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お散歩



 ポーション作りと販売と言う相変わらずの日々を送っていた朝日はギルドの窓の外に見えた黒い小さな耳を見つけ、好奇心のままに窓へと近づいた。

 チェルシーの横でただ座ってポーションの数を数えていただけの朝日が猫を見る為に席を立っても特に誰も気にする事はなかった。


「猫ちゃんまた会ったね!」


「んなぁ〜」


 顔を洗う、その可愛らしい仕草に朝日はニコニコと緩み切った笑顔を向けて眺める。

 しかし、黒猫が直ぐに去っていってしまった為に見るからに落ち込み萎れて席に戻ってきた朝日にチェルシーはもう大丈夫だと声をかける。


「見てきて良いですよ。私一人でも充分ですから」


「良いの?」


 一瞬、朝日には仰々しいお迎えがある事が頭に過ったチェルシーだったが、明らかに元気になった朝日を見て今更その発言を撤回することが出来ず、チラリと天井を仰いだ後、大丈夫だと朝日を送り出した。


 朝日が外に出ると待っていたかのようにギルド前に聳え立つ大きな木下にあるベンチの脇にてお行儀良く座っている小さな愛らしい姿を見つけて駆け寄る。

 しかし、すぐにまた歩き出してしまい朝日はそれを追いかける。少し距離が離れると朝日に振り返って追い付くとまた飄々と歩きだす黒猫に朝日は完全に振り回させている。

 やっとの事で追いついたのはなんて事ない洋服屋の目の前でまるで自分が客であるかのように黒猫はその店へ堂々と入っていく。


「待って!」


「んなぁ〜」


 首元の可愛らしいレースの紐が痒かったのか、後ろ足で器用に掻くとまた店の奥へと進んでいく。


「いらっしゃいませ〜」


「「「「いらっしゃいませ〜」」」」


「んまぁ!可愛らしいお客様だ事!」


 かなりふくよかな身体をゆらゆらと揺らしながら、甲高い声で話すマダムは朝日の顎をグイッと捕まえてジロジロと見定める。


「毛穴は全くないし!肌の色艶もいい!サラサラした真っ直ぐな毛質!何より珍しい桃色の毛色と瞳!完璧な素材ザマスね!何が欲しいザマス?ドレス?それとも靴かしら?」


「僕ね、猫ちゃんを…」


「そうね、まずは靴ザマス。お洒落は足元からナンザマス!良い物を履いているようだけどそれでは男の子ぽくて駄目ザマス!」


「僕、男の子!」


「あらやだ、私ったら…!」


 勢いよく訂正した朝日の肩をバシバシと物凄い力で叩くマダムは近くにあった革靴を幾つか見定めると軽快な動きで次々と手に取り近くに待機していた店員にそれらを渡していく。


「これも良いザマス!イメージが!インスピレーションが!創作意欲が刺激されるザマス!!!」


「マダム・ポップ!うちにはもう生地も糸も針も…何も無いのですよ…」


「そんなのは知ってるザマス。だからいつの日かまた作れるように書き溜めているんザマス!」


「その紙も昨日ついに底を尽きました…」


「まぁ!なんて事ザマス!あれだけ切らさないでって言っておいたザマスのに」


 何やら困っている様子の店員たちは必死に説明するがマダムがそれをまともに聞いているとは思えない。何故なら鼻歌まじりに踊りながら未だに沢山の靴や服を店員達に投げ渡していくからだ。

