです。だから初めて会った人が街に連れてってくれるって言ってくれて嬉しかった」


「あれは君を売ろうと…」


「分かってます。そう言われましたし。でもみんな助かるかも知れない、って思ったんです」


 それは余りにも自身の命を軽く見過ぎでは無いだろうか。犠牲になり過ぎでは無いだろうか。

 見た目は圧倒的に子供なのに、大人っぽく笑ったかと思えば、考え方は子供っぽくて、でも意見は大人で。

 チグハグしたこの少年の真意がまるで見えてこない。でも決してのらりくらりと躱されているわけではないし、嘘も付かれてはいない。

 演技か、それとも本心か。


「助ける方法は他にもありました」


「はい、でもボス達は死刑です」


「…私達の誇り…も…ですね」


 朝日は同意するように頷く。その柔らかな表情が彼の全てを物語っているように感じた。


「そうですね。それに黒騎士さん達の仕事がとろる退治っていうのは嘘ですよね?」


「…そうですね」


 今更何を隠しても意味ないのだろう。

 多分、何かを隠せは彼からは真意は引き出せない、そんな確信がユリウスにはあった。


「あれが貸しだったって僕に言うからですよ」


「確かに失策だったと認めましょう」


 彼が上手く交渉していなかったら、盗賊を冤罪で捌いていたし、騎士達は誇りを失い、黒騎士団は信用を失っていた。

 

「彼らはどうして納得したのでしょうか」


「自首にですか?それとも…」


「どちらもです」


「多分、刑期が短くなってないのは分かってたと思います。自首は…ボスにとろるを倒して欲しいってお願いしたから…かな?」


「答えになってませんし、意味も分かりません」


 あれ、ダメですか?と本気で言い、如何したものか、と思案する朝日にユリウスは片方の口角を吊り上げた。

 何をそんなに考えすぎていたのだろうか。

 多分、彼と話していて違和感を感じてしまうからだろう。そのチグハグさに惑わされているように感じてしまうのだ。

 でも彼には少しの打算もなかった。ただ皆んなを大切に思って、助けたくて、守りたくて…その場で一番を選択していた。ただそれだけの純粋な行動だった。

 そして何より彼を信じたいと、信じられると何故かそう確信している自分がいることに気がついた。

 多分、それは彼と初めて挨拶を交わしたあの時から。





「吐け。朝日と何を話した?」


「言わねぇよ。言ったら男が廃るってんだ」


 頑なに何も話さない彼らの聴取は難航していた。突然出頭することになったきっかけは確実に朝日なのは分かっている。

 何を聞いてもすらすら正直に話していた盗賊達がこの件に関してだけは誰一人として頑なに何も言わなかったのだ。


「彼に直接聞いても良いんですよ?」


 凄みが増すセシルにも食ってかかる勢いで何をしても一行に口を割る気配もない。

 脅しのように発した言葉に一瞬眉をピクリと動かしたが、力を抜いてフッと笑う。


「話しにならねぇな。最初からそうすれば良かっただろ?俺らが朝日の事情を勝手にペラペラ話す程のヘタレに見えっか?コッチはもう…死んでも構わねぇんだからよ」


 それを聞いて一つ確信したのは、朝日が彼らに自身の何かしらの話をして、それは他人の口からはなかなか言いづらい内容であるという事。

 そんな話を初めて会ったそれも盗賊に話すだろうか。かと言って盗賊達がそう口を揃えてそう言うのだから本当の事なのだろう。


「何故そんな話をお前達にしたのかわからないのか?」


「あ?あぁ、分からねぇな」


 こんな柄の悪い奴らが何故少年の話しに耳を傾けたのか。こんなにも心を開いているのか。

 それが如何しても知りたかった。

 

「今日はもう終わりにする」


「あぁ、そうしてくれ。そしてもう終わってくれ。あの子の事は何があっても俺が話す事はないからな」


 最後に捨て台詞を吐いていったあの男はこの感情の答えを知っているのだろうか。

 私も聞けば分かるのだろうか。

 何故話してくれないのだろうか。と。


(…いや、これは違うな。)








「おかえりなさいませ、旦那様」


「…」


「ご報告よろしいでしょうか」


「…」


「朝日様の事なのですか…」


「続けろ」


 楽しそうに笑う見慣れた顔に悪寒が走る。

 人の感情が理解出来ない。

 悲しそうな顔も、嬉しそうな顔も、簡単に作れてしまう。良いじゃないかフリ、で。何が行けないのか。合わせようとしているだけマシではないだろうか。


「本日はあの例の安宿にお泊まりになられて、朝は騎士団に向かわれました。ネームタグ…」


「その辺は知ってるから省け」


「その後、初依頼に向かわれて見事達成しましたが、危うく店主の息子に騙されかけました」


「騙され…かけた?」


「ユリウス様が自ら仲裁に入られましたので私達は引きました」


 団長が?と本気で疑う視線を送るがやはりあのクリストファーを彷彿とさせる憎たらしい笑顔を貼り付けている執事には合間変わらず何も効かない。

 私に逆らう少ない人材だ。


「朝食、昼食は抜かれたようです。よほど騎士団での件がが衝撃的だったと思われます」


「…どうにかしろ」


「どちらをですか?」


「どっちもだ」


「私はそれよりも宿が気になります」


 確かに、と小さな同意を囁く。

 あのニヤケ顔が強まるのを感じる。


「食事に関しては本日の依頼により店主に気に入られていますし、ギルド内でも冒険者達に餌付けされているので問題なさそうです」


「…他に出来ることは」


「嬉しいのですね」


「…は?」


「閣下にもお伝えしましたが、あれほど無垢な人を私は見たことがありません。如何したらあの様に育つのか、想像する事も出来ません。彼は変なんです」


「変…?」


「全てが変です。異様に小さな身体、変わってない高い声、全てに向けられる好奇の表情。そして最近鍛えられたばかり歪で不自然な筋肉、異常な白さ。急な大人びた考え方、飛躍した意見、感情の起伏、又その表現方法。子供なのか大人なのか分かりません」


「…特殊な環境に居たという事か」


「そのように思います。ただそれが彼の魅力なのでしょう」 


 確かにそうだ。

 今まではどんな人間であれ、ある程度その言動に予測が立てられた。対人に関して苦労したことはない。苦労しそうなら全て避けて通った。

 お陰でこれまで一度も何かが脳を埋めた事はなかった。仕事にしても、対人にしても、私生活にしても何もかも。

 でも、彼に対しては何をしていても、無事登録は出来たのだろうか、朝はきちんと起きれただろうか、ご飯は食べたのか、今は何をしているだろうか、どこに泊まるんだろうか、気になって仕方がない。

 煩わしいはずが寧ろ気になって頭から離れない。避けられない。

 報告を心待ちにしている自分がいる。


 彼は他と何が違うのか、この感情はなんなのか、何も分からない。分からないからどうする事も出来ない。


「最近、旦那様良く笑ってらっしゃいます。先程も朝日様の名前を出しただけで顔が綻んでらっしゃった」


「私がか…?」


「お気付きではなかったのですか?貴方の生活に唯一色を与える人物です。大切になりたいと思うのは至極当然のことです」


「…大切?朝日君のことを?私が…?」


 嘘でも彼を罵る事が出来ない。

 距離を取られた時の…あの彼の顔が脳裏に焼き付いているのだ。


「時間はあります。ゆっくり考えてみられては?」


「そうだな…」


 やけに落ち着いた低い声が広々としたホールに響き渡っていた。

















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