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黄金色の瞳



 朝日は1匹目の蛹海老を目の前に捉えるまでに近づく。

 木に張り付いて赤い斑点をつけている蛹海老を指先でちょんと触る。思ってた以上に硬く、蛹と言うよりはまるで甲羅のようだった。

 当然初めて見る『蛹海老』に感動し、その大きなビー玉の目をキラキラと輝かせる。

 本人はもっとじっくりと観察していたい気持ちもあったが、“回収”した後でも問題ない、と取り敢えず“回収”を始める。

 朝日はアイラに渡された『蛹海老の簡単処理方法』と書かれた紙を木と木の間を歩きながら確認する。

 シュンッシュンッと一瞬で木から赤い斑点が消えて行く。本当なら聞こえてくるはずの森に響き渡る筈の木の皮を剥ぐ音は無く、あるのは朝日が地面を踏む音と木々の間を風が通り過ぎる音だけだった。

 依然朝日の目は紙に書かれた文字を捉えて離さなず、ただただ木の横を通り過ぎる。多分もう100匹くらいは“回収”出来ているだろうと宙を見上げる。

 出来れば後もう100匹くらいは取って、買取に出したいところだ。あの宿は3日分しか取ってないし、お金があるなら他の宿も見てみたいからだ。


 歩き回る事10分。

 朝日は近くの切り株に腰を下ろして、鞄の中から今取ったばかりの蛹海老を取り出す。


「まずは木の皮を剥ぐ…はやる必要ないから、次が断面を綺麗に削る…も大丈夫。触角を折って、暗いところで保管…」


 如何やらやる事は少ないようだ。

 これ幸いと先程出来なかった観察に移る。そのついでに触角もポキポキ折っていく。


「これがオスでこれがメス…どうして木から離れたら動かなくなるんだろう……えっと、養分をすって…そうなんだ!じゃあ、死んじゃうんだね…良かった、“回収”出来て」


 依頼書に書いている内容を照らし合わせながら観察をする。

 硬いと思っていた外殻は時間が経つと少しずつ柔らかくなり、樹皮が剥ぎにくくなる。同時に赤みが落ち着き、中が透けて見えるようになり、中で蛹海老が渦を巻いて収まっている姿が確認出来る。

 オスメスの判別方法や特徴ぐらいは書いてあったが、その他にも1匹ずつの何か違いは無いかと観察に余念は無い朝日の目は真剣だ。


 見た事も聞いた事もないものへの興味は絶える事はないが、これが依頼であると言う事は依頼者がいると言う事。当然向こうは依頼達成の報告を今か今かと心待ちにしている事だろう。


 朝日は観察を切り上げて目印を探す。与える衝撃の強さによって七色に変わり、どんな衝撃も吸収する、と言う面白い綿だ。よく冒険者達の間では腕試しに使われる。

 本来の使い方としては森の中の危険度を表す指針、警告の意味で使われている。危険な魔物を見つけた時に進むな、逃げろ、隠れろ、と言う警告を色で示したりする。

 ただ朝日の非力な腕力、握力では白から淡い黄色と淡いピンクくらいにしか変色せず、目印としてしか使えない。そもそも朝日はそのルールを知らないが。


 行きと違い、帰り道はただ綿を辿るだけだったので然程迷わず、直ぐに門まで辿り着く事が出来た。

 後は納品さえ出来れば依頼達成だ。 


「お戻りですね」


「はい、カードです」


 日が傾く前に門まで戻って来れたので、入国に並ぶ列も少し落ち着いていて、すぐに順番が回って来た。

 そこには行きと同じ門番がまだそこに座っていて、如何やら朝日の事を覚えてくれていたらしく、然程何処かを調べる事もなく直ぐに通された。

 後ろに並んでいた他の冒険者も同じくカードを見せただけで通れたところを見ると冒険者の扱いは割と緩いのかもしれない。


 門から続く大通りに立ち並んでいた市場や露店は既に店仕舞いを初めていて、もう朝や昼のような活気はなく、ゆったりとした時間が流れていた。


「よう」


 突然降って来た大きな手で頭を掻き混ぜられて、かけられた声の方に嬉しそうな視線を送る。

 

「ゼノさん!」


「う、おぉ。そうだが」


 余りに嬉しそうに見つめてくる朝日にゼノは思わずたじろぐ。こんなに人懐っこく、警戒心が無くて大丈夫なのか、と少し心配になるが一応冒険者になったのだからと敢えて何も言わない。