 如何やらマダムはかなり変わった人なのだろう。


「ねぇ、お兄さん。糸があればどうにかなるの?」


「んー、まぁ…。糸さえ在ればとりあえずウチには機織り機があるから生地も作れ無いこともない。でもマダム・ポップはとてもこだわりが強いからなぁ…」


「マダム・ポップはとても凄いデザイナーで皇帝の衣装も作った事のあるほどに人気何だけど、最近は何もかも物不足で貴族でさえパーティーを開かないから商品が売れなくて」


「大変そうだね。これ良かったら使って?」


 朝日は少し困ったような表情をしながらポシェットから袋を取り出す。

 店員はそれを受け取って直ぐに中身を確認しようと袋を開けるとキラキラと輝く光で思わず目を瞑る。


「え!オルダースパイダーの錦糸?」


「違うわよ!これオルダースパイダーの錬金錦糸よ…」


「マジかよ!」


 二人が大声で叫んだ拍子に驚いたのか黒猫がぴょんッと外へ飛び出して行ってしまった。朝日はそれを追いかけるようにして店を後にする。


「あ!猫ちゃん!待って!」


 そしてまた追いかけっこの繰り返し。

 街角の花屋では。


「確かに枯らすだけよりこうやってウェーバーの葉で水分を抜けば色鮮やかなまま花を保てるのか…。これを新たな商品として売り出せば…」


「ウェーバーの葉なら冒険者に頼めばどうにでもなりますね…」


「最近は花が売れなくて困ってたんだ…これなら…あれ?少年は?」


「何処に行ってしまったのでしょうか…」


 黒猫は事あるごとに何食わぬ顔でお店に入っては、朝日がその店の店主を驚かしてしまい黒猫は逃げて、追いかけての繰り返し。


 そして町医者でも。


「こ、これは…もしやキュペリアの水袋?」


「キュペリアの水袋が有ればそれだけで万能薬が作れます!風邪や腹痛、嘔吐、下痢…何でも治せますよ!」


「キュペリアって水を張ったコップに入れておけば増えるしな…」


「本当に貰って……ってあれ?少年は何処へ行った?」


 そんな感じで町中を巡り歩いた朝日が黒猫を見失ってしまったのはベリンレルの宿前だった。


「あれ?朝日君、もう帰ってきたの?」


「うん…。猫ちゃんが…」


「捕まえたかったのかな?」


「うんん、触りたかっただけ。猫ちゃん触った事ないから」


「王都に帰ったら猫だけじゃなくて色んな動物を見に行こうか」


「色んな動物?」


「ペットを扱う商会があるんだ。気に入ったのがいたら屋敷に連れて帰ってもいい」


「本当?」


「約束するよ」


 久しぶりにホクホク顔の朝日を見てセシルも心が暖かくなる。

 しかし、それもすぐに冷めてしまう。


「朝日君、皆んなが待ってるよ。早く着替えておいで」


「うん!」


「ジョシュ頼むよ」


「かしこまりました、セシル様」


 宿の中に入るとジョシュが待ち構えていた。

 セシルはジョシュに朝日を預けるとニコニコと手を振って階段を上がり切るまで見送る。


「それで、上手く行ったのですか?」


「まぁな」


 背後から近づくゼノにフッ、と笑って声をかけるセシルにゼノは黒い紐に巻かれた紙の束を投げつける。


「なるほど、皇城は中々に入り組んだ作りをしてますね」


「勿論だか、許可は降りなかった」


「貴方でも入れないとなると、やはり一度戻って王に特使として送ってもらう他無さそうですね」


「忍び込むには内側に協力者が必要だからな」


「その当ても外れてしまいましたしね」


「悪かったな」

 

 皇城に潜り込む算段を考えていた。

 セシルは当てが外れた、とは言うがあんまり困った様子ではない。多分初めから無理だと分かっていたのだろう。

 それでなければもっと詰め寄られていてもおかしくはないからだ。


「それで其方の方は?」


「どうも初めてまして、かな?アイルトン・フォゼ・ミルホーキンズだよ」


「どうも初めて、中央の英雄殿」


「その呼ばれ方はあまり好きじゃないんだ。良ければアイルトンと呼んでくれ」


「かしこまりました、アイルトン卿」


 お互いニコニコと笑顔で言葉を交わしているがその空気はとても重い。

 セシルは朝日がギルドで何をしているかを当然双子からの報告で知っていて、その原因を作ったのがアイルトンである事も知っているからだ。


「わりぃな。反皇帝派の知り合いはコイツくらいだった」


「いえいえ、此方がお願いしたのです。文句など一切御座いません」


 帝国に来てからエライアスと何度かコンタクトを取ろうとしていた。何が起きているのか状況を把握するには彼が一番の適任だとセシルは考えていたからだ。しかし会う事が叶わなかった。


「移動しましょうか」


「いや、ここで良いよ。周りは大丈夫だ。気にしなくて良い。寧ろこそこそと移動した方が怪しく見えるからね」


「なるほど」


 セシル辺りにいる無数の気配へ視線を向けてまたアイルトンへ視線を戻す。


「君は慣れているようだ。面白い」


「家業ですので。彼らよりも上手い自信がありますよ」


「それは是非利用したいものだ」


 相変わらず重い空気の中、アイルトンがチラリと上へ視線を向ける。


「彼には最も優秀なのが付いているようだね。チェルシーに言われるまでこの私が気づかなかった」


「ありがとうございます」


「今日は挨拶だけと思っていたのだがね。君との出会いは大変面白くあったから一つだけ話しておこう。エライアスは今帝国には居ないのだ」


「帝国にいない?」


「少々状況が変わった、と言っておこうか。彼には身を隠してもらっている」


「ではご予定を伺っても?」


「連絡はゼノと朝日を通して行う。当然彼には気付かれない方法だ」


 セシルは微笑みながら頷く。

 朝日を巻き込むことはあり得ないと考えながらも、これ以上アイルトンとの接触がためにならない事も良く分かっていた。

 状況を悪くする事は即ち朝日にも危害が加わる可能性があるという事。それよりはマシだとセシルは判断したのだった。








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