「ゼノさんも依頼終わり?」


「まぁな、お前は初依頼は何にしたんだ」


「蛹海老!」


「あぁ、もうそんな時期か。今日の夜は【大鷹亭】だな」


 夜が今から楽しみだなぁ、といつもは眉間に皺を寄せているゼノの顔が少し綻び、朝日も思わず頬が緩む。


「それにしたって早かったな。蛹海老は処理が面倒だろ?」


「?うん、やったよ?」


 朝日は1匹だけ、ポシェットから取り出し木の皮まできちんと剥がしている事を見せる。

 なら良いか、とそれ以上何も追求する事なく歩き出したゼノの後を追う。

 ゆるりとした歩調は朝日を意識したものなのだろう。


「蛹海老、納品しに行くんだろ?」


「うん、そうだ地図!」


 忘れてた、と言わんばかりに慌てて地図をポシェットから取り出そうとする朝日にゼノはクイクイッと親指を立てて指を刺す。


「大鷲、亭」


「大通りだから帰りは迷わずに済みそうか?」


「…うん!」


 多分、ゼノは昼のアイラとの会話を聞いていたのだろう。朝日が並んでた列には前にも後ろにもゼノの姿はなかったし、声をかけられた時もゼノは前から現れた。

 嘘がヘタだなぁ、と朝日は思いながらも頬の緩みを止められない。ホクホク顔の朝日はゼノのそういう優しさを汲んでお礼は敢えて言わなかった。


「御免くださーい!」


「まだ店は開店してないんだけどねぇ、お客さん」


 誰だ、と男が面倒そうにエプロンで手を拭きながら裏から出てきた。

 朝日は依頼書と麻布のような粗末な作りの袋を5個程次々とポシェットから取り出して、店のカウンターに乗せていく。

 依頼書を受け取って、漸く朝日が来た理由を理解した男は一度依頼書から目を離し、かけていた眼鏡を少し下にずらして朝日を見る。


「蛹海老の依頼ね。君のこと見た事ないけど新人さんかい?」


「うん、今日が初依頼だった」


「…そう」


 楽しかったぁ、と言わんばかりの笑みを浮かべる朝日に期待できないな、と心の中で呟く男。

 カウンターに置かれた袋から1匹取り出して確認すると男は顔色を変える事なく直ぐに袋に仕舞って依頼書にサインを入れる。


「君、蛹海老の処理が甘いよ。これだと満額は払えないね。初依頼って言うからおまけして銀貨5枚ね。本当は銀貨4枚ってところだけど」


「…そうですか。次はちゃんとして来ま…」


ーーースパーンッ


「ヒィ!!!」


「…国王陛下より賜りし白日の騎士団団長の名において、ユリウス・エナミランは司法権を直ちに行使します」


「?騎士さんが如何してここに?」


 状況を理解出来ないのは朝日だけではなく、男も同じ。ただ驚いた拍子に腰が抜けてしまったのか、相手が相手なだけに行動を取る事が出来ないのか、ガタガタと震えるだけで何も出来ない。


「…黙秘します」


「黙秘…?じゃあ、何故ナイフが飛んできたのでしょう?」


「君が彼に騙されているからです」


「僕?」


「…おーい!トレンサー!いねぇーのか!…って何だ?…え?エナミラン侯爵閣下!?」


 少し年老いた白髪の老人が屈めた腰をトントンと叩きながら裏から現れた。しかし、お目当ての人物は腰を抜かしてガタガタと震えているし、見知らぬ少年とその後ろには黄金色の瞳で射抜くような視線の貴族様。

 状況が見えない老人はガタガタと震える男に状況を説明させようと大きく揺さぶる。朝日は近づき落ち着くように促す。


「僕、蛹海老の依頼を受けた冒険者です。納品したものの状態が良くなかったみたいで…申し訳ないです」


「蛹海老の状態が悪いだって?光に当てちまったのか?坊主、処理の方法は見なかったのか?」


「んーと、」


「彼は完璧な処理を行っています。しかし、そこに転がっている男がこの少年を騙して依頼料を不当に下げました。制裁を下します」


 ユリウスの話を聞いた老人は転がったまま震える男を一瞥して、カウンターに乗ったままの袋から蛹海老を取り出す。

 そして老人は一つ大きなため息をついて悲しそうな視線を男に送り、朝日を見る。


「…坊主、ウチのが悪いことしたなぁ。これは今まで見た中で一番綺麗に処理されておるわ。嫌じゃなければ依頼料は上乗せしとくから、また依頼受けてくれんか」


「…うん」


 朝日がコクリと頷くと老人は困ったようにしながらも嬉しそうに笑った。

 今までの依頼は樹皮が残ったままだったり、そもそも処理してなかったりでかなり困っていたらしい。蛹海老は時間が経つと処理も出来ないので捨てるしかない。

 だから依頼料は冒険者が依頼を受けるギリギリに設定して、出来が良ければ上乗せするという形を取っていたらしい。

 しかし今回は店主の老人がいない間に息子のトレンサーが処理の出来が良いのを見て、高くなる依頼料をちょろまかす為に朝日に少なく言ったのだ。

 朝日が初依頼だと言った事で新人の冒険者なら上手く騙せると思ったのだろう。

 結果、何故か居合わせたユリウスにその事がバレてガタガタと未だに震えている。


「ダンナ、コイツは焼くなり、煮るなり好きにしてかまいやせん」


「…焼いたら痛いよ?それよりも、おじいさん。僕ね、もっと取って来たんだけど…。ギルドより高く買ってくれる?」


「…はっはっ!なんじゃい。もっとあるのか?あの完璧な処理した蛹海老がか!」


「うん。あるの!」


「おうおう、全部買ったる!出せい!」


「うん!」


 朝日はポシェットから次々新たに袋を取り出しては積んでいく。


「こりゃ…何匹取って来たんじゃ…」


「500くらい!」


「こりゃ、参った!」


 ニコニコと笑う朝日に負けて、釣られたように笑う老人は優しく朝日の頭を撫でた。








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